東京大学中退という異色な経歴を持ちながら、明晰な頭脳を生かしマルチに活躍するラッパー・ダースレイダー(43)。
この連載では現代日本で起きている政治や社会の問題に斬り込む。今回は、7月5日に投開票を迎える東京都知事選について。
実は今回、史上最多となる22人が立候補している。「なんとなく盛り上がりに欠ける」という声もあるなか、若者は都知事選をどう見ていけばいいのか解説してもらった。
◆小国レベルの都市のトップを決める
――コロナショックの最中に行われる都知事選。正直誰を選んでいいかわからないという若者も多いと思いますが、ダースさんはどう見ていますか?
ダースレイダー:7月5日に投票があり、それまでに期日前投票もできます。僕は東京都杉並区に住んでいるので有権者です。東京都は日本の首都であり、小さな国レベルの莫大なお金を持ち、1400万人以上の人が集まる巨大都市です。
渋谷、新宿、浅草、下北沢など多様な街があり、東京がどんな都市か一言で表すのはほぼ不可能。場所によってカラーが違いますし、いる人の歴史もかなり違うという意味では、東京都知事というものがいかにスケールの大きい仕事をしなければならないか、容易に想像できます。
でも仕事内容を想像するのは非常に困難だと思います。一人の人間がどこまで見れるのかという問題はあると思いますが、都知事が東京都の行政のトップとして仕事をすることになるのは間違いありません。
任期は4年間で、2016年から都知事を務めてきたのが小池百合子氏。小池氏は今回も立候補している。つまり「あと4年やるよ」と言っています。都知事というのは、被選挙権といって「日本国民で満30歳以上であること」という条件を満たせばだれでも立候補できます。しかし、都知事選は300万円の供託金というものを提出して、有権者の1割以上の得票がないと没収になってしまう。
300万円というのは結構ハードルが高いと思うんですけど、僕はこれだけのお金を持っていないと立候補できないのはおかしいと思っています。正義感の強い倫理的な人が当選しない限り、この制度は続くでしょう。
◆都民はすでに選挙の“エントリー費”を払っている
ダースレイダー:2020年都知事選では22人が立候補しています。全員300万円の供託金を払うという同じ条件で立候補しています。この“ゲーム”のエントリー費は一緒です。ちなみにエントリーしているのは、もちろん立候補した人だけではありません。普段、都民税を払っているわれわれ東京都民全員も、投票する側としてゲームへのエントリーは済んでいます。
ゲームは6月18日の告示日に始まって、7月5日の開票日までの間、開催されています。プレイ方法は、22人の候補者から誰か一人を選んで投票する。誰に投票したのか言う必要もなく、自分が選んだ人の名前を書いて投票箱に入れればそれで終わりです。住んでいる場所の近くに投票所は必ずあるので、ものの5分で済む作業ですが、ものの5分で終わる作業で今後4年間、東京の行政を担う人を選ぶわけです。
ここで今までの4年間が大事になってきます。小池氏が立候補している以上、今回の都知事選で最初に考えなきゃいけないのが小池氏がちゃんと仕事したのか、公約を達成したのか、立候補時に話題になっていた築地問題はどうなったのか、評価する必要があります。
まずは現職の採点をしてから、現職を含め誰に投票すればいいのか考えるのがいいと思います。まずは22人の中で現職の人にだけちょっと別扱いというか、今までどう仕事してきたのか評価する必要があります。
◆現職・小池百合子氏が何をしてきたか
『女帝 小池百合子』(石井妙子著、文藝春秋)
ダースレイダー:ちなみに現職の人柄、仕事ぶり、考え方がわかる参考書があります。ノンフィクション作家の石井妙子氏が書いた『女帝 小池百合子』(文藝春秋)です。この本は、現職をチェックしてから都知事選に挑むための参考書として、大変推薦したい一冊です。
これを読んだうえで東京のこれまでの4年間、オリンピックに対してどう取り組んでいたのか考えてみる。暑さ対策とかしてたけど、編み笠みたいなものを被った人を広報に使っていたり、朝顔を植えようとか、いろいろなアイディアが出てたと思います。
その中で僕がずっと注目していた公約が「満員電車ゼロ」というもの。確かに満員電車は嫌ですから。世界的に有名な東京の満員電車をどう改善するのか、非常に注目していたんですが、これに対して、小池氏が早い時期から出していた案は「2階建ての電車を作ろう」というものでした。これは今のところ走っていません。ちなみに、小池氏がなぜ満員電車をなくそうとしているかというと、学生のころ、満員電車に乗っているときに、ぎゅうぎゅうすぎてつい降りる駅を間違えてしまい、それがトラウマになっているらしい。それが嫌すぎて、結果アラブまで行ってしまいました、みたいな。
