忘れられる悲しみはラップソングに 熊本地震4年 国道沿いのGS店長

入れてくれよ ガソリン満タン みんな目の前でUターン
4年前の熊本地震で国道が寸断され今なお通行止めが続いているにもかかわらず、知らずに走ってきたドライバーが肩を落として引き返していく。そんな被災地の哀愁を歌ったラップ調の曲が今、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で話題になっている。
作詞したのは熊本県南阿蘇村のガソリンスタンド「丸野石油」店長、丸野隆大さん(28)。寸断された国道57号の通行止め地点に店があり、目の前でUターンしていく車を何台も見送ってきた。「地震から4年。もうとっくに復旧しているだろうと思うんだろな」
57号ここで行き止まり オレの瞳にゃ涙が溜まり
観測史上初めて最大震度7の激震に2度襲われ、震災関連死を含め275人が亡くなった2016年4月の熊本地震からまもなく4年。町並みの復興が進み、当時の記憶は被災地の痛みをよそに薄れゆく。やるせない心象をリリック(歌詞)にしてツイッターでつぶやくと共感するミュージシャンが現れ、楽曲作りが動き出した。
地震当時は熊本市内の健康食品会社に勤務。祖父誠士さんが起こした石油店を継ぐつもりはなかったが、地元の東海大農学部を卒業するまで過ごした古里の変わり果てた姿に胸を揺さぶられた。
地域の大動脈でランドマークでもあった全長205メートルの阿蘇大橋がまさかの崩落。母校の大学キャンパスは被災で移転を余儀なくされ、約750人が暮らしていた学生街も消失した。実家は半壊。立野地区は360世帯880人が被災者生活再建支援法に基づく長期避難世帯に認定され、解除後も半数が立野を離れたままだ。
「店は地元のために続けてくれ」。肺がんを患い地震の年の暮れに84歳で亡くなった誠士さんは最期までそう言い続けた。丸野さんは18年7月に健康食品会社を退職し、復旧工事車両などを相手に店を切り盛りしてきた。かつては阿蘇を訪れる行楽客や村の人たちに親しまれた店だっただけに「いつか、当時のにぎわいを取り戻したい」と願う。
通すぜ阿蘇大橋 それは希望の星
楽曲は20年2月完成。石油店のツイッターに自ら歌う動画をアップしたところ、視聴回数は2カ月足らずで6万回を超えた。「朝からめちゃくちゃ笑顔になりました!」「早く57号線の端から脱却できるといいですね」。ツイッターのコメント欄には激励の言葉が並ぶ。「動画を見て来ました」と声をかけてくれる客も増えた。
国道57号は20年度中に復旧する見通し。元の場所の600メートル南側に架け替えられる新・阿蘇大橋も20年度中の完成を目指して工事が進む。「被災地として同情を買うのではなく元気な姿を見せたい」。暗い世相に気分がふさぎ込みがちな今こそ元気に、前向きに。【飯田憲】