検察庁法改正案への抗議の声に水を差す人が知っておくべき、今改正案の問題点

検察庁法改正案に関して、今までの政治的テーマで類を見ないほどの大きな反発が起きています。

もちろん、「コロナ下で何をやっているんだ」という声や、政府のコロナ対応に対する反発も、一定程度あるでしょう。しかし、ここではその「コロナ下で成立させるべき法案なのか?」という点は一旦脇において、今回の改正案に関する問題を、国会の審議を踏まえながらまとめたいと思います。

◆そもそも検察庁法改正案とはなにか、なぜ問題視されているのか

今回の検察庁法改正案は、いわゆる「束ね法案」(複数法案を一括審議すること)であり、「国家公務員法等の一部を改正する法律案」の法案の一部、ということになっています(束ね法案であることの問題点は別項で説明します)。

この中で検察庁法の改正に関わる法案も膨大になるのですが、今回問題になっているのは下記の条文です。

簡単に言えば、検事の定年に関して、内閣の裁量で自由に役職定年の延長ができる。という法律です。

◆なぜ今回改正されようとしているのか?

国家公務員の定年は国家公務員法で規定されており、検察官の定年は検察庁法により規定されています。

今回、国家公務員法を改正し、国家公務員の定年を段階的に65歳に引き上げられる中で、束ねで検察庁法の改正案も盛り込まれている形です。

実は、国家公務員法の改正自体は野党含めて殆どの会派が賛成しています。

◆この問題の発端はなにか

発端となったのは、黒川弘務東京高検検事長の定年延長問題です。黒川検事長は、本来今年2月に定年を迎えるはずでした。

しかし、なぜか特例的に定年延長され、慣例から言えばそのまま検事総長に就任するのではないか?と推察されています。

実際、この問題は、本来メリットを受けるはずの検察からも異論が上がっています。

実は、与党議員もこれについて積極的に賛成する声は殆ど聞こえません。まるで嵐が過ぎ去るのを待っているかのように、無言です。

つまり、この法案は、これほど世間の悪評を立てていながら、森法務大臣と安倍総理大臣以外にほとんど誰も「擁護」していない法案なのです。

◆国家公務員法と検察庁法がなぜ分かれているか

そもそも、国家公務員の定年自体は国家公務員法により定められています。ではなぜ、国家公務員法とは別に検察庁法において規定が定められているかというと、検察が政府から一定の独立性を担保するためです。

検察庁法の十四条に下記のような条文があります。

大前提として言えば、検察は行政府に属する機関です。検事総長の任命権者は内閣であり、法務大臣の指揮権のもとにあります。つまり、いわゆる「三権分立」の問題から言えば、同じ行政の話です。

では、なぜこの問題が「三権分立の問題」として語られているのでしょうか。それは、日本における検察の役割は、実質的に司法権まで踏み込んでいるといえるからです。

◆なぜ検察が司法権の一部を担っていると言えるのか

日本の起訴後有罪率は99.9%。起訴されればほぼ有罪です。つまり、刑事弁護の被告人にとって、無罪を取れるかどうかよりも遥かに重要なのは起訴されるかどうかです。

同じように、2018年のデータで逮捕状が却下される確率も0.34%。勾留却下率も(最近上がっているとはいえ)5%程度です。

このような状況において、刑事司法において裁判所は厳格に検察から独立しているとはとても言えません。つまり、実質的に検察は司法権の一部を担っているのです。

この事は極めて大きな問題ではありますが、一旦おいておきましょう。

このような現状で、司法府が独立しているから、検察庁の独立性に気を配らなくてもいいというのは、木を見て森を見ない議論です。

検察は、ロッキード事件、昨今で言えばカジノ汚職などをなどを見ても明らかなように、大臣や政治家を逮捕する可能性がある機関です。

そのような機関の指揮監督を行うポストに関して、内閣の裁量で定年を自由に操作できるというのは極めて大きな問題です。

ましてや、実質的に司法が機能していない日本の現状の中で、検察の独立性が失われることは、権力分立の原則から言っても危機的状況と言えるでしょう。

◆国家公務員法の適用に関わる問題

ややこしい話なのですが、そもそも政府は黒川検事長の定年延長に関して「国家公務員法の規定が適用される」と主張してきました。

“昭和五十六年当時と比べ、社会経済情勢は大きく変化し、多様化、複雑化しており、これに伴い犯罪の性質も複雑困難化している中、検察官においても、業務の性質上、退職等による担当者の交代が当該業務の継続的遂行に重大な障害を生ずることが一般の国家公務員と同様にあると考えて、昨年十月末頃時点の考え方とは別の視点から、検察官にも国家公務員法上の勤務延長制度の適用があるとの見解に至ったものでございます。(参議院法務委員会 令和2年4月2日 森まさこ 法務大臣の答弁)

