「あそこで感染者が出た」。新型コロナウイルスを巡り、そんな間違ったうわさが地域で拡散し、無関係の商店などで売り上げが激減したり、休業に追い込まれたりする被害が続発している。各自治体も、感染者のプライバシー保護のため詳しい情報公開は難しく、未知のウイルスへの恐れと感染者への偏見が、デマの増殖を生んでいるようだ。(桑原卓志)
「心当たりない」
岡山県
里庄
( さとしょう ) 町でスーパーを夫婦で営む女性(65)は3月28日、常連客からこうささやかれて驚いた。
「ご主人、感染されたんだって。大丈夫なの?」
県は前日の27日、フィリピンから帰国した同町在住の男性が感染したと発表。その後、なぜか夫(68)を名指しして、「感染者だ」「フィリピンに一緒に行っていた」という事実ではない内容がネット上などに広まった。
客は激減。県は「誤った情報が流れている」と事実上否定したが、「店を消毒していたのを見た」などのうわさは止まらず、店に「なぜ営業してるんだ」と怒りをぶちまける電話もかかってきた。
最近になって、客足は戻りつつあるが、4月中旬までの売り上げは普段の約4割減。夫は「全く心当たりもないし、誰が言い出したのかも分からない。本当に恐ろしい」と語った。
休業強いられ
「あの居酒屋で感染者が飲んでいた」「社員が感染している」……。そうしたデマの被害は各地の企業や商店で後を絶たない。
愛知県瀬戸市のスポーツ用品店を巡っては4月、経営者の男性(70)が「コロナで死亡した」との情報まで流れた。男性は「全くのデマ」と書いた文書を貼り出すなどしたが、一時休業を余儀なくされた。
被害は複数の医療機関にも及んでいる。広島市の「五日市記念病院」では4月中旬、「コロナ患者発生」「家族、友人、周囲の方に教えてあげて」といった事実無根の投稿がSNSで拡散。問い合わせの電話が連日寄せられ、診察予約のキャンセルが相次いだ。
情報求め 臆測拡大
悪意に基づかず
こうしたデマは、必ずしも悪意から発生しているわけではないという。社会心理学の専門家らによると、人々が強く求めている情報が十分手に入らない時、空白を埋めるように臆測が広がりやすいとされる。
今回の場合、ウイルスへの防衛意識から、「誰が」「どこにいるか」などの情報を求める人が多い。
各自治体は通常、感染者の特定につながる情報は公開していない。それでも住民らから、氏名や勤務先、行動歴などを「教えろ」と求める電話が相次いでいる。厚生労働省の相談窓口にも1日数千件の電話があるが、症状の相談などと並んで多いのが、感染者情報を求める声だという。
デマが横行する背景には、こうした実態がある。
刑事責任も
だが、うわさを本当だと思って拡散させたとしても、責任を問われることがある。
長野県では、ネット掲示板に実在する会社名を挙げ、感染者が勤務していると書き込んだとして、松本市内の会社員の男(51)が4月17日、名誉
毀損
( きそん ) 容疑で県警に書類送検された。
「知人から聞いた話を信じてやった。早く情報を知らせなければならないと思った」。男は調べに対し、こう供述した。
うわさやSNSの投稿を誤情報だと思わずに拡散させた場合でも、真実かどうか十分に確認していないと判断されれば、名誉毀損罪に当たる可能性がある。また、相手方から民事訴訟を起こされ、損害賠償を命じられることもあり得る。
中谷内
( なかやち ) 一也・同志社大教授(社会心理学)は「住民の不安やデマを生まないためにも、行政機関は感染者のプライバシーに配慮しつつ、可能な限り情報を公開する必要がある。一方で、不確かな話を拡散させる軽率な行為が、いかに社会に深刻な影響を与えるか、もっと認識を広めていく必要がある」と指摘する。