“鯖(さば)”は、「塩さば」や「さば煮」といったように昔から家庭の食卓に並ぶ魚である。言葉を選ばずいえば、ブームからは程遠い地味な食材である。
そのさばが数年前から、注目を集めている。空前のさばブームであり、外食でもさまざまなシーンで食す機会が増えた。また、外食マーケットを脅かす存在である中食においても、さばを使ったメニューが次々と登場している。そして家庭では、さば缶が空前の大ヒット。2018年にはなんとツナ缶の生産数量を抜いたというニュースも流れた。某レシピサイトでも同年、サバ缶を使ったメニューが食のトレンドを象徴するものとして表彰され、さば缶が品薄になるという社会現象も起こったのだ。また、スーパーの棚におけるさば缶の占拠率も上がった。
外食、中食、内食(家庭)。この3つのマーケットに起こった現象をもとに、さばブームの背景を解説しておきたいと思う。
さば料理専門店「SABAR」の衝撃
みなさんは、さば料理専門店「SABAR」というかなりエッジの効いた居酒屋をご存じだろうか?
これは、09年1月から、さばの物販を中心に手掛けていた「株式会社鯖や」(大阪府豊中市)が運営するさば専門の居酒屋である。現在は、関西に12店舗、首都圏に3店舗、その他の地域は7店舗、シンガポールに1店舗まで広がっている。
「とろさば」との出会いの場をコンセプトにしたSABARは、「飲食店は食材をプロモーションし、流通させるインフラ」という言葉がぴったり当てはまるような存在だ。
そのスタイルは、かつてのスターバックスコーヒーと似ている。コーヒーを売るのではなく、ライフスタイルを提案し、日本におけるコーヒーショップをサードプレイス(職場でも家庭でもない第3の場)として定着させた。
同社は13年に、より多くの人にさばの魅力を伝えたいと、クラウドファウンディングでの資金調達とプロモーションを実施し、一気に関東への進出を実現させたことで飲食業界の話題をさらった。
いわし料理専門店、ジビエ専門店、鴨料理専門店など、なんらかの食材に特化した業態はかつても存在した。だが、これだけエッジの効いた業態で多店舗展開している業態がいまだかつて存在しただろうか? 筆者の知る限りでは、鶏料理専門店(焼き鳥)くらいではないかと思っている。
伝道師が語るさばの魅力と可能性
外食におけるさばブームの火付け役といっても過言ではない、SABARを展開する鯖や代表取締役の右田孝宜氏に話を聞いてみた。
「決して飲食店経営がなりわいではなく、飲食店はあくまでもさばを伝達するメディア。飲食店を通じて、さばの素晴らしさを伝えたい」と熱く語ってくれた。
国内において、さばは親しみ深い食材ではあるが、その食べ方は和食が中心。バラエティの幅を広げることで、国内の出荷数を増加させたいと考えている。そこで、SABARでは世界17カ国の料理にアレンジし、さばの新しい食べ方を提案している。イタリアンや中華だけでなく、インド料理のタンドリーチキンに見立てた「タンドリーサバ」といった想像を絶するメニューも存在している。SABARは16年7月にシンガポールに出店。進出の狙いは、海外で「さばを食べる文化、習慣を根付かせたい」からとのこと。飲食店としてビジネスを展開するのが目的ではない。
そもそも、さばは歴史的にも日本の食卓に根付いており、日本人にずっと寄り添ってきた食材である。そして、さばほど可能性を秘めた食材はない。さばは、スーパーに並ぶ安価な切り身から、「関さば」「首折れさば」といった高級品まで幅広く存在する。産地や季節によって、これだけ価格の幅がある魚もそう多くないのではなかろうか? さば寿司一つとっても、スーパーで気軽に買える300円程度のものから、京都の老舗店にある1本5000円程度の高級さば寿司までバラエティに富んでいる。つまり、付加価値のつけ方次第では、展開できるマーケットがいくらでも広がるのである。
また、語りたいストーリーの多い食材でもある。さば寿司の原型である「しめさば」はその昔、日本海で水揚げされたさばを塩でしめて、丸一日かけて京都に運んだ。京都に到着する頃には味がいい塩梅になる。福井から京都に続く「鯖街道」に代表されるように、歴史的ストーリーのある食材なのだ。“ストーリー性”のある食材。これもブームが起きる背景として重要なキーワードである。
さばは水揚げ量、消費量ともに日本が世界一だ。供給が安定していることもビジネスを展開する上で大きな要素である。
さばに対する強い思い入れ
「付加価値がつけやすい」「ストーリー性がある」「供給が安定している」――ビジネスを展開する上で、さばは3つの要素を満たしている。さばの供給をさらに拡大していくことで、さばに携わる人たちがハッピーになってほしい。右田氏は「さばで世界中をハッピーに」というビジョンを掲げ、日々、さばのプロデュースにいそしんでいるのである。
