相模原市で起きた障害者殺傷事件の裁判員裁判が8日から始まるのを前に、犠牲となった美帆さん(当時19歳)の母親は報道各社に手記を寄せ、悲しい事件が二度と起きないように議論してほしい――との思いをつづった。手記の抜粋は次の通り。
大好きだった娘に会えなくなって3年が
経
( た ) ちました。時間が経つほどに会いたい思いは強くなるばかりです。会いたくて会いたくて、仕方ありません。
本当に笑顔が
素敵
( すてき ) でかわいくて、自慢の娘でした。アンパンマン、トーマス等のキャラクターが大好きでした。音楽も好きでよく“いきものがかり”を聞いていました。“じょいふる”が好きでCMで流れるとリビングの決まった場所でノリノリで踊っていたのが今でも目に浮かびます。
自閉症の人は社会性がないといいますが、娘は外と家の区別をしていて、学校ではお姉さん顔をしてがんばっていたようでした。
家では甘ったれの末っ娘でした。児童寮に入っていた時、一時帰宅すると最初のうちは「帰らない、家にいる」と帰るのを拒否していました。
2年くらいは続いていましたが、それ以降は寮で生活するということがわかってきたようで、リュックをしょって泣かずに帰っていくようになりました。親としては
淋
( さび ) しい気持ちもありましたが、お姉さんになったなあと思っていました。
月1くらいで会いに行き、コンビニでおやつと飲み物を買い一緒にお庭で食べるのですが、自分の部屋にもどる時も「またね」と手を振ると自分の腰あたりでバイバイと手を振ってくれました。私がいなくなっても寮でこんなふうに生きていくんだなと思っていました。
美帆は一生懸命生きていました。その
証
( あかし ) を残したいと思います。美帆の名を覚えていてほしいです。
どうして今、名前を公表したかというと裁判の時に「甲さん」「乙さん」と呼ばれるのは嫌だったからです。ちゃんと美帆という名前があるのに。
この裁判では犯人の量刑を決めるだけでなく社会全体でもこのような悲しい事件が2度とおこらない世の中にするにはどうしたらいいか議論して考えて
頂
( いただ ) きたいと思います。
障害者やその家族が不安なく落ち着いて生活できる国になってほしいと願っています。障害者が安心して暮らせる社会こそが健常者も幸せな社会だと思います。