◆このままでは42万人が死亡?
4月15日に北海道大学の西浦博教授が、このまま人と人との接触を減らす対策を何も取らないと最悪で42万人が死亡する恐れがあることを発表しました。西浦教授が何の裏付けもなく、単なる「勘」だけでこの数字を挙げることは考えにくいと思われますが、この数値を否定する人も多くいます。
その中には、西浦教授の発言の仮定である「対策を何もとらないと」を見落として、これがデマであると発言したり、直感だけで「そんなことあるはずがない」と否定する人が少なくなかったことは残念です。もちろん、西浦教授がこれまで試算の方法を詳しくは語らない傾向がありますので、他の専門家が検証のしようのないこともそのように言われる原因です。
◆死亡者数の計算方法とは
さて、これまで西浦教授は、感染症の蔓延モデルであるSIRモデルを用いているのではないかと言われていますので、このモデルからわかることをここで述べ、決して煽るわけではなく、数式から機械的に得られる結果を共有しましょう。各都道府県の知事が、以下の結果を見てくれていたらと願っています。以下の結果は、同じ数値を使う限り、誰が何回計算しても同じものが得られます。
SIRモデルとは、次の3つのグループに属する人数の関係を記述したものです。
●グループS:感染する可能性のある人(Susceptible)
●グループI:感染者(Infected)
●グループR:感染から回復した人(Recovered)あるいは感染させる心配がなくなった人
ここで、注意してほしいのは、感染者であってもPCR検査によって発見され隔離されている人は、他の人に感染させる心配はないので、グループRに入ります。グループIに入る人は、まだ発見されずに「野放しになっている感染者」を指し、ここでは誤解を避けるため、以後は「市中感染者」と表現することにします。
SとIとRの人数は時間によって変化しますので、それぞれ時刻tの関数となります。SIRモデルはS、I、Rの人数の時間に対する変化を表した数式なのですが、高校数学程度の知識で、SとIの関係を導くことができます。(数学が得意な高校生向けの題材になります。)
そこから感染が終わった段階での死者数を求めるには、致死率と対象地域の人数と初期の情報が必要になります。初期の情報とは、観測開始の段階でS、Iの人数、観測開始の段階で1人の人が感染させる人数(これを基本再生産数といいR0で表します)のことです。
ここでは、仮に致死率を3%、最初の段階での市中感染者の割合を0.01%と定めます。
このもとで、何も対策をとらなかった場合のR0と最終死者数比Dの関係は次のグラフのようになります。
なお、致死率が1.5%になったとすれば、この表のDの値は半分になります。さて、このグラフでは、R0=2.5の場合、人口の2.7%、すなわち、320万人くらいが最終的に死亡することになりますが、これは西浦教授の試算(42万人)よりかなり多くなります。したがって、これとは違う設定を考えていたことになりますが、その設定の修正の一つについては後述します。
それよりも大切なことは、このグラフの形です。R0が1を超えるとDの値は急激に上昇します。ゆっくりと増えるのではありません。このようにR0が1を超えたあたりでは、少しの違いで大きく結果が異なりますので、今後は、その日ごとの一人の感染者が感染させる人数「実行再生産数」(RあるいはR(t)で表します)をできる限り早く対策を取り小さくすることが肝要なのです。
1人の市中感染者が多くの人に感染させないため、すなわち、実行再生産数を減らすために「すぐに」できることは大きく2つあって、一つは人と人の接触を減らすこと、もう一つは、できるだけ早く市中感染者を多く発見して隔離することなのです。
◆都道府県ごとの最終死亡者数の推定値
最初のSIRモデルでは、日本全国を一つのエリアとして考えていました。これは、北海道から沖縄まで人々が混ざり合う状況を想定しています。しかし、実際は他県への移動の自粛を要請されるなどの措置が取られていますので、都道府県ごとに分けて考えた方が現実の値に近づきます。
以下では、4月1日の各都道府県の人口、4月30日現在の感染者数と実行再生産数の推定値を元に、実行再生産数がこのままであった場合の各都道府県の今後の(これまでは含めない)最終死亡者数の予想数値を示します。使っているデータの数値が同じであれば、誰が計算しても同じ結果になりますので、使用している数値を公開しておきます。
都道府県の人口は「都道府県人口・面積・人口密度ランキング」(4月1日現在)、累計感染者数の人数は「COVID-19日本速報」(4月30日現在)、実行再生産数は「RtCovid-19Japan」の4月27日から5月1日までの最頻値の平均を採用しています。
