岐阜城で信長時代の天守台石垣を発見 岐阜市 安土城より前の「日本最古」か

岐阜市は7日、国史跡・岐阜城のある金華山(329メートル)山上部の発掘調査の結果、現天守閣西側で織田信長が城主だった時代(1567~75年)に築いたとみられる「天守台石垣」が見つかったと発表した。天守閣はこれまで信長が76年に築いた安土城が最古とされており、城郭の成立過程を知る貴重な資料としている。
市は2019年10月末から、20世紀に再建された現在の天守閣西側などを調査し、再建時に造られた石垣よりも古い石垣3段分(長さ約1・8メートル、高さ70センチ)を発掘した。これまでの周辺調査で判明している信長の築城技術の特徴である、石を垂直でなく斜めに積み、隙間(すきま)に「間詰石(まづめいし)」をはさむ石積みであることから、信長の時代に築かれたと見ている。
岐阜城は1539年に斎藤道三が築城し、信長が67年に占拠。1600年に関ケ原の前哨戦で落城し廃城となったことなどから、当時の正確な姿は分かっていない。しかし、江戸初期から中期の作とみられる絵図には、今回の発見場所に「天守台」と書かれており、市は今回の石垣を天守台の一部と判断した。現在の天守閣や天守台は1910年と56年に再建された。
市史跡整備委員長の中井均・滋賀県立大教授(日本城郭史)は「日本最古の天守台が見つかったと考えていい。日本の城郭の変遷、天守の成立を考える上で大きな意義がある」と話した。
市は14~18日の午前10時~正午と午後1~3時に現地公開する。雨天中止。【沼田亮】
専門家から疑問も「信忠以降のものである可能性」
一方、岐阜市の発表を疑問視する専門家もいる。城郭の石垣に詳しい佐賀大の宮武正登教授(城郭史)は「織田信長から豊臣秀吉の時代の石垣とみられるが、信長の息子・信忠以降の可能性は否定できない」と指摘。奈良大の千田嘉博教授(城郭考古学)は「これまで信長の時代に岐阜城に天守があったという史料はなく、『信長時代の天守台石垣』とするにはさらに研究が必要だ」と慎重な見方を示す。【野村阿悠子】