コロナウイルス拡大へのまずい対応の連続で、安倍内閣への批判が高まっている。水際作戦の失敗、クルーズ船での感染者拡大、下船者の帰宅をめぐる失敗、PCR検査の難民化、そして突然の学校の休校――。
安倍首相自身が浮き足立っている様子が露呈し、国民の間に不安が広がっている。背景には、安倍内閣への不信が国民の間で高まってきたことがある。
桜を見る会にかかわる国会答弁での詭弁と言い逃れ。「森友・加計学園をめぐる疑惑」「南スーダンPKOの日報隠蔽」では、都合の悪い情報を隠し、時に改ざんまで行う姿が、政治への不信を拡大させてきた。
私が、安倍内閣では、現在の混乱を収束させることができないと強く感じたのは、2月29日の安倍首相の記者会見だった。彼はひたすら用意された原稿を読み上げ、質問に対しても原稿を読むばかりで、早々に会見を切り上げた。
記者会見に臨む安倍晋三首相=2020年2月29日、首相官邸
国民の中には動揺と不安が広がっている。イベントの開催を苦悩の末、断念した人。このままでは自分の店が潰れてしまうのではないかと絶望している自営業者。見解の相違から人間関係にひびが入り、陰鬱な気持ちを抱える人。身近な高齢者や疾患を持った人にウイルスをうつしてはいけないと緊張し続けている人。外出せず、テレビやインターネットの情報ばかりが気になり、精神的に不安になっている人…………。
安倍首相の態度は、そのような国民の憂慮と苦悶を共有しているようにはどうしても見えなかった。自分たちの苦しみと同じ地平にたっているという感覚を、国民の多くは持つことができなかった。むしろ不安と動揺が拡大する状況が、会見の後から拡大している。
ただでさえ国民は、現政権が出す情報に信頼を置いていない。最終的に自己責任を突きつけられることを理解しているため、自己防御の緊張のため疲れ果てている。
現政権のままでは、どんどんと弱いところに歪みが拡大する。早急に手を打たなければならない。
そのとき、思い浮かんだ顔がある。石破茂である。
もちろん、現政権を退け、新しい政治体制をスタートさせるには、政権交代が望ましい。
しかし、このような混乱の中、総選挙を行うことは現実的ではない。また、現在の野党では、この難局を乗り切る力があるか不安だというのが、多くの国民の見方だろう。
安倍内閣への不支持率が上昇しても、野党に対する支持率は上昇していない。安倍同様、野党に対する信頼も失われているというのが、現状だ。野党は立て直しに、まだ時間がかかる。いまではない。
そうなると、自民党内での首相の交代が望ましい。安倍首相が影響力を持ち続けるような交代では、不安や不信が継続する。
そのとき、真っ先に首相候補として名前が挙がるのが石破茂であろう。現に、次の首相候補として石破は常に上位に位置づけられてきた。直近の世論調査では、安倍首相を抜いてトップに躍り出ている。
石破茂氏
もともと私は石破に対して強い警戒心を持っていた。それは改憲論などのタカ派のイメージによるものではない。石破はリベラリストとして一貫している。排外的な愛国心をいさめ、靖国神社への首相参拝にも抑制的な姿勢をとってきた。マイノリティの権利に対しても寛容で、多様性の尊重を唱えてきた。この点は信頼している。
私が警戒してきたのは、彼が「リスクの個人化」を目指す新自由主義者だったからである。
下の図を見てほしい。
2018年9月に本サイト(論座)に掲載された論考(『中島岳志の「自民党を読む」(1)石破茂』)で、私は石破を靴飽銘屬鼎韻拭(加筆の上、拙著『自民党 価値とリスクのマトリクス』(スタンドブックス)に収録)
石破は小泉内閣の閣僚として新自由主義政策を推進し、「自助努力」の重要性や規制緩和の促進を強く押し出してきた。保育園の拡充や若者世代への福祉政策を説いてきたものの、基調は自己責任論であり、リスクの個人化を追求する「小さな政府」論者だった。
価値観における「リベラル」と、お金の配分をめぐる「リスクの個人化」。彼は典型的な新自由主義者であり、小泉構造改革の延長上に位置づけられる政治家だった。
しかし、である。近年、この姿勢に揺らぎが生じている。原稿を発表した後も、石破の発言を追い続けてきたが、この1、2年、新自由主義への懐疑的見解を示し、格差社会の是正に思いを寄せる姿勢が出てきている。
石破は靴了兩を改め、兇吠儔修靴弔弔△襪里任呂覆い。私は、石破の考えをどうしても聞きたかった。
