10月24日から11月4日まで、東京ビッグサイトで開催されている東京モーターショーの見どころを、3回に渡ってお送りしてきた。筆者がスポットライトを当てたのは、奇しくもマツダとトヨタのEVであり、それはEVが注目を受けてから10年が経過して、ようやく現実的なビジネスが始まりつつあることをプロダクトベースで主張し始めたということでもある。
しかし、当然ながら、何もかもEVに変わっていくわけではない。リアルな我々の生活は意外に保守的で、逆説的にいえばそういう保守本流があればこそ、革新的なEVも存在し得るのだ。
レヴォーグは日本専用モデル
スバルは、来年後半にデビュー予定の新型レヴォーグを、コンセプトカーとして東京モーターショーに出品した。レヴォーグはそもそも日本国内マーケットを象徴するクルマである。それはもう誕生の経緯からも明らかだ。
直近の5年間を見る限り、スバルの経営は順調だ。連結の販売台数で見ても、売上高で見ても、大きなブレは出ていない。ただし、スバルの売上を支えているのは、いわずと知れた北米マーケットであり、北米一本足打法と揶揄(やゆ)されてきた経緯がある。
実際かつての主力車種であったレガシィは北米マーケットへの最適化が進み、その結果ボディが大幅に拡大された。加えて現地での多人数乗りに対応するために3列シートモデルのアセントが追加されるなど、主力である北米マーケットに対する手厚い商品力強化は継続的にされている。
そうなると問題は日本のマーケットで、かつての一世を風靡(ふうび)したレガシィ・ツーリングワゴンのユーザーたちが行き場をなくしてしまう。そのため日本国内用に、サイズの縮小を図ってデビューしたのがレヴォーグだ。だから日本国内においてレヴォーグは、レガシィ・ツーリングワゴンの正統な後継車であり、歴史的にみればスバルの中核車種を担っていることになる。
スバルがこだわるGTワゴン
世の中の流れがSUVを指向したことから、現在の日本マーケットでは、フォレスターとの2枚看板を構成する形になっているのだが、やはり心情的にスバルはワゴンボディのGTを強く希求しているのだと思う。
つまり、レヴォーグはスバルの人たちにとってもど真ん中のスバルであるとともに、北米マーケット偏重が進行しすぎないように、押しとどめる重要な役割を持っている。
重心がどうしても高くなるSUVに対して、ワゴンは重心が低く、かつ荷物の積載キャパシティもセダンより多い。アウトドアなどで多くのギヤを搭載したいケースの選択肢として、空間を取るならSUV、走りを取るならワゴンという住み分けが一般的になるだろう。しかしながら今世情はSUVへの傾斜をどんどん深めていくので、ワゴンの選択肢が減りつつある。
そういう中で日本の自動車史を代表するザ・ワゴンとして、レヴォーグはGTワゴンという形を死守する覚悟に見える。
温室効果ガス時代のフラット4
さてエンジニアリングを見ていこう。見ていこうといっても現状スバルからは何一つといっていいくらい情報は出ていない。発売まで1年近くあるかもしれないモデルなので、当然といえば当然なのだが、以後の詳細技術はあくまでも筆者の予想に過ぎないことは、あらかじめお断りしておきたい。
さて、レヴォーグの基本はAWDである。スバルの場合、インプレッサと他社OEM車両を除くとFFモデルは選べない。デフォルトがAWDである。元々生活四駆からスタートしたスバルは、リアルワールドでの性能に強いこだわりを持っており、その走破性には定評がある。北米のYoutubeなどを見ると、雪や氷でスタックしてしまった巨大なトラックを、レガシィが軽々と牽引(けんいん)してみせる動画なども多く、スバリストによるそういう地道な草の根的なヒーロー活動が、今のスバル・ブランドを築いてきたともいえるだろう。
AWDはいいとして、温室効果ガス問題が厳しく糾弾される時代の問題はフラット4にあるだろう。厳しさを増すCAFE規制の中で、この形式はCO2排出量を削減していくには不利なエンジンだ。とはいえ、ことはメーカーだけの問題ではなく、ユーザーも巻き込んでいる。つまり「フラット4でなくてもスバルだ」とお客さんは本当に認めてくれるのかどうか。それは分からない。
雑な予想に過ぎないが、2040年頃にはEVがそれなりに主流化しているだろうし、おそらくスバルの主力もEVとなっているだろう。しかしそれまでの間どうするかは、スバルにとって中々厳しい課題である。
