「少しの酒は体にいい」を疑う新常識 安くてすぐ酔える“高アルコール”人気の陰で

「酒が人間をダメにするんじゃない。人間はもともとダメだということを教えてくれるものだ」

落語家の立川談志が残したとされる言葉だ。つまり、酒を飲もうが飲むまいが「人間はダメ」なのだが、酒を飲めばそのダメさが出てきてしまうということだ。

現代でも、酒は私たちが思っている以上にダメさを引き出し、日常生活やビジネスでネガティブな効果をもたらしている。

間もなく師走に入り、忘年会シーズンがスタートするビジネスパーソンも多いだろう。居酒屋などで忘年会というパターンもあるし、自宅でパーティーを行う場合もあるはずだ。さらに、正月を挟む休日シーズンになると、家飲みなどの機会も増えるのではないだろうか。

今、アルコール市場の売れ筋も変わりつつある。ビールの人気が落ちているのだ。2019年1月にビール大手5社が発表したビール類出荷量は、14年連続マイナスとなっている。その一方で人気なのが、値段は抑えめでもアルコール度数の高い缶酎ハイやカクテル、ワインなどだ。10月から消費税が10%になったこともあり、この傾向はさらに強まるとも言われている。手っ取り早く酔っぱらいたい人が増えているということだ。

とにかくこれから酔っぱらいが増えることになりそうだが、談志師匠が言っているように、酒を飲んだら「人間はダメになる」パターンも少なくないだろう。ただそんなことを言うと、「適量なら酒は体にいいらしい」などと反論する向きもあるかもしれない。

ところが最近では、「酒は体にいい」といったこれまでのアルコールに関する定説のようなものの中に、実は正しくないものがあるとの指摘がある。そこで今回は、アルコールが人体や社会生活に及ぼす本当の「影響」を取り上げてみたい。ビジネスパーソンが忘年会シーズンを有意義に過ごすヒントになるはずで、ビジネスの世界で生きていく上で飲酒についてあらためて冷静に考える機会にしてほしい。

お酒の飲みすぎ、社会的損失は4兆円
今回取材に応じてくれた専門家は、法医学者の奥田貴久氏だ。これまで日本や米国でアルコールに絡んで死亡した遺体を数多く調査し、現在、日本医科大学に所属しながらアルコールが人体に及ぼす影響を研究している。奥田氏は米国メリーランド州検視局で法医病理学研究員を経て、ヨーロッパアルコール医学生物学会(ESBRA)や国際アルコール医学生物学会(ISBRA)を含む多くの国際会議にも参加している。

奥田氏によれば、「2012年の厚生労働省による調査では、お酒の飲みすぎによる社会的損失は4兆1483億円にも達すると言われています」という。もはや、多くの日本人が喫煙していた1995年に5兆6000億円と言われたタバコによる社会的損失額に近い。タバコは今では社会から締め出されつつあるが、アルコールも悪影響を考えれば、同じ道をたどるかもしれない。

酒を飲めば、気分がハイになったり、陽気な気分になったり、気が大きくなったりする。リラックスできると感じる人もいるだろう。ただ飲酒運転などのように、アルコールがもたらす社会的悪影響の認識が広がっている一方で、身体に及ぼすマイナス効果についてはあまり話題にならない。

実は、アルコールが人間に与えるダメージは私たちが想像している以上に深刻である。飲みすぎが人の死に直結する場合もあるし、飲酒が人生崩壊につながるパターンも少なくない。

アルコールは、肝硬変、脳卒中、がんなどの60以上の病気の原因になっている。世界保健機関(WHO)のデータでは、世界で毎年330万人がアルコールに関連する疾病で死亡している。また飲酒が原因で、病気やけがに見舞われる人は数百万人規模だという。また奥田氏によれば、浴槽での溺死、転倒による頭蓋骨内損傷、凍死などを招くこともあり、「早死にする人の13~15%はアルコールに起因する」と指摘する。