右田氏のプロデュースは徹底している。SABARを訪れると、これでもかというほどさばへの愛が伝わってくる。店舗を「鯖情報発信基地」と名付け、店内にはさばに関する豆知識が至る所にちりばめられている。閉店時間は午後11時38(さば)分、ラストオーダーも午後10時38(さば)分。営業時間などの数字を38にそろえ、「サバ博士サイト」というWebサイトを展開し、さばに対する知識をSNSで発信する。さらに「サバ検定」なるものを作り、消費者の知的好奇心をあおっていたりもする。38歳以上を対象にした「鯖婚活パーティ」も実施しており、さばをきっかけにお付き合いを始めたカップルもいるとか。
このように、さばブームは右田氏の存在を抜きにしては語れない。ブームが拡大するには、情熱を注ぎ続けるリーダーが必要なのだ。
中食分野で存在感が増すさば
中食におけるさばメニューの定番といえば、さばの塩焼き弁当ではないだろうか? 今や、スーパーやコンビニでは、さばを使ったテークアウトメニューが増えてきた。ほぐしたさばを使ったおにぎりや丼、トルコで有名なバケットにさばを挟んださばサンド、トルティーヤにさばを挟んださばロールなどを目にすることも増えてきた。
また、低糖質ブームに乗って大ブレークしたサラダチキンならぬ「サラダフィッシュ(さば)」もコンビニで販売されており、糖質を気にするダイエッターに人気だ。これは、そのまま食べてもおいしいが、サラダに乗せれば立派なごちそうになる。糖質が抑えられ、ダイエット時のランチにおすすめである。中食市場においても、その食べ方はバラエティ豊かになっており、さばを食べる習慣が定着しつつあるのだ。
また内食(家庭)の消費では、生のさばだけはなく、さば缶が大ヒット中だ。さばの水煮缶は料理に使いやすい。そのままサラダに乗せたり、煮物やパスタに缶のスープ使ったりすることもできる。また、納豆やオクラといったねばねば食材と混ぜれば、最強のご飯のおともにもなる。カレーの具材としてもおすすめである。
このように、さば缶は、さけのほぐし身やツナの扱いに似ているため、家庭でのアレンジも簡単なのだ。
消費者視点でさばブームを考える
では、なぜこれほどに“食シーン”全般でさばがブームになったのか? 消費者観点でさばブームの背景について、筆者の見解をまとめたい。ブームの背景は3つあると考える。
食のブームは、外食が起点になっていることが多い。その外食業界における専門店ブームが背景の1つ目だ。人々のライフスタイルの変化に伴い、テークアウトやお惣菜など、いわゆる中食が進化。結果、外食業界はこの中食との差別化を図ることが必要とされた。イタリアン一つとっても、肉専門イタリアンや魚介専門イタリアンなど、少しエッジの効いた業態の展開が始まった。この、外食でしか味わえない特別感やエンターテインメント性を求められる時代となりつつある2009年に「SABAR」1号店がオープン。居酒屋業態において、“さばメニュー”のみで勝負する潔さ。そして、家庭では決して味わうことのできないさばメニューの数々が話題を生み、大ブレークしたのである。
2つ目は、SNS映え。家庭ではさば缶が大ブレークしたが、その背景には、パッケージの“おしゃれ化”がある。目を引くような黄色いパッケージを採用した「サヴァ缶」が登場。これは国産さばをオリーブオイル漬けにしたものだ。東日本大震災から立ち直るため、東日本の食の復興と、日本の食文化を世界に発信することを目指す一般社団法人「東の食の会」が手掛けている。レモンバジルやパプリカチリ味など、バラエティに富んだ商品開発も功を奏した。このおしゃれなさば缶がコンビニでも気軽に手に入ることで出荷量が伸び、なんと発売から6年目で500万個を突破したという。コーヒーや輸入食品を扱うチェーン「カルディ」で販売されている、キャメル珈琲の「さばの水煮」もおしゃれなパッケージとなっており、食卓に飾ってSNSにアップする主婦の間で大変な人気になった。
3つ目は健康志向。青魚は元来、体にいいとされている。その中でもさばは脂質が極めて豊富で、EPAやDHAの含有量は青魚の中でも群を抜いているといわれている。そしてさば缶は、皮も骨も含め、その栄養豊富な鯖を丸ごと食べられる。80代でエベレストにチャレンジするアルピニストの三浦雄一郎さんが、毎日、さば缶と納豆を食していることも話題となった。
このような背景を基に、さばが多くのメディアで取り上げられ、一気にブームは頂点に達したのである。
(有木 真理)