「働き方改革をやってよかった、と考える企業は少ない」――。3月14日、リクルートマネジメントソリューションズの組織行動研究所研究員、藤澤理恵氏が発したこのコメントに共感した人は、少なくないのではないだろうか。
安倍政権下で「働き方改革」が国策となり、法改正も含む見直しが進んだ結果、企業は働き方改革の推進を余儀なくされている。しかし、企業によっては「残業抑制」「女性活躍」「リモートワーク」といった部分的な施策が一人歩きしているケースも少なくない。そんな“名ばかり働き方改革”の様相を呈した社内の状況に、むしろ現場からは「働きづらくなった」という声が上がることもある。
働き方改革は本来、ITの急速な進化に伴う「ビジネスモデルの変化」に対応するための取り組みであり、「これまでの常識を疑い、企業としてのビジョンを問い直し、組織の在り方を見直す」という「痛みを伴う施策」なしには成立しない。
そこには経営者の「強烈な危機感と強い覚悟」が必要であり、変革を成し遂げるには数年単位の時間がかかることを経営サイドが覚悟しなければならない。多くの企業で働き方改革が進まないのは、トップが覚悟を持てないことや、改革に時間がかかることが理解されないことに尽きるだろう。
そんな苦難の道に挑戦し、長い年月を費やして新しい働き方にシフトしたのが、静岡県浜松市でリージョナルHR事業を営むNOKIOO(ノキオ)だ。同社の代表取締役を務める小川健三氏は、Uターンして起業したNOKIOOを、創業から2~3年目に“自分でも気付かぬうち”に「働きがいのない会社」にしてしまった経験を持つ。
本記事では、長期にわたる試行錯誤の末に、働き方改革を成し遂げた小川氏に、働き方改革の専門家として知られる沢渡あまね氏がインタビューを敢行。働き方改革を進める上での苦労や葛藤、その過程で生まれた共創の取り組み、改革の成果について聞いた。前編では、NOKIOOの働き方改革が失敗した原因に迫る。
大企業のレガシーな働き方に疑問、Uターンして起業へ
沢渡: 小川さんは、どんなきっかけで「働き方」について考えるようになったのですか。
小川: 最初に働き方について考えたのは、就職した大手SIerの働き方に違和感を覚えたことがきっかけでした。同期が700人もいるような昔ながらの大手IT企業で、当時はお堅いクライアントさんの案件を担当していました。ヒエラルキー型の組織構造で、扱っているシステムもレガシーでしたね。
この会社で働いているときに、もやもやする気持ちを抱えていたんです。5~10年スパンで重厚長大なシステムを作る仕事だったのですが、その仕事を長年、手掛けているうちに、皆が事業部の中のルールや文化の中に染まり始めて、だんだん内向きになっていくんです。
「その中で正しく振る舞うこと」を美徳と考える上司や先輩を見ているうちに、「何かがおかしい。おかしいはずだ。でも、僕はこれから5年、10年ここにいると、おかしいと思えなくなるだろう。それはまずいぞ」と思ったんです。
大学を卒業して、ワクワクする思いを抱いて新卒社員として大企業に入社したわけですが、「社内政治をうまくこなしてステップアップしながらキャリアを築いていく」ことに興味が持てなくて、自分のキャリアや仕事の仕方を、「レガシーな組織にゆだねずに、自分で決めたい」と思ったんです。それ以来、人事異動が発令される前に、自分で「次はこのステージ」と決めて動くようにしてきました。「小川君はこの部署に行って、これをやって」と言われて異動するようなことは、避けてきたのです。
働きがいのある会社を作ろうとして大失敗
沢渡: その後、ご実家のある静岡県の浜松に戻って起業したわけですね。
小川: NOKIOOというWebマーケティング支援やIT開発を行う会社を創業しました。社員を雇い、彼らをうまくマネジメントして働きがいがある会社を作ろうと考えたのですが、創業して3~4年たったころに、うまくいかなくなったんです。
社員の数が10~15人くらいになったころだったのですが、ある一定のところまでは営業の数字が上がっていくのに、そこからなかなか伸びなくなって。4年目になると売り上げが鈍化し始めて、赤字も出るような状況になったんですね。社員間のコンフリクトが目立ってきたのも、このころでした。いつの間にか、社内に鬱積(うっせき)するムードが蔓延していたのです。
期末の打ち上げや忘年会も、全然、楽しい雰囲気にならなくて、2次会、3次会でも、僕がいる前で社員が会社の不満やネガティブな話ばかりをするんです。「この雰囲気ってなんだろう」と思ったときに、よくよく思い出してみると、普段も少なからず社内は、同じような雰囲気になってしまっていることに気付いたんです。
そもそも仕事をする上でのワクワク感や、楽しいという気持ち、社員同士がつながって何かを一緒に創造していこう、というものが失われていたんですね。
