社会保険料や消費税と、会社員のお財布が絞られていった2019年。「今は景気がいい」と言える方は限られるだろう。だが、就活というフィールドでは、異例の売り手市場が続いている。かつてのバブルさながら、学生は企業を選び放題だ。
なぜそのような変遷が起きているのか――。まずは、現在の学生を見てみよう。
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例年の就職活動は、優秀層・都市部の学生が早期に開始し、一般層・地方の学生が後を追うかたちとなっている。一般的な学生も就職活動を意識し始めるのが大学4年生・院1年生の1月ごろ。すなわち、ちょうど今にあたる。
ところが、今年の学生が意識する就活は例年と異なる。何人かの学生から、話を聞いた。
「リクナビ・マイナビは登録してないです。大きな会場である説明会も行くつもりはないですね。(就活の情報サイトへ登録しなくても)企業が大学へ説明会をしに来てくれるので、必要性を感じないです」
「(筆者:就活でいま一番気になっていることは?)複数内定をいただいたら、どうやってお断りするかが気になっています。内定は取れると思うので、でも行きたい会社以外も内定をいただいたら、どうしたらいいのかを教わりたい」
「会社の選び方が分からないです。受ける業界を絞りたいんですが、やりたいことが決まってないので、会社選びの決め手がなくて。(筆者:今、何社くらいエントリー予定ですか?)そうですね、大体10社くらいを考えています」
極端な学生の例を取り上げた……といいたいところだが、業界関係者と話しても同様の認識だ。採用担当者は就活イベントや説明会の着席率(説明会を予約した学生が、当日出席する率)の低下に頭を抱えている。ひどいときは、着席率が予約数の30%を切るからだ。
ある就活イベント会社の社員はこう語る。
「私たちのコンテンツ力不足という面も大いにあるので、学生のせいにはできませんが、それでも苦しいですね。大手企業さんとのコラボイベントを企画して、100名予約があっても当日来るのが20名。そうなると、企業さんからも”どうなってるんだ”というお話になりますから……。雨が降ると着席率がガクンと下がってしまうので、とにかく天候に祈るしかない」
「21卒(2021年卒業予定の学生)は、検索すらしないんです。これまではいくら売り手市場と言われても、学生は行きたい会社をSNSで検索していました。それで、我々のサイトを見つけて登録してもらえていました。しかし、今年の学生はSNSで検索すらしません。周りの子の情報から、気になった会社にエントリーするだけです」
氷河期世代の方なら、あまりの落差に腰を抜かすかもしれない。私もリーマン・ショック期の就活を経験したため、学生の現状を聞くと嫉妬心すらわかず、純粋にうらやましい。
だが、「超受け身」と化した学生の余裕は、幸せな内定とは必ずしも直結しない。学生が「第一志望の会社」に入れる確率は、2017年のデータでわずか3割程度。当時から売り手市場のトレンドは同じなので、現在も同様と思われる。
なお、入社後の統計では8割を超えるが、これは”内定してから今の会社を第一志望にランクアップさせた”事後認識も働くため、就活時点で本気で志望し、内定できた学生は3割と考える方がよいだろう。
そして、超受け身な学生ほど「以前から知っている企業」を受ける確率が高い。なぜなら、知られざる優良企業は調べて初めて分かるからだ。
そうなれば、猫も杓子も大手企業へ殺到する。今年の優秀層の動きを見ると、銀行はリストラの懸念から人気が下がりつつあるものの、コンサルティングファーム等の人気はリーマン・ショック期から大差ない。
誰もが知っている人気企業を受ければ、普段から広告を打っている大手企業の人気は増す一方だ。したがって、いかに少子化とはいえ、人気企業へ内定する難易度はそう変わらない。第一志望に行ける学生は、今も昔も少数派だ。
だが、もう少し深掘りすると、学生の超受け身志向にも、いくつかの背景が見えてくる。
まず、今の就活生は親がバブル世代である。就活は親の影響を少なからず受けるため、「いいのよ、適当に応募して受かったところに行けば」なんてアドバイスを真に受ける学生もいるだろう。売り手市場も相まって、違和感を抱かず「ユルい就活」を始める学生も多そうだ。
また、親と同様に就活生の振る舞いへ影響を及ぼすのが、1年上の先輩だ。サークルやゼミで知り合う先輩は、いかに就活が楽だったかを伝えているだろう。
その情報を見聞きしてなお、「自分だけは頑張ろう」と兜の緒を締める学生がどれほどいるだろうか。
最後に、リクナビ・ショックの影響がある。
リクナビが内定を辞退しそうな学生のデータを企業へ提供していた問題を受け、4割の学生が「リクナビの使用を控える」とコメントしている。
業界最大手の与えた衝撃は大きく、就活サイト全般への不信を抱いた学生も少なくないだろう。
「受け身」というより「防衛」として、就活サイト経由の情報収集を避ける学生が生まれたのが、令和就活の特徴だ。
各企業の採用担当者も、手をこまねいて見ていたわけではない。
これまで、各社はリクナビなどのポータルサイトに広告を掲載するのが主たる広報手段だったが、今は「自社サイトの独自コンテンツ」へ投資を増やしている。
たとえば、NTTデータは社員インタビューを圧倒的な量で掲載し、採用情報ページだけで企業研究が可能となっている。
会計クラウドソフト大手のfreeeは、採用担当者のブログでリアルな輝くキャリアを見せているなど、従来はOB・OG訪問でしか聞けなかった物語をオンラインで誰でもアクセスできるようにした。
独自コンテンツはシステムを構築する初期投資がかかるものの、その後は社内で自由に投稿ができることから人気がじわじわ増している。超受け身型の学生に自社で情報を完結して与え、志望者を増やそうとしているのだろう。
だが、それだけでは不十分だ。学生は企業を認識してから始めて検索し、採用ページの独自コンテンツへたどり着く。
だが、検索すらしない超受け身の学生には届かない。今後は、独自コンテンツへのアクセスを加速させる戦略がなければ、企業は一定レベルの採用を担保できないだろう。
また、学生にも警鐘は鳴る。いつの時代もトップ層は、早期から高い意欲で就職活動へ取り組み、内定を獲得する。
仮に受け身の学生が売り手市場を活用し、トップ層と同じ企業の内定を得たとしても、入社後にどちらが重宝されるかは明らかだ。
名だたる大手企業でバブル世代が次々とリストラされるニュースを見れば、楽な就活が将来的に何をもたらすかは明白だろう。
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拙著『確実内定』にも書いたが、3割しか獲得し得ない第一志望に内定し、さらに会社員として食いっぱぐれない道を探すのであれば、トップ層を模倣するのが一番である。
入社後の1年目は、不景気のころに採用された社員と同じように教育を受け、同じ基準で評価される。
そのとき、不景気の時代に採用された社員と同じ成果を出さなければ、将来のリストラ候補になるのだから。