トランプが「ファーウェイ禁輸緩和」に傾いた真相 中国との“チキンレース”の内幕

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本記事は、書籍『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(著・遠藤誉 、毎日新聞出版)の中から一部抜粋し、転載したものです。筆者が暴露する米中貿易戦争の裏側についてお読みください。

2019年6月29日と30日に大阪で開催されたG20サミット(主要20カ国・地域首脳会談)における最大の見どころは、その間に開催されることになっていた米中首脳会談だったと言っていいだろう。

トランプが交渉次第では3000億ドル(約32兆円)分の輸入品に対する第4弾の対中追加関税を断行すると何度も言っていたからだ。世界中のメディアがその成り行きを見守っていた。第4弾を断行すれば、中国からの輸入品のほぼ全てに最大25%の関税がかかり、サプライチェーンで複雑に絡み合っている世界経済に計り知れない影響を与える。

まさかのトランプ「ファーウエイ禁輸緩和」発言
しかし一方では、中国経済に壊滅的打撃を与えてくれることを願う気持ちも、中国以外の国の少なからぬ人の頭を、よぎっていたにちがいない。そうなれば、ひょっとしたら、中国共産党による一党支配体制がついに崩壊する可能性もある。私もその1人だったかもしれない。

しかし、米中首脳会談後の記者会見でトランプの口から出た言葉は「対中追加関税第4弾の見送り」と中国通信機器大手「ファーウェイ(華為技術、HUAWEI)に対する禁輸緩和」だった。

対中追加関税に関しては、第4弾の厳しい関税制裁は見送って、通商交渉を再開していくことになり、ファーウェイに関しては、「米企業は関連部品に関して、これまで通りファーウェイとの取引を継続していい」ということになったのである。つまり、ファーウェイがスマートフォン(スマホ)などの端末を製造するのに必要な半導体を米企業から輸入していいし、またソフトウェアなどのサービスも受けていいということになる。

ただし、安全保障上問題がない部品に関してとか、エンティティ・リストからの排除は検討中だとか、口ごもりながら言ってはいたが、ファーウェイの製品は全て安全保障上の問題があるからこそ、アメリカ政府はファーウェイをエンティティ・リストに載せていたのではなかったのか。それはトランプ1人の感情というか決断では動かせない法律で決まったはずだ。

それでもなぜ、トランプはここまでの譲歩をしたのか?

米中首脳会談を「先に言いだしてしまった」トランプ
G20大阪サミットにおける米中首脳会談を最初に呼びかけたのは、実はトランプの方だ。もし応じなければ、厳しい追加関税が待っていると、5月の時点から習近平国家主席に脅しを掛けている。

5月5日、トランプは日用品など2000億ドル(約21兆円)分の第3弾関税を25%に引き上げるとツイートしており、5月10日に第4回目の米中通商交渉が決裂すると、同日、制裁関税を25%に引き上げると決定(実行したのは6月15日)。

5月13日には3000億ドル分に最大25%の関税を上乗せする第4弾を発表したのだ。5月15日にはファーウェイを含めた中国の関連69社をエンティティ・リストに登録し、事実上の禁輸制裁を表明している。

こうしておきながらトランプは、G20大阪サミットに出席するとツイートし、さらに大阪サミットで米中首脳会談を行うと発信したのだ。習近平がもし出てこなければ、第4弾を発動するぞと居丈高だった。

それに対して中国外交部側はしばらくの間、「出席するか否かに関しては、今のところ情報がない」と答えを濁していた。つまり、トランプの呼びかけに対して、老獪(ろうかい)な習近平はしばらくの間沈黙を続けていたのである。

6月18日になってトランプは習近平と電話会談をし、ようやくG20出席と米中首脳会談実施の同意を「一応」取り付けた。万一にも習近平が出席を断れば、トランプのメンツは潰れ、米大統領選に不利になる。だから、その前までは激しい脅しを掛けていたわけだ。

そのようなことになるくらいなら、米中首脳会談を行う可能性などをTwitterでつぶやかなければいいのにと思うが、これがトランプの「悪い癖」とでも言おうか、ほぼ反射的に発信してしまうのだろう。「先に言った者が敗ける」というルールを、あまりわきまえていないらしい。その後、中国外交部は習氏のG20出席と米中首脳会談実施を正式に表明し、米中通商交渉担当者同士の電話会談も行なわれた。

その間に何が起きたのか。

中国政府の元高官(長老)を取材した。

中国元高官が明かした意外な内幕
遠藤はなぜ中国政府の元高官となど直接連絡を取れるのかと疑問に思われる方もおられるかもしれない。また中国政府側の者と話ができるなんて、遠藤は中国政府のスパイにちがいない、などという心ない誹謗中傷を受けることもある。そこで一言ご説明しておきたいと思う。