また法医学では、全て外傷死の30%ほどにアルコールが絡んでいるという。

「酒は百薬の長」は正しくない?
言うまでもなく、ビジネスパーソンの仕事にも影響を及ぼす。二日酔いで生産性が落ちるだけでなく、仕事やプライベートで人間関係の破綻やリストラ、家庭崩壊、過失・不慮の死なども招く可能性もある。酒を飲んでけんかをしたり、器物を破損したりといった話は今もよく武勇伝のように耳にするが、下手したらクビになる可能性もある。

日本では「酒は百薬の長」という言葉が定説のように語られている。だがそれも必ずしも正しくはないと、奥田氏は言う。「虚血性心疾患や骨粗しょう症は少量のアルコールで発症が抑えられるとも言われていますが、全く飲まない人に少量を勧めるほどの効果は認められない。それならば、飲まないに越したことはない」

米疾病対策センター(CDC)は、飲酒が「リスクある性的行為」「望まない妊娠」「HIVを含む性病」の原因になると指摘している。あまり他の薬物などでは聞かないが、日本なら酒に酔っぱらって電車で痴漢をしたというケースはたまに聞く。

また女性の体にも負担を与える。妊娠初期の大量飲酒が流産を引き起こす可能性や、胎児の中枢神経系が発育している時期の大量飲酒が胎児の脳に発育障害を引き起こす可能性も指摘されている。

では、一体どれほどが適量だと言えるのか。厚生労働省の「21世紀における国民健康づくり運動」によれば、ワインなら2杯、日本酒なら1合180ミリリットル、ビールは500ミリリットル、ウイスキーならダブルで60ミリリットル、25度の焼酎なら90ミリリットルが適量ということらしい。それ以上となると、多量摂取となる可能性がある。

奥田氏はアルコールを摂取する際に注意すべき点をいくつか挙げてくれた。

「短時間でパーッと」は要注意
まずは「ビンジ・ドリンキング(Binge Drinking)」だ。ビンジ・ドリンキングとは短時間でパーッと飲んで盛り上がる飲み方を指す。アルコールは、長時間で飲むよりも短時間で飲むほうが危険であるという。「短時間に大量のお酒を飲むと、急激に血中アルコール濃度が高くなって脳や肝臓、すい臓などに障害をもたらします。多くの男性の飲み方がこれに当てはまると思われます。ビンジ・ドリンキングという言葉は、気を付けるべき飲み方として、知ってもらったほうがいいですね」(奥田氏)

社会問題になっている一気飲みも、予期せぬ死につながることがあるので要注意だ。

奥田氏によれば、もう一つ特筆すべきは、女性の飲酒は注意が必要だということ。「あまり知られていませんが、日本は世界で唯一、20代女性の飲酒量が増えている国なのです。世界では減少方向にあるのですが」と、奥田氏は指摘。特に20~24歳では、女性は男性よりもアルコール摂取量が多いという。

さらに、「女性の方が男性よりも、アルコールへの感受性は高いし、男性よりアルコールを代謝するのに時間がかかる」と言う。女性の体には脂肪が多く、水分量が少ないために、アルコール摂取時に女性のほうが血中濃度が高くなるのだ。

アルコール健康医学協会のデータによれば、アルコールを大量摂取している男女を比べると、アルコール依存症を発症する年齢は、平均して男性が50代なのに対して、女性は30代である。女性の方が依存症になるスピードが早いらしい。また大量摂取を続けて肝硬変に移行するまでの期間は男性が平均20年だが、女性は12年だ。

加えて、女性にとって、長期にわたる過剰飲酒は、乳がんや月経不順などの原因になることが分かっている。ちなみに男性は、勃起不全や睾丸萎縮をもたらすことがある。

最近、麻薬などで検挙される有名人が後を絶たないが、アルコールだって人を「前後不覚」させる、日常に密接に関わる薬毒物の一つである。そんな認識を持っておくことも、ビジネスパーソンには求められるかもしれない。

師走を迎えて、ぜひともアルコールとは上手に付き合いたいものだ。人生やビジネスを棒に振らないように。

(山田敏弘)