雅子さま「適応障害」の現在地点 皇室外交では訪日要人を「ひとりの人間」として“おもてなし”

令和元年、雅子さまが皇后になられた。 10月22日には、新天皇の即位を国内外に宣言する「即位礼正殿の儀」が行われた。 精神科医の香山リカさんは、いま雅子さまが適応障害を克服されつつあるのではないか、と分析する。 ※「週刊文春」2019年8月15・22日号より転載
【写真】雅子さま お誕生日に際した最後の記者会見

皇后陛下の診断名として発表されている「適応障害」とは、ある特定のできごとや状況が本人にとって強いストレス因となり、それによってうつ症状やからだの変調などが引き起こされる疾患だ。その治療のためには「ストレス因の除去」と「本人の適応力の強化」が必要になる。

では、皇后陛下の場合、何がそれほどのストレス因となったのか。上皇上皇后両陛下などからのプレッシャーなのか、それとも公務の忙しさなのか。それは違うと思う。推測にしかすぎないが、私は最大のストレスは「努力とそれへの評価がリンクしないこと」や「合理的な説明が行われないこと」だったのではないかと考える。受験競争を勝ち抜き、外交官として働いてきた皇后陛下にとっては、激務やまわりからの期待は慣れっこだ。「努力しなさい」と言われればいくらでもできる。それが、皇室入りしてからは、公務の前に専門家顔負けのレベルまで予習をしても、それが評価されることはなく、お召し物やご懐妊の兆候などにばかり注目が集まる。また、祭祀や皇室の慣習の多くは前例主義であり、そこも欧米育ちで、すべてに合理性を求め知的に理解してきた皇后陛下にとっては、「なぜ?」と疑問の連続であっただろう。
1993年6月9日、結婚パレード JMPA
つらい日々もあったはずだが、天皇陛下の揺らぐことないサポートもあり、皇后陛下は持ち前の努力家の要素を捨てることなく、自分のペースで療養や興味ある分野の勉強などを続けることができた。
そして、皇后陛下にとっては「象徴としての務めを果たしていくことがむずかしくなったから」との上皇陛下の生前退位の説明は心から納得できるもので、「新皇后として自分ががんばらなければ」という動機づけになっただろう。また発表から即位まで十分、時間があったこともあり、その間、新皇后への目標を掲げて、そこに向かって計画的に努力を続けてくることができた。やや失礼な言い方かもしれないが、それは皇后陛下にとって難関学校の受験日に向けて努力した日々を彷彿とさせるものだったのではないか。

皇后陛下になってからは、得意の語学を生かして訪日要人と会談し、国民からも「さすが」と高い評価を得ている。特記すべきは、皇后陛下は相手が要人であっても「あくまでひとりの人間」として接していることだ。トランプ大統領夫妻と会ったときも、いつもは硬い表情のメラニア夫人が皇后陛下との会談中、次第に自然で若々しい笑顔を見せるようになった姿は印象的だった。

皇后陛下は「自分を変えること」によってではなくて、「まわりを少しずつ変えること」により適応障害を克服しつつある。もちろんそれには天皇陛下をはじめとする家族の支えが不可欠であった。ただ、また努力のしすぎで息切れしないか、それがやや心配だ。また皇后陛下にとってはどうしても「個人の時間」が必要だ。周囲はそれを理解し、「世界一クレバーな皇后陛下」をあたたかく見守ってほしい。
(香山 リカ/週刊文春 2019年8月15・22日号)