私は1941年に中国の吉林省長春市で生まれた。生まれた時の市の名称は「満州国新京特別市」だ。1945年8月15日に日本が敗戦すると、中国(当時は中華民国)では国民党と共産党との間で「国共内戦」(解放戦争、革命戦争)が起き、長春市はやがて共産党軍による食料封鎖にあった。このとき数十万の餓死者を生んだが、私の家族からも餓死者が出て、私は餓死体の上で野宿しながら長春を脱出した経験を持つ(詳細は拙著『チャーズ 中国建国の残火』朝日新聞出版刊)。

実はこの元政府高官の遠い親戚も長春の食料封鎖に遭っているため、私が書き残しているドキュメンタリーが、真実であることを彼は知っているのだ。中国(現在の中華人民共和国)が一党支配体制を維持するために、自らの汚点である「チャーズ」の事実を公表するのを許さないことも、彼は認識している。だから私が数少ない生存者としてこの事実を訴え続け、中国共産党の言論弾圧を非難している姿勢にも一定の理解を示している。

理解と言っても、それは「黙認」という形でしかない。私と元政府高官の間柄は、日常の交流において、決してその歴史的事実や政治姿勢に触れることなく、ただ、現在起きている事象に関して、ありのままの内部事情を、許せる範囲内で教えてくれる、という関係に過ぎない。

その彼は私の質問に対して、すかさず答えた。

── 習近平はトランプに、「ファーウェイに対する禁輸を解除しないとG20大阪サミットにおける米中首脳会談には応じない」という前提条件を付けていました。交渉では、先に言った者が敗けますからね。その時点で、勝負はついていたのですよ。もう1つ、米議会公聴会に注目するといいでしょう。

6月18日の電話会談で「米中首脳会談に応じる」とは言っているが、「ファーウェイ禁輸制裁解除」という「前提条件」を突き付けたのだという。

米関連企業の多くは対中制裁に反対
一方、6月17日から25日にかけて、「第4弾対中関税制裁」と「ファーウェイに対する禁輸制裁」に関する公聴会が米議会で開かれた。320社ほどの米関連企業が意見を発表しているが、そのほとんどは対中制裁に反対していた。

特にファーウェイに対する禁輸に関しては、公聴会で意見を表明する前から、アメリカのいくつかの関連企業が、実際にファーウェイに対する禁輸を破っている。というのもファーウェイに対する禁輸措置は、米企業の製品や技術が25%以上含まれている場合は、どの国における製品でもファーウェイに出荷することができない。だが逆に言えば、その部品や技術が「米企業産の25%以下なら」、アメリカ以外の他の国に生産拠点を置いているアメリカ企業はファーウェイに輸出しても国内法を順守していることになる。

こういった法律の抜け穴を模索することに余念がない米企業には、半導体大手のマイクロン・テクノロジー、クァルコム、インテル、オン・セミコンダクターなど、枚挙にいとまがない。公聴会が進んでいる間にも、実際にファーウェイに対して一部出荷を再開し始めた企業が続出していた。

ファーウェイと取引をしている米企業はとてつもなく多い。そのサプライチェーンを切断されることは、米企業のビジネス生命にとって致命的であるというのが公聴会における主たる訴えだった。だからファーウェイに対する禁輸制裁を取り下げろと、圧倒的多数(中国メディアによれば98%)の米企業が主張したのである。

大統領選のために強気に出ていたトランプが、選挙に不利な結果をもたらす選択をすることはできない。公聴会における態勢不利をトランプが実感したタイミングを狙って、習近平は最後のダメ押しをしたのだという。

ということは、6月26日辺りにファーウェイへの禁輸解除の約束を最終的に取り付けたことになろうか。それを裏付ける類似の情報が、例えば6月27日のウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)に載っている。題して、「ファーウェイ禁輸解除は貿易交渉の一部と中国が主張」。中国側は絶対にこのようなことは公表せず、秘密裏に動くので、私同様のインサイダー情報を、ホワイトハウスあるいはトランプ周辺から得る特別のルートを、WSJの誰かが持っているのかもしれない。

しかし、アメリカ国内ではG20大阪サミットにおけるトランプ発言に対する猛烈な反対が起き、政権与党でさえ早速意見表明をした。例えば6月30日、クドロー国家経済会議委員長はFOXニュースのインタビューで「ファーウェイはエンティティ・リストに残り、厳しい輸出管理が適用される」と断言している。

国家防衛法における制約や、エンティティ・リストに載っている政府見解を、トランプの一存で覆すわけにはいかないのは当然だろう。7月半ばに入ると、トランプは突然、前言を翻すようなことを言い始めた。従って大阪サミットにおけるトランプの言動は大統領選を意識した個人的な側面があったことを露呈しているが、その裏側には、複雑に絡み合った、動きが取れないような中国との関係、あるいはトランプ個人と米政府との思惑の乖離、そして米国防総省の5Gに関する決定的な報告書などが作用している。