「コンビニの書店強化」が大コケすると思う、これだけの理由

11月24日、産経新聞に『コンビニが「読者」を呼び込む 書店が減少する中、読書ニーズを掘り起こせるか』という記事があった。

コンビニが客と本を結びつける場として注目を集め始めているという内容で、大手3社の取り組みを紹介している。セブン-イレブンはお得意のPBということでオリジナル新書を販売、ローソンは書籍棚を充実、そしてファミマは書店との一体型店舗が取り上げられていた。

ご存じのように、最近のコンビニは書店機能が強化されている。かつては雑誌棚の3分の1くらいまで侵食していた成人誌コーナーも隅のほうへと追いやられ、新書やムックが面陳されているのはもはや常識として、店によっては、ちまたで話題のベストセラーが平積みされるなんてことも珍しくない。

という状況の中で、先ほどのようなニュースを耳にすると、「うちの近くの書店が潰れちゃったから、そういうコンビニが増えるのはありがたいかも」とか「コンビニが書店のようになれば、若者の“本離れ”も食い止められるのでは」と好意的に受け取る方も多いことだろう。

が、筆者はそれらとまったく逆の見方である。

短期的には「売れた」「便利だ」となるかもしれないが、中長期的には大コケするのではないかと思っている。コンビニの雑誌と同じ道をたどって売り上げが伸び悩み、陳列や返品作業などでバイト店員の負担を増すだけという結果になってしまうのだ。

いや、もっと言ってしまうと、もしコンビニが本格的に「客と本を結びつける場」になってしまったら、いよいよ日本の出版文化はおしまいである。電子書籍だ、Amazonだと苦境に立たされる書店にトドメを刺すようになことになるからだ。

いったいどういうことか。理由は以下の3つである。

(1)構造的な不況にある業態同士が組んでも良い結果にはならない

(2)コンビニ本部主導の本づくりが進行して出版文化の多様性が失われる

(3)「書店が生き残るための強み」を殺すことになる

「根っこの部分で問題アリ」の両者
(1)の「構造的な不況にある業態同士が組んでも良い結果にはならない」に関しては、詳しい説明の必要はないだろう。24時間営業問題、粗利益や売上高で変動する高額なロイヤリティ、バイトの過重労働、ドミナント戦略によるカニバリなど、1970年代から継続するコンビニというビジネスモデルにあちこちで限界がきているのは周知の事実だ。

出版も同じ構造である。本が売れないのは「ネットに客を奪われた」という単純な話ではなく、よく言われる再販制度や、流通を全国配送網を握る取次に依存しているがゆえ、出版社が自動車操業的に本を「乱造」し続けなくてはいけない……など昭和のビジネスモデルにあちこちガタがきていることが大きい。

そんな「根っこの部分で問題アリ」の両者が手を組んで、「書店が減少する中で、読者ニーズを掘り起こす」なんてチャレンジングなことができるだろうか。

できるわけがない。

政治家と高級官僚がガッチリと手を組んで、「新しい日本にします」と叫んでやることがことごとく悲惨な結末になっているように、古い既得権益にしがみついていたり、構造的な問題を抱えていたりする者同士が手を組んで新しいことを始めても、焼け石に水なのだ。

書籍全体の多様性が失われていく恐れ
もちろん、当初は売上的には良い数字が出ることもあるかもしれない。先の産経新聞にも、書籍専用の棚を導入したローソンのコンビニについて、「書籍の売り上げが未導入店に比べて倍以上に伸びるとあって、現在は設置店舗が約4500店まで増加した」とある。

が、売れるからといって書籍専用の棚のあるコンビニを増やしていけば、いずれは1店舗ごとの売り上げは落ちていく。出版科学研究所によれば、2018年の紙の出版販売額は約1兆2900億円で14年連続で前年実績を下回り、ピークだった1996年(2兆6563億円)の半分以下にまで縮小している。このすさまじい勢いでシュリンクする市場の中で、根本的な問題を解決することなく「売り場」だけで増やせば、どういう結末になるのかは火を見るよりも明らかだ。

このようなビジネス的な問題もさることながら、筆者がコンビニで読者ニーズを掘り起こそうという試みに反対をするのは、(2)の「コンビニ主導で売れる本づくりが進行して多様性が失われる」ということが大きい。

