1954年に米国が太平洋・ビキニ環礁で実施した水爆実験を巡り、周辺で操業していた高知県の漁船の元船員や遺族らが計約4200万円の国家賠償を求めた訴訟の控訴審判決が12日、高松高裁で言い渡される。高齢の元船員でただ一人出廷を続けてきた原告団代表の増本和馬さんが5日、83歳で亡くなった。「我々は国に捨てられたままだ」と訴えた増本さん。妻の美保さん(78)は遺影と一緒に判決を聞く。
ビキニ水爆実験を巡っては55年、政府が法的責任を問わずに「見舞金」として200万ドル(当時で7億2000万円)を受け取ることで米国と合意。静岡県のマグロ漁船「第五福竜丸」の船員に慰謝料が支払われたが、他の船の被ばくは国が当時の検査記録の存在を2014年に認めて開示するまで詳細は明らかにされなかった。
高知の元船員や遺族らは16年5月、国が被ばくの実態を隠し続けたため、必要な治療を受けられず、損害賠償を請求する機会も失ったとして提訴した。昨年7月の高知地裁判決は①国が資料を意図的に隠匿していたとは言えない②継続的な不法行為はなく、賠償請求権が消滅する20年の除斥期間が経過した――と判断し請求を棄却。原告45人のうち一部が高齢などを理由に抜け、29人で控訴した。
支援団体・太平洋核被災支援センター(高知県宿毛市)の山下正寿事務局長(74)によると、元船員の多くは80代半ば。提訴後に少なくとも6人が亡くなり「一刻も早く救済しないと」と危機感を強める。
マグロ漁船「ひめ丸」に乗っていた増本さんはビキニから戻って入港した東京・築地で放射線測定を受けたが、「何の検査かも、結果も教えてもらえなかった」という。「国民として扱われていない。私たちをどこまで苦しめるのか」。8月にステージ4の胆管がんと診断されたが、9月にも出廷し、闘う姿勢を貫いた。美保さんは「夫は『自分が行けなかったら代わりに法廷に行ってほしい』と言い残した。結果を見届けたい」と話す。【松原由佳】