自然災害の記録や教訓を刻んだ石碑やモニュメントの場所を示す「自然災害伝承碑」の地図記号を今年制定した国土地理院は、4月から全国の市区町村に申請を呼びかけている。市民らによって長く守られてきた碑が地図上に追加されていく一方、自治体の防災担当者が国土地理院の取り組みや碑の存在を把握していないために申請されない課題も浮かんでいる。
災害関連死を含め、広島や岡山などで270人以上が犠牲となった昨年7月の西日本豪雨では、過去の惨事を伝える災害碑がありながら、教訓が地元住民に十分に受け継がれていない地域があった。こうした問題を受け、国土地理院は、自然災害伝承碑として石碑を模した記号を制定。情報提供を全国の全市区町村に文書で呼びかけ、4月から申請を受け付け始めた。
情報が登録されると、碑名▽災害名▽災害種別▽建立年▽所在地▽100字以内に要約した伝承内容――がウェブ上に表示される。「避難情報を発信する地方自治体に、管内の過去の災害史を頭に入れておいてほしい」(国土地理院)との理由から、申請主体は市区町村に限られている。
12月5日時点で、44都道府県の127市区町村から申請された392基を登録。昭和三陸地震(1933年)や東日本大震災(2011年)で被災した岩手県陸前高田市と宮城県石巻市はいずれも17基、伊勢湾台風(1959年)で多くの犠牲者が出た三重県桑名市は11基が登録されるなど、複数の石碑を申請する自治体も多い。
一方で大阪府では現在、3基が認定されたのみ。大阪市天王寺区の四天王寺には無縁墓に混じり、1854年に発生した安政南海地震の被害を伝える石碑がある。郷土史家の長尾武さん(71)が古文書の記述を頼りに2010年に探し当てたが、他の墓石に埋もれ、碑文が十分に読めない。
長尾さんの指摘で、大阪市教委が説明板を立てたが、地図記号の申請はされていない。大阪市教委は「碑文が見づらく、伝承碑として申請に適切か分からなかった」と説明。国土地理院によると、碑文に災害の概要が刻まれていなかったり、読めなかったりする場合でも、説明板や文献で補われた情報を寄せれば申請を受け付けるという。
また同市此花区の正蓮寺には、岐阜・愛知を襲い、7000人以上の死者を出した濃尾地震(1891年)の犠牲者をまつった慰霊碑がある。寺近くの紡績工場で作業員20人以上が崩れた建物の下敷きとなって死亡したとされるが、濃尾地震の犠牲者が府内にいたことを知る人は少ない。この石碑も他の無縁墓によって碑文の一部が隠れている。
府内には他にも、室戸台風(1934年)に関する風害慰霊塔が大阪市北区の鶴満寺に建っている他、明治18年淀川洪水(1885年)を伝える碑が大阪市都島区の桜宮神社や枚方、東大阪両市の川沿いにある。
こうした碑が申請されていない理由について大阪、枚方両市はいずれも「担当者が誰なのかも確認できていない」と説明。枚方市危機管理室の職員は「自然災害伝承碑の地図記号ができたこと自体、把握していなかった」と話し、大阪市教委も「室戸台風や淀川洪水に関する碑が大阪市にあるとは知らなかった。今後、申請を検討したい」と説明している。東大阪市の担当者も「管内に該当する石碑はないと思っていた。条件を満たしているなら申請したい」と答えた。
四国や東北地方の自然災害伝承碑の現地調査を続けてきた香川大の松尾裕治客員教授は「災害への啓発活動に、自治体によって温度差が生じている。地図記号化の動きを機に、市区町村の防災担当者は、郷土史家などの知恵も借りて把握していなかった碑の新たな発掘も行い、地域住民に次の災害への心構えを持ってもらうべきだ」と警鐘を鳴らす。
【石川将来】
「文字が読みやすいよう 毎年 碑文に墨を」地元に守られた碑も
一方、大阪市内には地元で大切に守られ、登録を済ませた石碑がある。
JR大正駅の東を流れる木津川に架かる大正橋の東詰めに、安政東海地震の翌日に起きた安政南海地震の津波被害を伝える石碑「大地震両川口津浪記」が建っている。「わずかの時間に夥(おびただ)しい水死者、けが人がでた」。地震発生から津波が街を襲うまでの様子が高さ2メートルほどの石碑いっぱいに彫られている。1707年の宝永地震の教訓が生かせなかった後悔も記されている。
道路の拡張工事などが進む中で、石碑が守られ続けてきた理由の一つが、碑文の最後に刻まれた一文だ。
津波が平常の高潮と違うことを、今回被災した人々は知っているが、後の心得、溺死した人々の供養のため、ありのまま拙文にて記します。心ある人は、文字が読みやすいよう、毎年、碑文に墨を入れてください。(現代語訳)
建立者の思いをくみ、地元住民らは毎年8月に石碑を洗い、刻まれた文字に墨入れしている。長尾さんは「『二度と犠牲者を出すまい』という精神が長期に渡り受け継がれてきた、希有(けう)な碑。次の災害を警告し、『あなたは命を守るために今、何をしているか』と問うている」と評価する。
近くに住む安岡広さん(83)は「地元を見守るお地蔵さんのような感覚で親しんできたが、(2004年の)スマトラ沖地震の大津波の映像を見て、災害碑としての重みを実感した。『地震が起きたら津波が来るぞ』という言い伝えをしっかりと次の世代に引き継ぎたい」と話す。
大阪府内ではこの他に、同じ安政南海地震を伝える堺市の石碑と、1917年に高槻市の淀川堤防が決壊した水害の石碑が登録されている。【石川将来】
自然災害伝承碑の登録が多い自治体(2019年12月5日現在、国土地理院まとめ)
1 広島市(広島土砂災害など)=20基
2 岩手県陸前高田市(明治三陸地震など)、宮城県石巻市(東日本大震災など)=17基
3 和歌山県田辺市(宝永地震など)=16基
4 三重県桑名市(伊勢湾台風)、長崎県島原市(雲仙普賢岳噴火など)=11基
5 名古屋市(伊勢湾台風)、鹿児島市(桜島大正噴火など)=10基