岩屋元外相への「異例の厚遇」の闇…中国が求めた「合格点の答案」に透ける“高市首相孤立作戦”

2026年9月末、日本企業の役員ら約50人の訪中団を率いた岩屋毅元外相は、中国外交トップの王毅氏や何立峰副首相と会談し、日本からの訪問に対する中国当局者の応対としては、約1年間で最も高位のものだったと香港紙に報じられた。だが中国側の発表によれば、王氏は台湾をめぐる日本の指導者の言動を正すよう迫り、国貿促などに日本の「正しい選択」を後押しする役割まで期待した。米シンクタンク掲載の論考が、中国による日本孤立化の動きを指摘するなか、元外相への異例の厚遇は誰の得になるのか?
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米シンクタンク掲載の論考「中国、日本を孤立させるキャンペーンを開始」
2026年9月27日、日本国際貿易促進協会(国貿促)の会長として日本企業の役員ら約50人の訪中団を率いて北京に入った岩屋毅氏は、翌28日に中国外交トップの王毅氏と、29日に何立峰副首相に会った。
香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)は9月29日付で、日本からの訪問に対する中国当局者の応対としては、約1年間で最も高位のものだったと書いている。
元外相が中国で高官との会談の機会を得た。だが私が気になっているのは、その厚遇が結局のところ誰の得になるのか、という一点である。
中国は日本のどの人物を選んで会い、誰の方針を変えさせたいのか。会ってもらえた政治家ばかり見ていると、その向こうにいる高市早苗首相への圧力が視界から抜け落ちてしまう。
米シンクタンクのジェームズタウン財団は10月14日、マシュー・フルコ氏の論考を掲載した。題は「中国、日本を孤立させるキャンペーンを開始」(原題:PRC Launches Campaign to Isolate Japan)。
中国が日本国内の高市氏の対中政策に反対する政治家らに近づく動きを孤立化工作の一環として整理し、岩屋氏の名前も挙げている。日中間の合意の原点に立ち返るべきだという岩屋氏の発言については、中国側の主張をなぞったものだと評した。
中国と話ができる政治家や経済人を日本国内に増やす
SCMPも同じ訪問について専門家の見立てを載せている。高官が出てきたからといって関係改善の兆しと受け取るのは早計で、中国が計算ずくで相手を選ぶ「選択的関与」と見るべきだという。
日本全体と仲良くするのと、日本の中の特定の誰かに高官との会談の席を用意するのとでは、話がまるで違う。
そう考えれば、岩屋氏を高官が迎えながら高市氏には厳しい注文をつけるという中国の振る舞いに、矛盾はない。政権には批判を浴びせ、ほかの政治家や経済団体には会談の席を用意する。
中国と話ができる政治家や経済人を日本国内に増やしておき、その人たちを通じて政権に方針転換を迫ろうとする。私はこうした動きを「高市首相孤立作戦」と呼んでいる。
「合格点の答案」という言葉に表れた中国側の要求
手がかりは会談後の公式発表に残っている。9月28日の王毅・岩屋会談について、中国外交部は、台湾問題をめぐる日本の指導者の言動を早急に正すべきだと王氏が述べたと発表した。
続けて、国貿促などに対し、日本が正しい選択をするよう働きかけてほしいと求めたという。相手は貿易団体である。その貿易団体に、日本側の政策対応を変えるよう働きかけることを期待している、と私は読む。
経営者たちを迎えた中国側は、その場を日本の政治への要求を伝える機会にした。経済団体が相手だったからこそ、これは軽く流せない。
発表文には、日本が「正しい選択」をし、「合格点の答案」を示すよう、国貿促などに後押しを期待するくだりまである。原文の「合格答卷」という言葉で、中国側が求めているのは、自国の要求に沿った対応なのだろう。
その物差しに合わせて日本を動かしてくれ、と日本の政治家や企業団体に期待しているように読める。商談相手として歓迎するだけなら、答案など求める理由がない。厚遇の意味は、この一語にほぼ尽きていると私は読んでいる。
岩屋氏に問いたいのは、中国側の要求にどう答えたかだ
中国側の発表によると、岩屋氏は、国貿促として両国関係を日中間の四つの政治文書の初心と原点に立ち戻らせるよう働きかける、と述べたという。中国が何を求め、岩屋氏がどう応じたかが、中国側の言葉で世界に流れている。
元外相であれば、伝えられ方まで点検すべきだろう。自分の考えと食い違うなら訂正を申し入れればいい。会談の席で何を話したかで政治家の仕事が終わるわけではない。