なお、リアルタイムでの正確な実効再生産数を測るのは現実には不可能であることはご理解ください。また、鳥取県のように人口の少ない県では、実効再生産数の90%の信頼区間の幅が広いため(鳥取県は0~4.4程度)、真の値と最頻値との誤差も大きく、結果の予想値にもかなりの誤差を含んでいます。逆に東京都などの人口の多い都道府県では、実効再生産数は真の値に近い値が表示されていると考えられます。
念のため、使用した実効再生産数の最頻値を記しておきます。これはすでに述べたように、5月1日から5月6日までの6日間の最頻値の平均値です。(ここでは、小数第3位を四捨五入します。)★印のある都道県は、5月1日から5月6日の間に数値が0.5以上変動した(安定しない)地域です。また、赤字は数値が1を超える県です。
★北海道(0.53)、青森県(0.50)、秋田県(0.45)、岩手県(0.00)、山形県(0.73)、宮城県(0.43)、福島県(0.65)、新潟県(0.44)、茨城県(0.43)、栃木県(0.43)、群馬県(0.42)、埼玉県(0.36)、千葉県(0.33)、★東京都(0.85)、★神奈川県(0.56)、山梨県(0.44)、静岡県(0.51)、長野県(0.46)、富山県(0.55)、石川県(0.43)、福井県(0.45)、岐阜県(0.42)、愛知県(0.36)、三重県(0.46)、奈良県(0.45)、和歌山県(0.46)、滋賀県(0.44)、京都府(0.41)、大阪府(0.28)、兵庫県(0.35)、岡山県(0.39)、広島県(0.48)、鳥取県(2.11)、島根県(1.49)、山口県(0.37)、香川県(1.24)、愛媛県(0.51)、徳島県(0.47)、高知県(0.44)、福岡県(0.31)、佐賀県(0.73)、長崎県(0.41)、大分県(0.46)、熊本県(0.38)、宮崎県(0.46)、鹿児島県(0.62)、沖縄県(0.40)
以下は、5月6日の段階ですでに隔離された人数の2倍の市中感染者数がいる場合の今後追加される最終死亡者数の理論上の予想値です。例えば、東京都は5月6日の段階で4748人の感染が判明していましたので、まだ、発見されていない市中感染者が9496人いるとした場合の予想数値です。
【市中感染者数が判明分の2倍の場合】
全国39110人(最小ケース3423人)
北海道144人/青森県4人/岩手県0人/秋田県2人/宮城県12人/山形県17人/福島県16人
新潟県11人/富山県35人/石川県37人/福井県17人
栃木県7人/群馬県19人/茨城県23人/埼玉県113人/千葉県102人/東京都2011人/神奈川県189人
山梨県8人/長野県10人/静岡県11人/岐阜県20人/愛知県61人
三重県6人/奈良県12人/大阪府192人/和歌山県9人/滋賀県13人/京都府45人/兵庫県83人
鳥取県13736人(1.2:5230人、0.8:1人)/島根県11629人(1.2:6347人、0.8:1人)/岡山県3人/広島県24人/山口県5人
德島県1人/香川県10340人/愛媛県7人/高知県10人
大分県8人/福岡県76人/長崎県2人/佐賀県11人/熊本県6人/鹿児島県2人/宮崎県2人/沖縄県19人
図の中の数値で、鳥取県、島根県、香川県は実効再生産数(の最頻値)が大きいので数値が突出していますが、先ほども述べたように、実際は、鳥取県の実効再生産数の90%信頼区間は0~4.4、島根県は0~3.2、香川県は0~3.5のように幅が広いので最頻値だけでは正確な値は出ません。
特に、鳥取県は新型コロナ対策に成功している県と言われていますから、実際のところは最頻値周辺でなくもっと小さい可能性があります。そこで、参考として鳥取県と島根県は実効再生産数が1.2の場合と0.8の場合も記載しておきました。特に、鳥取県の場合は0.8よりも少なくなれば、今後死者は出ない可能性があります。香川県については、実効再生産数が0.8の場合を参考値として記入しておきました。さらに、全国の人数の「最小ケース」とは、この3県の実効再生産数を0.8とした場合の数値です。
このようにブレの大きい地域があることから、日本全国の最終的な死者数の予想は困難になります。
◆市中感染者がもっと多い場合の最終死亡者数
次に、市中感染者が隔離された人数の10倍いるとした場合の最終死亡者数です。例えば、東京都は5月6日の段階で4748人の感染が判明していますから、市中感染者が47480人いるとした場合の予想数値です。これは、西浦先生の「まだ市中には隔離された人数の10倍程度、未発見の感染者がいる」という発言を受けたものです。この場合も鳥取県、島根県、香川県では実効再生産数の誤差が大きいということで、参考値も同時に記しておきました。
