「どこから手をつければ…」片付け本格化も途方に暮れる被災者 九州北部大雨

九州北部の記録的な大雨で広範囲にわたって冠水した佐賀県武雄市では、築137年を数え、国の登録有形文化財となっている住宅も床上浸水した。1人で暮らす女性は「この家とは一心同体のようなもの。本当につらいがもはや修復は無理だろう」と肩を落とす。
近くを流れる川があふれ、一帯が水没するなど大きな被害の出た同市朝日町甘久地域のJR高橋駅周辺。旧長崎街道に面して1882年に建てられた「桑原家住宅」も28日の大雨で1階が浸水し、泥だらけになった。1人で暮らす桑原佐恵子さん(70)は「家が心配だから」と避難所へ行かず2階で水が引くのを待ち続けた。「昔から『高橋に大水が来ないと夏は明けない』と言われ、これまでも雨の度に大変だったが畳の上まで水が来たのは1990年の時以来」と大切に守ってきた我が家の変わり果てた姿に動揺を隠せない。
呉服屋、薬局などとして利用された2階建ての住宅は14部屋あり、敷かれた畳は119枚。丁寧な細工が施された欄間や、2階に荷物を運び上げる滑車を天井に備える。大量の泥が押し寄せ、土間だけでなく畳や廊下も泥水につかり、桑原さんは「どこから手をつければいいのか」と途方に暮れる。毎日掃除し、こつこつと修繕を重ねてきたが、一気に水に流されてしまった。
床上浸水の被害を受けた90年の際は、1年間かけて修復した。2005年には歴史的な価値が認められ、文化財として登録された。しかし「今は年金暮らしでもう修復は無理だろう。当面は2階で暮らすが、アパートでも借りるしかない。自然には勝てないのよね」と声をつまらせた。
武雄市教育委員会、同県大町町教委によると、現時点で他の文化財の被害は確認されていない。
武雄市内では30日、一帯の水がはけ、民家や店舗などで前日に引き続き片付け作業が進められた。住民らは泥のついた家財道具などを運び出し、床下にたまった泥をかき出すなど作業に追われた。
床上浸水した同市北方町志久の農家、宮原洋昭さん(50)宅では、朝から「少しでもできることがあれば」と友人や知人ら約20人が手伝いに訪れ、自宅や小屋の片付けが進められた。宮原さんは「困ったときはお互い様と言うけれど、本当にありがたいですね」と感謝した。
宮原さん方は28日早朝から水が押し寄せ、昼には床上50センチに達したという。冷蔵庫は倒れ、窓ガラスも割れた。「流されたら大変」と夏休みの宿題を抱えた長女の高校3年生、あかりさん(17)ら家族6人は2階に避難して無事だったが、自家用車3台やトラクター、コンバインなども水につかった。
衝撃を受けつつも、宮原さんはフェイスブックに被災を記録した写真とともに「皆の協力を受けながら1日でも早い復興を目指そう!」と記した。被害を知った親戚や友人らが連日、片付けを手伝っている。
地域では高齢女性が自宅で亡くなるなど大きな被害が出ている。区長を務める父博泰さん(78)は「犠牲者が出てしまったのはショックだ。私も亡くなられた方の通夜に行く靴すらない。地域の皆が早く元通り暮らせるようになれば」と願った。【佐野格】