変わったのか、変わっていないのか。真意を確かめるべく、対談を申し込んだ。
『月刊日本』2019年11月号に、「危機に直面する保守政治」と題した石破と私の対談が掲載されている。石破は対談に快く応じてくれた。
この対談で明確に語られているように、石破は態度の変化を認めた。私の「なぜ新自由主義に対するスタンスを変えたのでしょうか」という問いに、次のように答えている。
石破は、新自由主義政策の結果、格差が拡大するとともに固定化してしまったことを認め、反省しているのだ。
様々な規制緩和によって雇用が流動化し、職業訓練などの再教育政策も不十分だったため、不安定で低賃金の労働者が固定化している現実を直視している。労働市場の自由化により非正規雇用となったロスジェネ世代は、40代の中年になっている。彼ら・彼女らは不安定な雇用のまま、そして貧困状態を抱えたまま、高齢化している。
この状況をどうにかしなければならないというのが、石破の現在のスタンスなのだ。
石破は、低所得者対策こそが喫緊の課題だと言う。そのときに彼が率直に語ったのは、消費税に対する考え方の変化である。
かつて石破は、消費税の増税を強く主張していた。消費税によって財源を確保し、財政健全化と地方経済へのてこ入れを進めるべきと言うのが石破の議論だった。
しかし、彼は考えを変えた。
日本のGDPの6割から7割は、個人消費が占めている。日本経済の好循環を生み出すためには、消費行動に結びつきやすい低所得者の所得を増やすことが重要である。2000万円の人の所得が200万円増えても、それほど消費には回らないが、年収200万円の人の所得が250万円に上がると、消費に回る可能性が高い。
この変化は極めて重要なポイントである。
石破は、1990年代後半から本格化した自民党の新自由主義化・ネオコン化にブレーキをかけ、「リスクの社会化」へと大きな方向転換を模索しているのだ。
安倍内閣は、「リスクの個人化」と「パターナル」を指向する犬離織ぅ廚寮権である。これに対し、石破は「リスクの社会化」と「リベラル」を指向する兇離好織鵐垢鬚箸蝓¬棲里淵凜ジョンの違いを強調するようになっている。
2018年の自民党総裁選挙で、石破は安倍に敗れた。この総裁選挙では、二人の間に明快なスタンスの違いが見えず、大きな論争が起きることはなかった。
しかし、今は自民党のあり方をめぐる違いが明確になっている。石破は静かに勝負に出ているのだ。
石破は『文芸春秋』2020年3月号に、「ポスト安倍「世論調査1位」が覚悟の直言 安倍総理よ、このままでは日本が滅ぶ」と題した論考を掲載している。ここで彼が強調するのは、少数者の意見を尊重することの重要性である。
「少数意見を尊重しないと民主主義がきちんと機能しない」と述べ、かつて防衛庁長官を務めた際、共産党議員の質問に丁寧に説明を重ねたことを振り返っている。石破を厳しく追及した共産党議員は、議員を引退する際、石破を訪問し、次のような言葉をかけたと言う。
「私はあなたと全く意見は違う。だけど『共産党と議論しても仕方がない』ではなく、一つ一つ丁寧に説明してくれた。そのお礼を言いたくてここへ来たんだ」
石破茂氏
石破は、安倍首相が2017年7月の東京都議選の演説で「こんな人たちには負けない」と言ったことを問題視する。「こんな人たち」発言を聞いたとき、石破は「たいへんな焦燥感にかられた」と言う。それは、「こんな人たち」も有権者であり、批判に率直に向き合うことこそが重要と考えるからだ。
石破は、「耳の痛いことを言ってくれる人」を大切にすべきと直言する。自分を持ち上げてくれる人ばかりを重用すると、結果的に国会答弁が支離滅裂なものになり、政権の脆弱性につながる。
さらに石破は、安倍内閣の桜を見る会をめぐる答弁は「杜撰」であり、誠実性を欠いていると述べる。
石破は、『月刊日本』2019年3月号に「統計を軽んじる国は滅びる」と題したインタビューを掲載しているが、ここでも政権による統計の偽装・改ざん・ねつ造が疑われている状況を批判し、誠心誠意、真相を明らかにする必要があると説いている。
彼は大東亜戦争に至る日本が統計をおろそかにしたことを振り替えり、安倍内閣が同じ轍を踏むことがないよう警告を発している。
安倍内閣との差異は外交面でも顕著である。
