JR東海が令和9(2027)年に東京・品川-名古屋で先行開業、19(2037)年に大阪までの全線開通を目指すリニア中央新幹線。開通によって品川-大阪間が約1時間で行き来できるようになり、大きな経済効果が期待されているが、この工程に黄信号がともっている。静岡県の川勝平太知事が、工事の影響で大井川の水量減少が懸念されると訴え、県内の工区の着工にストップをかけたためだ。いまだに結論は出ない一方、国土交通省は今月、JR東海と県の調整役を担うことを決めたほか、3者による新たな協議の場の設置も検討する構えで、議論の行方が注目される。(江森梓)
「全線開通が将来の日本経済の発展に大きく貢献すると信じている」
10月3日に山梨県の山梨リニア実験センターで行われた、リニア中央新幹線の試乗会。全国から約110人の報道関係者が集まる中、JR東海の武田健太郎広報部長は意気込みを語った。
リニア中央新幹線の全線開業は同社の長年の悲願だ。東海道新幹線の経年劣化への備えや輸送網の多角化などを目指し、国鉄時代の昭和37年に超電導リニアの研究開発を開始。試運転を重ね、平成27年には「最も速い磁気浮上式鉄道」としてギネス記録となる時速603キロを出すことにも成功した。
従来の鉄道は車輪とレールの摩擦を使って走るが、一定の速度を超えると車輪が空回る。このため磁石の力で車体を10センチほど浮かせて走らせることで、車輪が空回りすることを防いで高速運転が可能になり、全線開業すれば、品川-名古屋が40分、大阪には67分で到着できる。
当初全線開業時期を令和27(2045)年としていたが、国から低金利で資金を借りられるようになったため、最大8年の前倒しが可能になった。そう遠くない将来に迫った全線開通は、経済界などを中心に歓迎する向きが強い。
ただこうしたJR東海の展望も、順風満帆なわけではない。
「自然についての懸念があるので十分、慎重にすべきだ」
平成26年3月、JR東海が示したリニア中央新幹線の環境影響評価準備書に対し、川勝知事はこうくぎを刺した。準備書では、「工事完了以降、大井川の流量が毎秒2トン減少する」との試算が記されていた。大井川は県民の6分の1にあたる約60万人が水道用水や工業用水、農業用水で利用するとされており、水量が減った場合の影響は計り知れない。
昨年10月にはJR東海はトンネル内に出る湧水を全て大井川に戻すと提示。しかし、静岡県は「どこの地点にどのように戻すのか、全然詰められていない」としており、議論が収束したわけではない。
リニアが静岡県を通るのは、南アルプスの山岳地帯を貫く8・9キロの区間だ。品川-名古屋間の開通工事において、最大難所の一つとされている。すでに隣接する山梨、長野両県は28年までに着工している。それだけに、JR東海としては一刻も早く着工したいところだが、地元の同意は不可欠だ。
JR東海の担当者は「今後、国を交えて慎重に協議を進め、地元の方にも納得していただけるような形にしていきたい」としている。
一方、国も難航する両者の調整役を買って出た。今月24日には国交省の藤田耕三事務次官が、静岡県庁で川勝知事と会談し、両者の主張を整理するなどの調整を同省が担うと伝えた。3者による新たな協議の場の設置を検討することでも一致。終了後に記者団の取材に応じた国交省の江口秀二技術審議官は「リニアの早期実現と県の思いを両立させるよう議論に加わり、踏み込んで進めていく」と意欲を見せている。