しかし、当たり前の話ですが、わざわざ国家公務員法の規定と検察庁法の規定を分けている以上(国家公務員法のほうが広い概念なので)、従来の政府見解では、国家公務員法の規定が検察庁法に規定されるわけがない、としていました。

国家公務員法の適用が可能なら、検察官も国家公務員である以上、検察庁法でわざわざ定める必要がないですよね。

“今御指摘の資料の中に掲載してあります資料の中に、検察官に国家公務員法の勤務延長の規定が適用できる旨の記載がなされたものはございません。“(参議院法務委員会 令和2年4月2日 川原隆司 法務省刑事局長の答弁)

これを、書類を残さずに「口頭で」決済したとされたことが、国会でも大問題になりました。検事長の定年延長に関して、「できない」としていたものを、「あ、昨日話して、出来るという解釈に変えました!」と一夜にして変更してしまった訳です。

“ここには当たらないと解釈をしましたけれども、口頭の決裁、つまり、内閣法制局等と協議するに当たり、事務次官まで確認をして、その内容を了解をしているものと承知をしております。“(衆議院 予算委員会 令和2年2月26日 森まさこ 法務大臣の答弁)

法律の条文をどう解釈するかというのは政府にとっては極めて重要であり、一夜にして法令の解釈を、書類を残さずに行うというのは、文書主義の役所でも絶対にありえない話です。

とりわけ、検察という、一定の独立性を必要とする組織で、このようにデュー・プロセスを欠いた法の執行が行われることは由々しき事態です。

◆名人芸的技能とはなにか

実は、職員の勤務延長に関して、人事院にはきちんと規則があります。いくつかありますが、黒川検事長に適用されるのは下記の条文です。

もちろん、検事長まで出世されるということは、非常に優秀な方なのだと思います。

しかし、検事長のポストにおける「名人芸的技能」とはなんでしょうか? 政府は全くこの点についても答弁せず、「他で得難い人材」という答弁を壊れたテープレコーダーのように繰り返すばかりです。

◆なぜ検察庁法を改正する必要があるのかの問題

少し露悪的に言えば、国家公務員法の規定が「本当に」検察にも適用できるなら、検察庁法の改正など必要ないわけです。

しかし、わざわざこのあとに検察庁法の改正案を束ねで盛り込むというのは、結局の所黒川検事長の定年延長が「ウルトラC」であるということを認めているのです。

つまり、もし本当に検察庁法を改正するなら、まず黒川検事長が不適切に検事長の座にいることを認め、辞任していただいた後に議論するのが筋です。

◆審議過程における、憲政史に残るずさんさ

前述したとおり、この法案は「束ね法案」です。束ね法案によって何が起きたかというと、議論される委員会が法務委員会ではなく、内閣委員会で、国家公務員法の改正と一緒になっています。

更に、束ね法案だから、という理由だからか、内閣委員会では森法務大臣の出席すら認められませんでした。

束ね法案自体が筋悪です。野党は国家公務員法の改正そのものには賛成しているわけなので、与野党合意が得られる法律は、コロナ下なので速やかに成立させ、野党や世論の了解が得られない法案は、別途充分に時間が取れる時に審議する必要があるでしょう。

しかも、金曜日に審議入りして実質審議一日で委員会採決なら、ほぼ「審議せず通せ」と言っているに等しいものです。

これは、唯一の立法機関である国会をコケにしているし、国民の付託を受けた立法府議員をコケにしている、適正な手続きなど皆無の審議姿勢です。与党理事や議員は、自分たちの存在価値を何だと思っているのでしょうか。

与党議員にとって、理事や委員、委員長のポストは、大臣になるための「順番待ち」かなにかなのでしょうか。議員の仕事にひとかけらでも誇りはないのか、と言いたくなります。

◆最後に

#検察庁法改正法案に抗議します のハッシュタグが盛り上がると、「よくわからないのに反対している」という批判が上がりました。たしかに、法の条文を全て理解している人は少数でしょう。

しかし、そもそも、丁寧な審議を通じて国民に法改正の必要性を説明するのが、政府の役割です。このように拙速な審議で国民が理解できていないのは当然です。

そもそも、法の立て付け自体がぐちゃぐちゃな上、ウルトラCで解釈変更した上で後付で法改正を行うなど、立法機関としての存在意義を問われる自体です。

政府が一旦法案を引っ込め、黒川検事長の辞任後にあらためて国民に対して丁寧な説明を果たされることを期待しています。

【遠藤結万】

えんどう・ゆうま(Twitter ID:@yumaendo)●早稲田大学卒業後、グーグル株式会社(現グーグル合同会社)に入社。中小企業向けセールスとアジア太平洋地域の分析を担当。退社後、CMO株式会社を設立し、インハウス化やマーケティング戦略支援、マーケティング教育などを手がける。デジタルマーケティングについてなどを「ブログ」にて執筆・公開中。著書に『世界基準で学べる エッセンシャル・デジタルマーケティング』(技術評論社)