浦島太郎は“実在”した 95歳で3代目

昔話「浦島太郎」ゆかりの地名が残る香川県三豊(みとよ)市詫間町には昭和、平成、令和と3つの時代にわたり活躍する「浦島太郎」がいる。3代目・浦島太郎の山田要さん(95)。浦島太郎に指名されてから髪とひげを伸ばしており、玉手箱を開けた後の浦島太郎を思わせる風貌は大人気だ。
昭和58年から「浦島太郎」
11月下旬、三豊市観光交流局の事務所がJR詫間駅近くに移転したのを記念する式典が開かれた。羽織はかま姿の山田さんは乙姫役の女性と出席し、山下昭史市長らとテープカットに臨み、移転を祝った。
近くの保育所に通う子供たちが「浦島太郎」の歌を披露する姿に目を細める山田さん。その後、子供たちと記念写真に納まった。
後日、山田さんを訪ねると、スーツ姿で迎えてくれた。背筋はぴんと伸び、白髪は丁寧に束ねられている。ループタイの飾りの鼈甲(べっこう)のカメが、ひときわ存在感を放っていた。
浦島太郎を引き継いで3代目となったのは昭和58年、旧詫間町(現・三豊市)の病院で看護師をしていた58歳のとき。当時の町長に頼まれたのがきっかけだ。山田さんは「祭りで浦島太郎の仮装をしたのが目にとまったようだ」と振り返る。
「生里」「箱」「紫雲出山」
瀬戸内海に突き出た旧詫間町の荘内半島には、浦島太郎が生まれたとされる「生里(なまり)」、玉手箱を開けた「箱」、玉手箱から立ち上った煙が紫色の雲になってたなびいた「紫雲出山(しうでやま)」といった浦島太郎にまつわる地名がある。このため町は浦島伝説に着目し、人を呼び込もうと観光振興に力を入れた。
旧詫間町内を歩けば、浦島太郎にまつわる物があちこちにある。竜宮城を模した公衆トイレや街灯、バス停。橋の欄干には、浦島太郎の像が飾られ、マンホールのふたは、カメの背に乗る浦島太郎のデザインだ。JR詫間駅前には、砂浜で子供たちにいじめられていたカメを浦島太郎が助ける場面を再現した像も設置されている。
衣装は自前、浦島太郎になりきる努力
そんな町で浦島太郎に就任した山田さん。「当初は七三分けの髪形だったので、浦島太郎になりきるためにかつらを手作りした」と思い返す。妻が衣装の羽織などを用意してくれ、山田さんも釣りざおや玉手箱、腰みのを自作した。髪とひげが伸びるまでには、3年ほどかかったという。
浦島太郎になって以降は、カメラを持って町内にある浦島伝説ゆかりの地を訪れ、知識を深めた。「保育所や幼稚園で話をする機会が多かったので、何を聞かれても答えられるようにするため」と説明する。
旧詫間町は平成18年、周辺の6町と合併して三豊市となった。その影響で山田さんの出番は減ったものの、年に数回はイベントに参加。今年も祭りやスポーツ大会に花を添え、交通安全キャンペーンでは、啓発グッズを手渡した。
浦島太郎の秘訣は健康管理
「髪がなくなったら引退するつもりだった」と話す山田さんだが、活動を始めて36年。新聞やテレビにも取り上げられ、これまでに登場した記事をとじたスクラップの厚みは数センチになった。
浦島太郎のイメージを守るため、健康管理には注意している。「耳は遠くなったけれど、体力はある」。手足をもんだり動かしたりすることが健康の秘訣(ひけつ)といい、「血行がよくなるんだ」と笑顔を見せる。
イベントで出会った参加者に、記念として手製の飾りなどを配っている山田さん。筆者にも貝と木で作った置物をプレゼントしてくれた。
貝殻の外側には「寿」の文字が書かれ、内側には釣りざおを手にしたカラフルな浦島太郎のイラストが。木の台座の裏には、力強い文字で「令和元年 浦島太郎」と記されていた。