水難・遭難事故、どこまでが自己責任? 費用請求ケースも

今年も全国の海や山で水難・遭難事故が相次いでいる。中には遊泳禁止だったり、台風が接近していたりするなど、軽率な行動が事故につながっていることも。こうした海や山のレジャーをめぐるトラブルで古くから根強いのが「救助費は自己負担させるべきだ」という“自己責任論”だ。「人命にかかわる事態でもあり、費用請求はできない」と話す関係者もいる一方、すでに公的ヘリによる救助を有料化した自治体も出ている。
救助で漁の機会減も
日本海と美しいビーチのコントラストで知られる福井県美浜町の水晶浜(すいしょうはま)海水浴場。8月18日午前11時50分ごろ、監視員からこんな通報が敦賀海上保安部に寄せられた。
「岩場に人が取り残されている」
同保安部によると、沖合数十メートルの岩場で救助を求めていたのは7~41歳の男女24人。周辺は当時、台風10号の影響などが残っていたため、風速約4メートルでうねりが強く、午前9時半ごろから遊泳禁止だった。
24人は岩場まで泳いだり、岩を伝ったりして渡ったが、後に波が高くなって戻れなくなったという。24人を救助した同保安部の担当者は「こうしたトラブルがあった際には口頭で厳しく指導している」としたが、救助にかかった費用を24人に求めることは「考えていない」とした。
日本ではひとたび水難事故があれば、海上保安庁や日本水難救済会(東京)が原則無償で救助にあたる。もっとも、実際に救助に向かうのは、救済会に所属する地元漁業関係者であることも多く、「使用した燃料代を補助してほしい」との要望もあるという。
水晶浜海水浴場のケースは海保が全員を救出したが、場合によっては地元団体の福井県水難救済会が出動することも考えられた。同救済会の担当者は「救助に出動すれば漁の機会が奪われることになり、稼ぎに影響することもある。(事故は)レジャー客の個人の責任という思いもある」とした上で「人命に関わる事態でもある。良心がある以上、(遭難者に)費用請求することはない」と話す。
ヘリ救助、5分で5千円請求
一方で、事故発生時の自己責任を明確にする動きも出てきている。
埼玉県は平成30年1月、全国で初めて防災ヘリコプターによる山岳遭難救助の有料化に踏み切った。対象山岳地域で遭難し、県の防災ヘリを使用した場合、燃料代相当分として運航5分あたり5千円を請求する。
県によると、今年6月までに9件で適用され、合計約55万円を遭難者に請求、全額を徴収した。条例の効果については「(施行から1年半ほどしか経っておらず)まだ検証できていない」(県担当者)という。
スキー場での遭難や事故のリスクも看過できない。
青森・八甲田山系の宿泊施設などでつくる「八甲田山岳スキー安全対策協議会」は今年1月、スキー場のコース外などで遭難が発生した場合、遭難者に費用を請求する「八甲田ルール」の運用を開始した。コース外を滑る「バックカントリー」での事故が課題になっていたといい、捜索に関わった人件費などを請求している。
昨シーズンは2件の適用があった。協議会の菊池智明理事は、ルール公表後は救助依頼が減っているとし、「これを機に個人の安全への自覚が芽生えてくれれば」と訴えた。
慎重な意見もある。山梨県は埼玉県と同様のヘリ救助の有料化を一時検討したが、「課題が多い」(関係者)として導入を見送っている。
冷静な議論を
識者はどう考えるのか。
「街中で車の自損事故などを起こしても、公的な救助費用は無償。山や海での事故だけ有償にするのはバランスがとれないというのが行政的な考え方だ」と話すのは、登山の法的トラブルに詳しい溝手康史弁護士。事故にはさまざまなパターンがあり、過失の度合いを行政側が一律に判断するのは困難との見方を示す。
災害危機管理アドバイザーの和田隆昌氏は「安易に救助要請ができるという考えが、救助側の負担増と事故の多発化を生んでいるのではないか」とも述べ、最新の気象情報をチェックしたり、十分な装備を用意したりして、早めの中止・撤退を自己判断することが重要とアドバイスする。
ただ、自己責任をめぐる問題については、冷静な議論が必要といえそうだ。
溝手弁護士は「過度な批判ではなく、どうすれば事故を防ぐことができるのかなどを話し合うべきだ」と指摘。和田氏も自己責任は一人一人が考えるものだとし、「第三者が他人を非難するときに使うべきではない」と求めた。