ここで『女帝 小池百合子』でも話題になっているカイロ大学首席卒業をめぐる経歴詐称疑惑。首席というのはどうも本人の勘違いで、当時の先生に「非常に良い成績」と言われてうれしくなって著書に書いてしまったらしい。そんなことあるんだと。僕は東大中退なんですけど、“首席で中退”したことにしようかな? なんて思ったりしますが。
現時点では、本人は「カイロ大学を卒業しましたよ」と言って、大学側も正式に卒業したと言っている。大学側がわざわざ公式に言ってくれるって、なんて優しい大学なんだと思いますが、その卒業証書が公開されてもなお、経歴詐称疑惑が出ています。
◆小池氏が“やらなかったこと”にも目を向ける
ダースレイダー:日刊ゲンダイの記者さんがTwitterで「肩幅と顔のバランスおかしくないですか」とか、「裏から見ると写真が合成されているように見える」みたいな検証をしていて、これも科捜研みたいで非常に面白いので見てみるといいと思います。
少なくともそういった小ネタ以外にも「そもそもこの人って何をしたんだっけ」と考えてみてください。「バンクシーのネズミの絵の横でしゃがんで写真を撮っていたな」くらいしか、僕は思いつかなかったですけど。
関東大震災のときに犠牲になった在日朝鮮人の方の追悼式典では毎年、歴代都知事が追悼文を送ってきましたが、小池氏は就任の翌年から送っていません。これは非常に問題です。今までの都知事は追悼文を送っているので、保守という視点からも疑問です。
自分たちがどうのような歴史をたどってきたのか、東京が何の上に成り立っているのかということを考えたときに「二度と繰り返してはいけない」という言葉を軽々しく使う人が多いですが、本当にあってはならないことが起きてしまったのが、関東大震災時のデマによる朝鮮人の虐殺事件です。これに対して向き合わない、なかったことにする態度を取ったのは東京都知事としてやってはいけないことだと僕は思います。その後のネットでの公開討論でも虐殺については「さまざまな事情」という表現を使って、直接言及するのを避けています。
◆メディアで取り上げられない候補者の存在
2020年東京都知事選の選挙ポスター掲示板
ダースレイダー:先ほど言ったように、選挙は300万円の供託金を支払って全員が同じ条件でエントリーしています。22人いるのに、どうも大手マスコミを見ると“主要候補5人”みたいな言い方をして、まるでその人たちしか選挙をやっていないかのような錯覚を招いている。フリーランスライターの畠山理仁氏は、メディアに取り上げられないような候補にスポットを当てた『黙殺』(集英社)という本を出しています。
近所の選挙掲示板にはポスターがずらっとあるけど、案外全員揃っていない。なぜなら東京都内に1万4000か所ほどある全掲示板に貼るには相当の資金力、人手がかかるから。これがなかなか賄えない。既に300万円払っているので、スタッフを雇う余裕がない候補もいるわけで、なかなか全員のポスターが揃うことはありません。
でも、都知事選というゲームにエントリーしたからには22人候補それぞれの政策を見比べていただきたいと思います。僕の娘が小学生なのですが、小学生の間で話題になっているのはどの候補かと思ったら、国民主権党でした。今回の都知事選のために作られた政党で、出馬したのは平塚正幸候補。「コロナはただの風邪」と、大々的にポスターに掲げていてですね……。この宣言、子供とって非常にキャッチーなんでしょうね。
◆多彩な候補。スーパークレイジー君、ホリエモン新党…
※画像はイメージです(以下、同じ)
ダースレイダー:どんな公約を出そうが候補者の自由だし、どんな立場を表明して出てこようが自由。ホリエモン新党という、堀江貴文氏のニックネームを冠した政党が立ち上がっていて、立候補していない堀江氏の顔写真を使っていたり。
2014年、2016年の国政選挙のときには「支持政党なし」という政党名での立候補がありました。特に支持政党がない人はここに入れればいいのかと思ってしまうようなポスターを貼っていた。ポスターは、本人の写真でないモノを貼れるというのがポイントで、これを踏まえて見る必要があります。
平塚氏は「コロナはただの風邪」と言っているんですが、石井均候補は「新型コロナの治療薬・予防薬を開発した」ということを一番に主張しています。
「スーパークレイジー君」代表の西本誠候補は「百合子か俺か」みたいなポスターを作ってアンパンマンマーチをかけながらあちこちをまわり、Instagramを中心に選挙活動をして、ダンスパフォーマンスをしたり、武勇伝をYouTubeで公開したりしているので、見てみるのもいいと思います。
彼らのような候補を畠山氏は「無頼系独立候補」と呼んでいるんですけど、代表的な存在としてスマイル党のマック赤坂という方がいます(現在、東京都港区議会議員)。今回、そのマック赤坂氏の秘書の込山洋氏も立候補しています。
◆国政野党が支持する宇都宮健児・山本太郎
