2011年3月11日に発生した東日本大震災は、丸9年を迎えた。1000人以上の犠牲者が出た宮城県気仙沼市では、市内を流れる大川沿いの津波に耐えた桜が公園に移植され、花を咲かせる時を待っている。新元号「令和」となって初めての「3・11」を、地元の人々は「新時代に向け前に進んでいく節目」と考えている。(高柳 哲人)
堤防のかさ上げと住宅の新築工事が続く、気仙沼市内を流れる大川沿いの「大川公園」。今年2月、ソメイヨシノ4本、ヤエザクラ3本の計7本の桜が移植された。枝は切られ、見た目は寒々しいが、近くに寄ってみると芽吹いたところも。震災の津波を生き抜いた桜は、その「生」を確実につなげていた。
震災前、大川の堤防には727メートルに計179本の桜が植えられていたが、津波によって流された家屋や漂流物がぶつかり、3分の1が折れて死滅。塩害を受けた木も多かった。それでも翌年には花を咲かせ、震災で傷んだ市民の心を和ませた。2013年に堤防の改修工事が決まり、伐採が決定。その時に行動を起こしたのが「気仙沼大川桜並木を保全する会」だった。今回、移植された7本を公園の整備が終わるまで別の土地に一時移動させた。
「健康な桜を、何とかして残したかった」と会長の橋本恒宏さん(55)。保存運動を始めたのは、自分たちの親世代が持つ、桜への強い思いを感じ取ったからだという。「元々、桜並木は戦前からあったのですが、太平洋戦争の時に供出という形ですべて伐採されてしまった。当時子供だった人たちが、並木を復活させたいと昭和40年代に新たに植樹したのが、震災前の桜だったんです」。その桜が震災で失われるのを、黙って見ていられなかった。
「先人が植えた桜を受け継ぎ、私たちは成長を見守って来ました。今度は、それを次世代に渡していかないといけないと思うんです。この9年、長かったね。でも、当時からこのくらいはかかると思っていた。ここまで取り組んできたのだから、しっかりと引き継いでいきたい」と橋本さん。令和の新時代を迎えた今年、「移植」という形でその道筋をつけることができた。
公園は6月完成予定。震災から10年を迎える来年は、春の風物詩「大川桜まつり」を新しい公園で開催することを楽しみにしている。
◆東日本大震災での気仙沼市 市内の最大震度は赤岩地区の震度6弱。津波による浸水に加え、気仙沼港にある重油タンクが破壊され火災が発生した。死者1218人(関連死を含む)は、自治体では宮城県石巻市(3552人)、岩手県陸前高田市(1606人)に続き、3番目。行方不明者は214人、住宅は8483棟が全壊、2571棟が半壊した。(数字はいずれも2020年3月1日現在)