【市中感染者数が判明分の10倍の場合】
北海道610人/青森県16人/岩手県0人/秋田県9人/宮城県49人/山形県78人/福島県103人
新潟県44人/富山県148人/石川県151人/福井県70人
栃木県31人/群馬県80人/茨城県94人/埼玉県455人/千葉県409人/東京都9003人/神奈川県807人
山梨県32人/長野県43人/静岡県47人/岐阜県82人/愛知県246人
三重県26人/奈良県49人/大阪府756人/和歌山県36人/滋賀県55人/京都府184人/兵庫県333人
鳥取県13736人(1.2:5233人、0.8:5人)人/島根県11635人(1.2:6369人、0.8:37人)/岡山県12人/広島県99人/山口県18人
德島県3人/香川県10361人(0.8:43人)/愛媛県31人/高知県42人
大分県35人/福岡県303人/長崎県9人/佐賀県51人/熊本県23人/鹿児島8人/宮崎県10人/沖縄県76人
◆検査の結果、5.9%が陽性という報道
今回は、数値を交えた未発表の結果を発表しました。そして、数式の取り扱いに慣れた人であれば辿れるように説明してきました。しかし、一部の新聞、テレビ番組においては、数値の取り扱いに慣れていないために、誤った報道がいくつも流れていることは残念です。4月だけでもかなり多くありましたが、特にひどいのは次のようなものでした。注意喚起の意味で説明しておきます。
4月30日の東京新聞の1面に、ある医師がPCR検査を『希望者』に対して行ない、その結果「一般市民」147名のうち7人(4.8%)が感染、医療従事者55名のうち5人(9.1%)が感染したとありました。そして、これを合計し、202名中12名が感染(5.9%に相当)と報道し、さらにあるテレビ局のニュースにおいて、5.9%が感染だから、東京都1390万人のうち82万人がすでに感染しているのではないかという報道がされました。
この報道についてもう少し詳しく調べました。この医師は、5500円でPCR検査を検査目的で実施できるから、希望者は検査しますと宣伝し、202名を抽出したのでした。
【出典】東京新聞<新型コロナ>抗体検査5.9%陽性 市中感染の可能性 都内の希望者200人調査
◆この報道の何がおかしいのか
これのどこがおかしいかを説明します。そもそも検査を受けたいと思う人は、何等かの体の不具合があるか、新型コロナが感染するような身に覚えのある人が多いのではないでしょうか。絶対、自分は心配はないという人は5500円を払ってまで検査はしないでしょう。
すなわち、「自分は感染しているかも」という人が受けると、その中の一般の人では4.8%感染していたということですので、市中感染率はこれよりは断然に低いはずです。注意すべきは、「『無作為に』集めた一般市民147名と医療従事者55名」ではないのです。
しかも、最終的には、一般市民と医療従事者を混ぜて感染率をはじき出しています。これでは高く出るのは当然です。これを流した報道の罪はかなり重いと思います。なお、この件を報道した番組内では、このデータのおかしさに気がつく人はいませんでした。
このような数値の悪用の仕方は、例えば喫煙者が多いような場所(パチンコ店、場外馬券場など)であえて喫煙者の割合を求め、その割合で国民全体の喫煙者を予想するようなものなのです。この方法をとると日本で1億人近い人が喫煙していることになるのではないでしょうか。
このような数値の悪用あるいは不注意によるミスを報道しないために、数値を扱った報道をする方に知ってもらいたいのは、次のようなことです。
・番組内のスタッフ、コメンテーターには少なくとも一人は数に強い人をいれるべき。(全員とは言いません)
・医学博士、感染症の専門家、医師は医療については知識をもっているが、数値の取り扱いについてまでプロであると思ってはならない。むしろ統計の専門家が的確に教えてくれる。(もちろん、医学博士の中には数値の取り扱いに慣れている人も多数います。)
<文/清史弘>
【清史弘】
せいふみひろ●Twitter ID:@f_sei。数学教育研究所代表取締役・認定NPO法人数理の翼顧問・予備校講師・作曲家。小学校、中学校、高校、大学、塾、予備校で教壇に立った経験をもつ数学教育の研究者。著書は30冊以上に及ぶ受験参考書と数学小説「数学の幸せ物語(前編・後編)」(現代数学社) 、数学雑誌「数学の翼」(数学教育研究所) 等。