ダースレイダー:現職が出ている中で、国政野党が推薦する形で立候補しているのが、宇都宮健児候補。2016年の都知事選では野党統一候補に鳥越俊太郎氏がなるってことで降りていたんですが、2014年の選挙では挑戦している弁護士の方です。弁護士としては、豊田商事事件や地下鉄サリン事件など、かなりハードコアな事件を担当しています。
北野武映画の名作『その男 狂暴につき』のイメージをそのままインスパイアした『この男 実直につき』というかっこいいポスターを支援者の人が作っています。宇都宮氏は東京都を具体的にどうするかを示した49ページにわたる分厚い「政策集」を出しているので、見てみるといいと思います。
野党が支援する候補は宇都宮氏だけかと思いきや、ギリギリになってれいわ新選組の山本太郎候補が立候補を表明し、野党から支持者の多い候補が2人出てきたという状況になっています。
山本氏は2019年の参議院選挙で、2人の重度身体障害者を当選させるなど、非常に大きな“うねり”を作りました。もともと国会議員であり、総理大臣になることを目標として議員候補者を集めるというのがれいわ新選組のそもそもの党規約だったのですが、一転して都知事に挑戦すると。非常に支持者が多いので、街宣活動をすると、聴衆がわっと集まってきてとにかく盛り上がる。
演説を見ると、東京都の政策というガワを使いつつも国政を見ているんだなという内容の話をしている。国レベルでやらないといけないことを話していると感じます。
◆「倫理観」を見極めることがカギ
ダースレイダー:そんななか、2019年7月参院選で立憲民主党が獲得した比例8議席の最下位として国会に入った元格闘家の須藤元気氏が、党が支持する宇都宮氏ではなく山本氏の応援活動をしています。須藤氏は山本氏を応援するために離党届を出しましたが、受理されていません。
ここで僕は、今回の都知事選において「誰に入れたらいいかわからない」という人の、考え方のひとつのベースになるのは「倫理観」だと思っています。倫理観というのは自分の中から出てくる「これをやっちゃいけないだろう」「これをやるべきだ」という線引きであり、自分の行動の指針になるもの。須藤氏は党の力で議席を取ったわけで、山本氏を応援したいのであれば、当然票をもらった源泉である立憲民主党に議席を返すのが倫理的な行動だと思んですが。
ただ、返さなくても違法性はありません。違法じゃなければやっていいのかという判断は、それぞれの倫理観に託されます。ポスターの話も一緒です。ポスターには何を使ってもいいと言われているなかで何をするかも、やはり、倫理観によります。
今はコロナ禍で街頭演説は難しい。それでもやっぱり直接人に会って訴えかけたいと思うのか、人を集めるのは良くないと思うのか。ネット選挙ができない中で、オンラインでしか自分の政策活動を発表しないのか。それが果たして東京都民に向き合っていることになるのか。さまざまな考え方がありますが「政治家としての倫理観があるのか」が大きなカギになると思います。
◆選挙は「自分への表現」でもある
ダースレイダー:もともと倫理観とは「common sense」といって、言葉にしなくとも全員が持っている共通見解。都知事選では都民の倫理観がどれだけ失われてしまっているのか、そもそもあるのか、ということもわかる。
共通の感覚がない人を集めて一つの社会を作っていくのは、また別の困難になっていく。それをやる覚悟があるのか。人びとに東京という共通の感覚が存在するのか。共通の感覚が残っているとしたら、それを維持すべきなのか、拡大するのか、あるいは書き換えてしまうのか? そのあたりを考えながら候補選びをするのがいいかと思います。
「どうせ当選しないのだから、この候補には投票しない」とは、僕は考えていません。選挙というのは自分がこのときに誰の考えを支持したのかという、自分自身の観察点。定点観測。
その記録のために、投票行動は大事になってくる。結果が伴えば、それは嬉しいけど「自分は今こう考えているんだ」と、自分に向かって表現するという意味でも、選挙に行くのは大事だと思います。
みなさん、エントリー費はすでに払っているので、あとはどう遊ぶかだけ。22人の候補から誰かを選ぶのは、もちろん難しかったり、どうしたらいいかわからないこともあると思いますが、考える手掛かりはいろいろあるんじゃないかな。
そして、実は選挙権を持たない人たち、例えば18歳未満の東京都民の4年間はエントリーした僕たちの行動に委ねられています。そうした人々はエントリーしてるのに行動しない人を見かけたらふざけんな! と言う資格はありますよね。
ちなみにライブハウス、クラブに縁のある方は「SaveOurSpace」という団体が小池氏、宇都宮氏、山本氏、小野泰輔氏に対してライブハウスやクラブに関する対応についてアンケートをしているので、見てみると参考になるかもしれません。
<構成/鴨居理子 撮影/山口康仁>
1977年パリでまれ、幼少期をロンドンで過ごす。東京学に学するも、ラップ活動に傾倒し中退。2010年6に脳梗塞で倒れ合併症で左を失明するも、現在は司会や執筆と様々な活動を続けている。