現在スバルが発表している中期戦略によれば、CO2対策には2つの戦略が採られている。1つはトヨタのTHS2ハイブリッド(HV)システムを組み込んだ、プラグインハイブリッド(PHV)で、北米でクロストレックに搭載されている。
もう1つはダウンサイジングターボだ。これは従来のフラット4の延長線を担う予定の技術で、1.8リッターの直噴ターボであり、希薄燃焼エンジンでもある。
一般的にいって希薄燃焼は難しい。薄くした混合気を従来のプラグ発火による火炎伝播(かえんでんぱ)によって燃やそうとすると、末端まで燃え広がらない内に延焼が止まってしまい、その結果煤(すす)が出る。この煤が燃焼室内にたまって、高温の熱源となり、今度はそこを基点に着火が始まってしまう。つまりノッキングが止められなくなるのだ。
かつてトヨタや三菱が失敗して撤退したことを、スバルは当然のごとく知っているだろうから、この問題を何らかの技術で解決できたからこその新世代フラット4なのだろう。
普通に考えれば、直噴インジェクターの能力向上と、タンブル(縦渦)の強化によって、燃料の均一性を高めたのは間違いない。それは絶対にやっているだろうが、残念ながらそれだけで解決できるのならトヨタも三菱も撤退していない。おそらくはEGR(排気ガス再循環)による燃焼コントロール技術が上がったのではないか? EGRとは、吸気に意図的に排気ガスを混ぜる方法だ。ものすごく乱暴にいえばEGR量を増やすことは、燃焼のブレーキとなる。燃焼の暴走であるノッキングがもたらすエンジン破壊を防ぐために行う制御だ。
従来このブレーキの役割を果たしてきたのは、点火の遅角(リタード)だ。つまり圧縮のピークが過ぎてから火を付けることで燃焼の制御を行う。本来高圧縮であればあるほど
エネルギー回収率は上がるので、こうやって遅角させるとてきめんにエンジン効率が落ち、燃費が悪化する。そこで昨今は、遅角をできる限り行わず、代わりに排気ガス(不活性ガス)を多く混ぜて、燃焼の化学変化を穏やかにするのだ。
遅角の場合と違って、EGRのケースでは燃料の供給量も絞るので、燃焼がキツい場面ではパワーこそ出ないが、熱効率は落とさずに済む。遅角制御が頻繁に割り込む過給エンジンにとって、EGRの燃費抑制効果は少なくないだろう。そして希薄燃焼を行うのは、大抵が高速道路の定速巡航時だ。元々エンジンがフルパワーを発揮するような領域ではなく、能力に対して割とゆるゆると仕事をしている場面なので、問題になりにくい。実際のところスバルがこのダウンサイジングターボエンジンの燃費を発表した時に、この技術のポテンシャルが確定する。
レヴォーグのスタイル
さて、最後にレヴォーグのデザインだ。真横から見た全体のシェイプは、ドライバー頭上を頂点に後ろに下がっていく流線型で、それはサイドウィンドーのオープニングラインのみならず、実際のルーフも後ろ下がりだ。
これが意味しているのは、ワゴンの立ち位置の修正である。かつてのレガシィ・ツーリングワゴンは、ほとんどのモデルがルーフラインを情け容赦なく真っ直ぐ後方に引っ張るワゴンの王道デザインだった。いうまでもなく後席の頭上空間と荷室の容量を優先すれば、クルマの形はそうなる。そこにわずかながら変化が訪れたのは5代目の時で、ルーフはともかく、サイドウィンドーのオープニングラインを後ろ下がりに構築し、スタイルにクーペ的要素を持ち込んだ。
そして初代レヴォーグでそのルーフラインの後ろ下がりが明確化していくのだ。当然これはSUVの影響が絶大で、車高の高いSUVの場合、室内のエアボリュームで見ても荷室の空間で見ても有利なのは明らか。ワゴンは、そこで敵わないことを織り込みながら立ち位置を決めなくてはならない。
東京ショーでお目見えした新型レヴォーグのサイドビューは、相当明確にクーペ的だ。エンジニアが本気で最大のラゲッジスペースを取ろうと考えていたらこうはなっていないはずだ。だからスバルがGTワゴンを死守するといっても、全く何も変わらない過去をひたすらキープしようとしているわけではない。それは新しいスペシャリティの形としてのワゴンだ。スバルの場合、そもそもSUVのフォレスターがとことん実用を意識したラゲージを備えており、SUVはスペシャリティを志向していない。そしてその部分を担う重要な役割が与えられたのが新型レヴォーグなのだ。
(池田直渡)