前述の私との対談(「危機に直面する保守政治」『月刊日本』2019年11月号)では、アメリカが絶対に日本を守ってくれるという前提を見直し、多元的な安全保障体制へと変革していくべきことを述べている。
また、『月刊日本』2018年11月号に掲載された「安倍総理は国民を畏れよ」では、「なんとか在日米軍基地の管理権を日本に移して負担を軽減し、また沖縄の願いでもある日米地位協定の改定を実現したい」と述べている。
対米追随を絶対視し、日米地位協定の改定や基地軽減に取り組もうとしない安倍内閣との違いは明確だ。
韓国との関係をめぐっても、石破は安倍政権とスタンスを異にする。
彼は、日本が朝鮮の独立を奪った過去を直視し、その痛みを知る必要があると強調する。いくら日本がインフラを整備したと言っても、民族の誇りを奪った傷は深く、「決して癒えることはない」。「我々は国家や文化を奪われた人々の心情を決して忘れてはならないと思います」。(「日韓対立は両国の国民を不幸にする」『月刊日本』2019年9月号)
石破が韓国との関係改善に取り組むと、「韓国の回し者」と批判されるという。しかし、そんな一部の世論に惑わされてはならないとして、次のように言う。
石破は、昨年の参議院選挙に際して、自民党が配布した冊子に怒りを表明する。表紙に「フェイク情報が蝕むニッポン トンデモ野党とメディアの非常識」と書かれた冊子には、野党の特定の政治家に対する誹謗中傷のイラストが掲載されており、このような冊子を自民党が配布したことを厳しく断罪する。
このような攻撃は、野党議員に一票を投じた国民に向けられるという。最終的に、国民に向けた誹謗は、自分たちへの懐疑となって返ってくる。「言論空間で大切なこと」は「フェアネス(公平さ)」であり、誰が作ったのかわからない冊子を自民党が配ることは、言論の大前提を脅かす。
石破の危機意識は、保守論壇の変貌へも向けられる。現在の保守論壇では、意見を異にする者に対して罵倒する姿が多く見受けられるが、それは国民の間の「分断を煽ること」であり、保守の立場としては慎まなければならない。
「国民政党としての自民党」が強かったのは、「多様性」を重んじたことにあった。多様性を失い、偏狭な立場に固守するのは、国民政党としての地位を脅かすことにつながる。石破は言う。
この数ヶ月、石破が積極的にアプローチしているのは、二階俊博幹事長である。『文藝春秋』2020年3月号の論考では、自らがかつて自民党を離れたことに言及し、同時期に自民党を離れた二階の存在に触れつつ、「党ではなく、国家のために働く」という信念を共有していると述べている。
石破と二階は『月刊公論』2020年1月号で対談を行っている。石破は、冒頭で「本日は自民党の幹事長でもある衆議院議員の二階俊博先生を指名させていただきました」と語り、自ら二階との対談を望んだことを明示している。
石破は、二階の信念である「国土強靱化」を高く評価し、「防災省」を設置することで、国家の危機に対応できる体制を整えるべきだと述べる。一方、二階は「安倍総裁の後のニューリーダーの心構えについてはどうお考えですか? 何に取り組んで、何をどう変えていきますか?」と問い、暗に石破を次の総裁候補と見なした発言を行っている。
かつての自民党は、振り子の原理で、パターナルな政権の後にはリベラルな政権を準備し、国民からの支持を回復するという幅の広さを持っていた。第一次安倍政権の失脚の後には、穏健な福田康夫内閣が誕生し、金権腐敗で辞職した田中角栄内閣の後には、クリーンなイメージの強かった三木武夫が首相の座についた。
これが国民政党としての自民党の強さだったが、石破が強調するように、今の自民党には、この「強さ」を失っている。
安倍が自民党総裁になってから、すでに3回の衆議院選挙が行われ、衆議院議員の約半数が、3年生議員以下になっている現状がある。彼ら・彼女らは、安倍総裁の下で候補者に選ばれた議員で、前述の図の犬侶晃が強い。自民党の若手議員を中心に、考え方の指向性に偏りが生じつつあり、かつての保守本流の中核を占めた兇離織ぅ廚激減している。
ネオコン化した自民党の中で、石破が総裁の座をつかむのは容易ではないが、現在のコロナウイルス危機にリベラルなアプローチで対応できる指導者は、石破しか考えられない。
これから政局が動き始める。石破の発言と動向に注目したい。