「想定外も想定外。しかも、まともな情報がほとんどない」
米国がイラン革命防衛隊の司令官を空爆し殺害したことを受け、対応を迫られる官邸筋は狼狽の色を隠さなかった。海上自衛隊の中東派遣が目前に迫っているだけに、日本政府にとっては新年早々、まさに寝耳に水の出来事だ。 米軍は3日、イラクの首都バクダッドで、イラン革命防衛隊の精鋭部隊「コッズ部隊」のカセム・ソレイマニ司令官と、イランが支援する民兵組織を統括するイラク「人民動員隊」(PMF)幹部のアブ・マハディ・アル・ムハンディス氏を空爆し殺害した。
このニュースは世界中に衝撃を与え、すわ米イラン全面戦争に突入するとの観測も高まっている。日本政府の動揺は情報収集・分析能力が不十分なことに起因すると、中東情勢に詳しい防衛省関係者は解説する。
「まず、官邸にも国家安全保障会議(NSC)にも、軍事や戦争の観点から深い分析ができる人材が乏しく、文化や政治など専門分野が細分化されているため、総合的な対応が難しい。おまけに、今回司令官が暗殺されたイラン革命防衛隊は最高指導者ハメネイ師の直轄部隊であり、イラン国軍よりも装備も人材も上の完全な別組織で、日本の在イラン大使館の駐在武官もつながりを持っていません。
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革命防衛隊はこれまでにも、シリアを含む中東全域でシーア派を連携させ、多国籍軍の足を引っ張るなど暗躍していました。日本政府が持っている情報は公開情報レベルだけでしょうから、『いま中東で何が起きているのか』という基本から問題の所在を探っているところではないでしょうか」
安倍晋三首相はかねてから、米国のトランプ大統領と「ドナルド」「シンゾー」と呼び合う緊密な個人的関係を誇ってきた。一方でイランとも良好な関係を保ち、米国が主導する有志連合にも参加を見合わせるなど、対立を深める米国とイランの間でいわば「コウモリ外交」の方針をとっていたが、それが今回、完全に裏目に出ることになりそうだ。
日本政府は石油資源確保などの目的から、中東の不安定化を避けるべく中立的な立場をとっている。米国の意に反してイランの側に立つことはできないが、かといってイランを見捨てると、今後の日本の中東における立場が危うくなる。国際関係に詳しいベテラン記者は、日本政府が置かれた厳しい状況についてこう解説する。
「安倍首相が、国際政治の『ジャイアン』たるトランプ大統領の強引さをどういなせるかがカギになる。従うように見せながら、実際は距離を置くという、相当難しい舵取りを強いられることになるわけです。
もし米国がイランに対して全面戦争をしかけるなら、国際社会では大義ゼロの戦争とみなされます。今回の要人暗殺は、昨年12月31日に発生した、イラクの米大使館への親イラン派デモ隊による襲撃に対する報復ということですが、中東の混乱のそもそもの発端は『イラクやイランが大量破壊兵器を保有している』というウソの口実で米国が侵略したからで、言うなれば因縁をつけているだけです。米国内世論の支持は得られるかもしれませんが、国際社会の理解は得られない。
イラン最高指導者のハメネイ師(中央)と革命防衛隊の幹部(Photo by gettyimages)
そうした状況下で、日本が完全に米国の『ポチ』になってしまえば、中東諸国から見れば日本も『ギャングの一味』であるとの評価を受けざるをえない。ことが落ち着いても後ろ指をさされ続け、もはや関係修復は難しくなるでしょう」
日米の距離感が近くなりすぎれば、中東現地邦人の拉致や、大使館、JICA事務所の占拠など、日本人がテロの標的にされることも十分にあり得る。
今回のイラン革命防衛隊司令官と同時に幹部が殺害されたイラク民兵組織は、15万人規模の兵力を抱えると言われている。この点について、海外のプラントなどで働く現地邦人保護を担う危機管理コンサルタントはこう懸念する。
「2015年には、安倍首相がカイロでイスラム国への対決姿勢を演説したことが引き金となって、ジャーナリストの後藤健二さんらが拉致され殺害されるという痛ましい事件が起きました。この事件ではっきりしたのは、日本人が考えるよりも、はるかに日本人はテロや拉致などの標的とされやすいということです。