過去の合意を守ることと、現職首相の言動を中国の注文どおりに改めさせることは、別の問題である。前者を唱えていれば後者を求められたときの返答になる、というものでもない。日中友好を大切にするという言い方で、日本の政治にどう関わるつもりなのかという説明を済ませることはできない。
王氏に会うのがどれほど難しかったか、そこでどれほど丁寧に扱われたか岩屋氏が誇るべきなのはそこではない。
問われるべきなのは、日本側への政治的な働きかけをどう受け止め、何と答えたのかだ。企業の利益を守るための活動と、中国が望む日本の政策変更との境目を、どこに引いたのか。公表された中国側の発表だけでは見えない、この点を知りたい。
同じ方向の働きかけは岩屋氏だけに向けられたものでもない。中国外交部は9月15日の会見で、前日に劉彬外務次官補が日中友好議員連盟の若手議員団と会った際、高市首相の台湾をめぐる言動こそが日中関係に深刻な困難をもたらしている最大の問題だと伝えたと明かした。
明報社説「日本の実業家を通じて高市氏に圧力」
議連には、関係を立て直すための条件と環境を整えるよう求めたという。
若手議員団にも、元外相が率いる経済団体にも、中国は同じ方向の働きかけをしている。高市氏の言動が問題だと告げ、日本からの来訪者に関係修復の役目を期待する。
発表を並べると、接触を重ねながら一つの方向へ押していく姿が浮かぶ。岩屋訪中を、1人の政治家が勇気をもって関係改善に動いた話として片づけるわけにはいかない。
香港紙・明報の10月5日付社説の見出しはもっとあけすけだった。民間を通じて高市早苗氏に圧力をかけるという趣旨の文言を掲げている。「以民促官」、つまり民間から政府を動かすという意味だ。翌6日の英文欄も、日本の実業家を使って高市氏に圧力をかけるという題を掲げている。
岩屋氏の訪中後も経済界との接触は続く。SCMPは10月17日、11月の経団連訪中団について、中国側が人数を5人から約20人に増やすことを認めたと、共同通信の報道を引いて伝えた。
訪問団は約20人に拡大する見通しだという。記事では、経済面での影響力を使って日本政府に圧力をかけているという専門家の見方も紹介された。
経済交流が政治的圧力の経路になる懸念
政府への圧力は緩めないまま、企業とは話を進める。この組み合わせに注意が要る。企業が中国との取引を続けたいと望めば、政治家はその声に耳を傾ける。そこに中国の政治的要求を乗せ、日本政府まで持ち帰らせる。経済交流を政府を動かす道具にする、という読み方である。
ただし、中国側がそう期待することと、日本側がその役割を引き受けることは別だ。企業が商売を守ろうとするのは当たり前のことだ。経営者は社員の生活を背負っている。
ただ、その期待を預かって中国へ行く政治家には、企業が困っていることと日本政府が間違っていることを混同しない責任がある。取引が止まって困るからといって、中国が求める政治的譲歩が正しくなるわけではない。
そこを取り違えると、企業のために始めた働きかけが、いつのまにか中国の要求を国内に通す役回りに変わってしまうおそれがある。日本企業を守ることと、日本の首相に中国への歩み寄りを迫ることが、ひとつに重なってしまうのだ。外相まで務めた政治家に求められているのは、この混同を防ぐことだ。
高市政権の政策に反対なら、自分の理由と根拠を示して日本の有権者を説得すればいい。中国の高官に会えたことは、日本国内でその主張が正しい証拠にはならない。外国政府が歓迎する政治家と批判する政治家を色分けしたからといって、日本の側までその色分けに従う義理はない。
日本の「正しい選択」を後押ししてほしいという要求
フルコ氏自身は、中国による日本孤立化の試みは成功していないと評価している。それでも、日本側が厚遇をどう受け止めるかは軽い問題ではない。会ってもらえたことをそれだけで外交成果として扱えば、中国に選ばれた政治家こそが関係を改善できるという見方を、日本人自身が広めることになる。
国貿促の説明では、岩屋氏は経済協力や邦人の安全確保、地方交流の推進などを要請したという。日本側が求めたことも踏まえて、訪中を評価する必要がある。
そのうえで、岩屋氏にさらに説明してほしいのは、同じ訪問で持ちかけられた政治的な働きかけをどう扱ったのかという点だ。会談の格の高さは、この問いへの答えにならない。
中国側の発表文には、日本が「正しい選択」をするよう後押ししてほしいという趣旨がはっきり残っている。これを読めば、元外相への厚遇をそれだけで素直に喜ぶ気にはなれない。
相手がなぜ自分を歓迎するのかを見極めずに、国益を守れるはずがない。高市氏を批判するか支持するかを論じる前に、外国政府が日本国内の誰に働きかけ、何を変えようとしているのかを見抜くこと。外交を担った政治家にとって、それは最低限の務めである。
文/小倉健一