そのときに思い出したのが、昔、よく聞いた「社長の器以上に会社は大きくならない」という言葉でした。創業2~3年目で従業員が十数人、売り上げが数千万くらいのところまでの器はあったのかもしれないけれど、ここまでだった。だから、会社の成長が止まって社内の雰囲気も悪くなってしまったのだと気付いたのです。
会社を立ち上げて間もないころは、いろいろと勉強しなきゃいけないと思って、人の話を聞きに行ったり本を読んだりしていたけれど、次第に自分の人間的な器を広げるための勉強をしたり、学びの場に出ていって人の話を聞き、理想と現状のギャップを考えたりするようなことをやらなくなってしまった。そこが、会社がうまくいかなくなった原因だと分かったんです。
「外の世界」に触れて気付いた「失敗の原因」
沢渡: そこで学び直しを始めたのですね。
小川: そうですね。ちょうどそのころ、社会人教育で知られるグロービスが浜松で体験会を実施すると聞いて、「ここにヒントがあるかもしれない」と思って参加してみたんです。さまざまな業種、役職の人と一緒に受けた体験クラスで刺激を受け、わらにもすがる思いで名古屋校に通うことに決めました。何か活路があるかもしれないし、そこで学んだことが自己成長につながれば、きっと道は開ける――と思ったんです。
最初に受けたクリティカルシンキングのクラスには、大企業から中小企業まで、さまざまなバックグラウンドの人が来ていました。驚いたのは、外から見れば順風満帆に見える「大企業の立派な名刺を持っている方々」も、悩んだり、自分探しをしたりしていることでした。
クラスの仲間とは経営学を学ぶだけではなく、「一人の人間としてどう成長していくか」について、肩書も年齢・性別も企業規模も関係なく、時には涙を流しながら、「自分は何を大切にしているのか」「自分はどんな風に成長していきたい」「自分にはまだ、ここが足りていない」といったことをディスカッションするわけです。
そのときに気付いたのが、新卒で入った会社で違和感を覚えていた「閉じた世界」を、「自分の会社で自分が作ってしまっていたのではないか」ということだったのです。しらずしらずのうちに、自分自身の考え方が閉じてしまっていて、「昭和なやり方」に縛られていたんですね。
社内に、“20世紀型マネジメントの代表”ともいえる組織のピラミッドをつくり、PDCAを「気合、根性、努力」でまわして、とにかく「ロジック」でものごとを考える――。そこには「楽しい」とか「ワクワクする」みたいな気持ちは全くなかった。
「新しいことをやろう」という気持ちはあったものの、それを「ロジックで考えて生み出す」という発想に陥っていたんですね。たぶんそれは間違っているし、「そうやれば正解が出てくる」という考えにとらわれすぎていたんです。
グロービスに通い始めて、とても大きな刺激を受けたのが、和田中学の校長を務めていた藤原和博先生のこんなエピソードでした。
複雑化した社会では、正解は1つではない。だから、試行錯誤をする中で納得できる解を探せる人材になることが求められる。そんな人材になるためには、自身の知識や技術、経験だけでなく、他人のそれも総動員してアイデアを出して行動し、うまくいかなければ、随時修正しながら「納得解」に近づくアプローチが必要。そのアプローチをするために最も重要な能力が「つなぐ力」である――。
この藤原先生の話を聞いたときに、「会社を運営する上でうまくいかなくて、もやもやしていたこと」が、きれいに言語化されたんです。今まで僕は、正解があると思って必死に探していたけれど、そうじゃない。正解などなくなっている世界では、社員同士がディスカッションしながら納得する解を見つけていくことが重要なんだ、と気付いたんです。
つまり僕は、20世紀型の教育を受けて、大企業で正解探しをしてきて、それがこびりついたまま起業していたんですね。会社がうまくいかなくなって初めて、昭和なマネジメントをしていたことに気がついたんです。
沢渡: その気付きは重要ですね。今の世の中は正解がなく、企業のトップも正解を持っていません。それだけ専門化も多様化もグローバル化も進んでいるので、「いかにコラボレーションするか」が重要になるんです。
社員同士でのコラボレーションはもちろん、小川さんがグロービスの生徒たちとしたように、「同じ悩みを持つ“外の人”と話す」ことで自分の中の悩みを言語化したり、つながったりして解決策を見つけていく――。こうしたコラボレーションの邪魔をするものが、「仕事ごっこ」なんです。
先般、ある大手製造業の調達マネジャーが、こんな話をしていました。「今の時代は、自分たちでドリルダウンして正解を探したり、自分たちのスキルを深掘りして身につけたりするより、いかに自分たちの悩みや課題を素早くオープンにして、同じ課題を持つ人同士がつながってコラボレーションして、解決に向けて動いていけるかが重要」だと。
そのためには、「悩みごと」や「もやもや」をオープンにする経営スタイルにシフトできるかどうかが重要なのかもしれません。
【中編に続く】