皆さんも近所のコンビニの棚を見ていただければすぐに分かるが、コンビニというのは基本的に「売れるもの」しか置かない。

粗利や売上に変動するロイヤリティがゆえ、売れる商品を置かないとFC本部がもうからないシステムだからだ。だから、FC本部が徹底的にマーケティングをして、消費者のニーズをつかんで魅力的な商品を開発し、それを日本全国すべてのFC店に変わらぬ品質で流通させる。

そんなコンビニで書店の機能が強化されれば当然、コンビニ本部のマーケティングに基づく書籍が大量に流通する。全国の書店の販売データに基づいてはじき出された「売れる本」がセレクトされるのは当然として、ヒットのおにぎりやお弁当を開発するのと同じようなノリで、ベストセラー著者を起用して、似たようなタイトル、似たような企画の本が量産されていく。実際、既にこの10月からセブンがグループ限定のオリジナル新書を発売している。

「それの何が悪いの?」と思うかもしれないが、このようにコンビニ主導の本がどんどん売れるようになると、構造的な不況であえぐ出版社がワッとこのスキームに飛びついてしまう。それはつまり、専門書や研究書などの「売れないけど存在意義のある本」が今以上に敬遠されていくことでもある。コンビニ主導の「売れる本」がもてはやされることで、「売れない本」が軽視され、結果として出版文化の多様性が失われていく恐れがあるのだ。

「そんな大げさな」と笑うかもしれないが、実は同じことが既に「雑誌」で起きている。

コンビニが「間接的に雑誌を開発」
近くにあるコンビニを4~5店まわって雑誌の棚を見ていただきたい。セブンでもローソンでも同じような品ぞろえではないだろうか。「え? こんなマニアックな雑誌をコンビニに置くの?」なんてことはほとんどない。ここに置かれるのは、コンビニ本部が「売れる」と判断したものだけ。中には、コンビニのバイヤーが表紙や編集方針にあれこれ指示をして生み出されるPB的な「限定雑誌」もあるのだ。

書店が減っているので、コンビニに置かれない雑誌の売り上げは厳しい。中には休刊に追い込まれる雑誌も出てくる。つまり、世の中に残って、それなりに売れる雑誌はコンビニが「間接的に開発した雑誌」なのだ。

コンビニの書店機能が強化されることは、この構造がそのまま書籍にも適応されてるということだ。書店が消えていく代わりに、コンビニがその機能を担うのは一見すると、出版文化を守っているような錯覚に陥る。しかし、本質に目を向けてみれば、コンビニ本部のマーケティングと商品開発的に認められた本だけが生き残っていくことであり、それは多種多様な価値観や視点を提供する出版文化の「死」を意味していることでもあるのだ。

というようなことを言うと、「そんなこと言っても、本が売れないんだからしょうがないだろ! コンビニももうけて、読者も手軽に買える、何が悪い!」とキレる出版・書店関係者も多いかもしれないが、そのように安易に「とにかく売れる棚を抑えてじゃんじゃんさばいちまえ」という方針を進めてきた結果が、今の書店の苦境を招いた可能性もあるのだ。

その辺りがコンビニの書店機能に反対する3番目の理由である『「書店が生き残るための強み」を殺すことになる』だ。

知的好奇心を刺激する心地よい空間
出版不況というのは、デジタル化の流れの中で、多かれ少なかれどどこの国でも起きている。「Amazonのせいだ」とか「ネットが悪い」という恨み言もほぼ万国共通だ。

それと同じく、「生き残る書店」も世界的にはほぼ同じ傾向がある。それは、ただ本を売る場所ではなく、「本と出会う空間を提供している」ことだ。例えば、英国では書籍の国内市場の40%をAmazonが占める中で、25%維持をする書店チェーン大手「ウォーターストーンズ」もその一つだ。

日本同様にバタバタと書店が潰れる中で、なぜこのチェーンが生き残っているのかというと、セブンも真っ青のマーケティング、商品開発力で、読者のハートをガッチリ……なんてことでは全くなく、「雰囲気のいい本屋」をつくったことだ。