イランでは、1979年に米国大使館が占拠され大使館員らが人質となった前例もあり、日本の海外拠点が襲われることも十分想定される。イラクにはバスラ、エルビールなどに日本企業の拠点が数多くあるうえ、サウジアラビアのダンマームやシャザーンなど、その他にも攻撃対象となる地域が少なくない。
これらの邦人を全て守り切るのは、はっきりいって不可能ですし、人質事件にでも発展すれば取り返しのつかないことになる。現地の日本企業は、経済活動をストップして在留邦人を強制帰国させるか決断を迫られていると思います」
今回の米国による要人暗殺は、軍事的に熟考されていなかった色合いが濃い。攻撃後に大慌てで自国民に対する退避勧告を出したり、トランプ大統領が自ら「戦争をするつもりはない」などと火消しのための記者会見を開いたりしたことも、十分な調整にもとづいて作戦が行われていない証拠だ。先の防衛省関係者が解説する。
「大使館襲撃に激高して衝動的にやった、というのが実際のところだと思います。それだけ洗練されていない『素人仕事』の印象が否めない。
まず、米国は全世界で軍事力の配分を決めているので、イラクの2倍の人口を持ち、山がちなイランを攻めるとなると、かなりの兵力を振り分ける必要が出てきます。米軍高官はイラク戦争の泥沼化をイヤというほど味わっていますから、中東での全面戦争がまったく割に合わないことをよく知っている。つまり、米政府内でも軍事の専門家による制止が効かない状況になっていると推測できます。
現に2015年にオバマ政権でイラン合意をマネジメントした専門家は、トランプ政権では信頼されずパージされており、まともに中東情勢を理解している人間が政権中枢からいなくなっている。トランプ政権が歴代政権の方針を顧みず、イスラエルの首都をエルサレムに移転した『大胆さ』もここにつながってきます。要は、中東がよくわからないからムチャクチャなことができるわけです。
第二に、米国が全面戦争にならないようリスク管理に気を配っていたのであれば、完全な隠密作戦に出るはずで、今回のように暗殺をすぐに公表したことも解せません。もし今回暗殺された司令官たちに自制を促すことが目的だったなら、『お前をいつでも殺せるよ』という恫喝さえできればいいはずです。
いきなり実力行使に踏み切り、しかも即座に公表したのは、イラン政府を牽制する目的か、トランプ大統領が何も考えず自分の力を誇るためだったのか──いずれにしても、熟慮に裏付けされた行動とは考えづらい」
米国の拙速な実力行使は、今後両国だけでなく関係各国をも疑心暗鬼の渦に巻き込み、中東情勢を急速に悪化させる可能性が高い。第一次世界大戦も偶発的な要因の連鎖で拡大していった、という歴史的教訓に学ばねばならないだろう。
イランのラバンチ国連大使は3日、「軍事行動には軍事行動」と報復する構えを見せており、両国の緊張はさらなる高まりを見せている。4日には米軍がバクダッド北部で新たに空爆を行い、現地の民兵6名が殺害されたほか、米国防総省は中東地域への米軍約3500名の増派を発表した。
米国では「米国の世論は世界の世論、米国の正義は世界の正義」(駐米経験のある全国紙記者)という風潮がある。今回のイラン高官暗殺も、トランプ大統領が民主党による弾劾から国民の目をそらし、イラクでの大使館襲撃に強硬に報復することで国内世論にアピールしたいとの思惑がある。
昨年6月に、安倍首相はハメネイ師と会談した。安倍政権は「イランの最高指導者とサシで話せる関係を築いた」と、米国・イランの仲を取り持つ日本の外交を誇っていたが、今回の暴挙で状況は一変、苦しい立場に追い込まれた。
米国とトランプ大統領を諌める覚悟を持たないまま、日本政府がヘタにスタンドプレーに走れば、中東や国内の日本人の命を危険にさらすばかりか、国際社会での信用をも一挙に失いかねない。
安倍首相がトランプ大統領と「真の信頼関係」を築けているのなら、ケジメのある対応をとることもできるのかもしれないが……。