経営者ジェームズ・ドーントに取材をしたニューヨークタイムズの記事を翻訳したクーリエジャポンを引用させていただこう。

『一方ドーントは、「最も重要なのは書店に来る喜びを顧客に提供することで、本を売るのはその次」という販売スタイルで持ちこたえてきた。ドーントによれば、雰囲気がよくて何度も来たくなる書店が与えてくれるのは、本を買う楽しみだけではない。買った本そのものが、すばらしい経験を与えてくれるのだ。それは、オンラインでの書籍購入では決して味わえない喜びだとドーントは言う』(2019年9月19日)

喜びを提供することが目的で売るのはその次――。もしセブンのバイヤー会議でこんなことを口走ったら、間違いなく出入り禁止になるような問題発言だが、実はこの書店経営のカリスマの主張を裏付けるデータもあるのだ。

18年9月25日にリリースされた、株式会社マクロミルの本や書店に関する利用の意識調査によれば、こんな結果が出ている。

『書店に足を運ぶ理由を尋ねると、上位5位は「紙の書籍を買うため」(58%)、「情報収集のため」(45%)、「時間つぶし」(39%)、「試し読みをするため」(33%)、「書店の雰囲気が好きだから」(27%)でした。特に若い世代では、時間つぶしや雰囲気を楽しむなど“購買や検討に直接的には結びつかないこと”が高い傾向にあります』

書店というのは、本を売る場である前に、実は顧客に対して、情報収集、時間つぶし、雰囲気を楽しむ、という「知的好奇心を刺激する心地よい空間」なのだ。もっと言ってしまうと、本や雑誌を扱う小売業だというのも大きな誤解で、温泉宿などのホスピタリティビジネスのほうが近いかもしれない。

重責から「解放」してあげる時期
では、翻って日本の書店はどうか。カリスマ書店員の楽しげなPOPやディスプレイに気を使う書店も最近は増えてきたが、ほとんどの書店は、図書館とそんなに変わらないカテゴリーごとに分類された棚がズラリと並び、その前には取次からじゃんじゃん配送される新刊が平積みされていく、というのが定番のレイアウトだ。消費者のもとに次から次へとモノを届けるという流通の思想が前面に出るあまり、「個性」がないのだ。

もちろん、こういう書店でも本に囲まれていれば幸せという「本好き」からは支持されるだろう。しかし、そうではない人間からすれば、欲しい本、必要な情報を探すだけの場所で、スーパーの野菜売り場となんら変わらない。

実はこれこそが、日本の書店から客が離れている理由の一つだ。

書店が取次の配送を受けて「本を並べる空間」にしかなっていないので、「本好き」ではない人が時間つぶしに訪れて、フラフラするうちにこれまで読んだこともないような本と運命的に出会うなんて「体験」もないのだ。

つまり、日本の書店が生き残るには、「本を並べる空間」から、「知的好奇心を刺激する心地よい空間」へと変わっていかなくてはいけないのである。

そんな中で、ゴリゴリのマーケティングを駆使するコンビニによる、本と読者の結びつけが強化されたら、「知的好奇心を刺激する心地よい空間」なんてヌルい話はどこかにスコーンと飛んでいってしまうのは間違いない。

つまり、コンビニで本がじゃんじゃん売れるのは表面的には「読者ニーズを掘り起こした!」という感じに見えるが、実のところは「知的好奇心を刺激する心地よい空間」という書店が生き残っていく道をつぶすことになってしまうのだ。

日本の雑誌ビジネス、ひいては出版ビジネスは、コンビニのおかげで成長をしたと言ってもいい。それと同じく我々はコンビニにあらゆるものをのっけてきた。ATM、公共料金、宅急便、トイレ、チケット、宅配便の受け取り、高齢者の見守り、緊急時の避難場所……そして今度は読者ニーズを掘り起こせ、なんて無理難題をふっかけられている。

口で言うのはラクだが、やらされる現場からすればたまったものではない。ただでさえ、サービスや商品の拡大で、仕事量が増えているところに、本屋までやらなくてはいけない。全業種の中でも際立って低い賃金であるにもかかわらずだ。

こんな無茶な話はない。ブラック企業でボロボロになっている社員に、副業をしろと命じるくらい無茶である。

我々はコンビニに過度な期待をかけすぎだ。いい加減そろそろ、さまざまな重責からコンビニを「解放」してあげるべきではないのか。

(窪田順生)