大物幹部も“音信不通”、銃撃事件直後に寝返り…神戸山口組の瓦解で危惧される「新たな抗争」

「若頭の刺傷からガタガタし始めた」名門・山健組が神戸山口組から独立宣言《勾留中の組長が指令》 から続く
山口組内だけでなく、暴力団業界の「ブランド」とされてきた「山健組」が今年8月、神戸山口組から離脱、独立したことに波紋が広がっている。
こうした状況下で、憶測を呼んでいる人事がある。山健組の離脱直前となる8月上旬、神戸山口組では最高幹部である正木組組長の正木年男、黒誠会会長の剣政和が「引退」したのだ。
神戸山口組はすでに「引退御通知」とのタイトルの書面を同組執行部名で暴力団業界に通知している。正木組、黒誠会の双方は神戸山口組の結成時のメンバー。正木はいまや神戸側から連絡がつかない「音信不通」の状態だという情報もある。
山口組分裂をめぐる対立の構図が複雑な形になるばかりで、警察当局は新たな抗争事件の発生を危惧している。(全2回の2回目/ 前編 から続く)
最高幹部への「引退御通知」
山口組は2015年8月に分裂し、離脱した13組織が神戸山口組を結成し対立の構図が生まれた。6代目山口組組長の司忍ら執行部はこの際に、離脱した13組織の代表者のうち山健組組長の井上邦雄や正木組組長の正木ら5人を最も重い「絶縁」としたほか、黒誠会会長の剣ら8人を「破門」とする処分を下した。
分裂以前、井上は6代目山口組本体の「若頭補佐」、正木は「舎弟」、剣は「幹部」と、いずれも最高幹部たちだった。剣が務めていた「幹部」という役職は若頭補佐に次ぐ山口組内の正式な呼称で、分裂直前は剣ら10人が就いていた。
引退が明らかになった正木は、1989年に渡辺芳則が5代目山口組組長に就任して新体制が発足後すぐに、直参と呼ばれる直系組長に取り立てられ、その後は渡辺の秘書として活動。6代目体制に移行後は若頭補佐という最高幹部の一角を占めていた。警察当局は分裂時、山健組の井上が離脱グループのリーダー、宅見組組長の入江禎と正木が参謀格とみていた。
山口組、神戸山口組の双方の事情に詳しい指定暴力団幹部が、正木らの引退について述べる。
「正木は5代目体制の最初のころに直参になった、キャリアが長い最高幹部。6代目体制になっても重用されていたので分裂で神戸山口組に移った時は驚いた。しかし、最近は神戸山口組の幹部が相次いで離脱しているため、正木も先々のことを考えたのだろう。離脱にさほどの驚きはなかった。正木と同様に、黒誠会も5代目時代からの名門と言ってもよいのではないか。しかし、黒誠会は最近、組織と呼べるような状態ではなく、影響はさほど大きくないはずだ」
つまり正木も剣も、神戸山口組の行く末を案じて、早めに退いたというわけだ。とはいえ、正木、剣自身が「引退」したからといって、安心できるわけではない。2015年8月、6代目山口組を離脱した際に「絶縁」「破門」となっているためだ。首都圏の警察本部で組織犯罪対策を担当している捜査幹部が語る。
「神戸山口組は正木と剣を引退したと認めたかもしれないが、6代目山口組としては認めないだろう。認めないどころか、『いまだに許すわけにはいかない相手』と考えているのではないか」
警察当局は、引き続き2人についても情報収集が欠かせないという。
2年前の「有力組織の離脱」が痛手だった
最高幹部も去ることになった神戸山口組の現状について、前出の指定暴力団幹部は次のように指摘する。
「ここに至るまでの間では、2年前の山健組からの兼一(かねいち)会の離脱が大きかったのではないか」
兼一会は、神戸山口組の中核・山健組内でナンバー3の地位にあった組織。ところが、同じ神戸山口組の太田興業との間で大阪市内でのシノギ(資金獲得活動)をめぐりトラブルになっていた。太田興業を率いる太田守正は元々、山健組の最高幹部を務め、分裂前の6代目山口組でも直参として活動した業界の重鎮だった。
双方の間で話し合いが持たれたが、こうした力関係もあって決裂。神戸山口組は、兼一会会長の植野雄仁を「絶縁」処分とした。兼一会はその後、思い切った動きを見せる。対立していたはずの6代目山口組に加入するのだ。現在では、6代目山口組の直参として活動している。
前出の指定暴力団幹部は「兼一会はカネが潤沢だし、若い衆もたくさんいる。兼一会の離脱あたりから、神戸側の迷走ぶりが加速した」と指摘する。
兼一会とトラブルとなった太田興業も2019年12月、引退を宣言。神戸山口組は、2つの有力組織を失うことになった。組織犯罪を担当していた当時の警察庁幹部が振り返る。
「兼一会が神戸山口組から離脱しただけでなく、その後、山口組側に加入したことで、神戸側は痛手が大きかった。離脱したというだけならまだしも、対立している相手側を利することになってしまった」
8月にも神戸側から6代目側に移籍した組織が
この8月にも神戸側から6代目側に移った組織がある。
8月15日、山口県岩国市で、神戸山口組系木村会幹部の前原順一が銃撃されて重傷を負った事件があった。逮捕されたのは、6代目山口組系竹中組幹部だった。
竹中組といえば昨年11月、尼崎市内で神戸山口組系幹部の古川恵一を、かつて米軍で公式採用されていたM16という自動小銃で数十発を乱射して殺害した朝比奈久徳が所属していたことでも知られる。この事件は多くの買い物客が行きかう尼崎の商店街で発生したため、巻き添えを危惧する一般市民から非難の声が聞かれた。
ところが、8月15日に6代目山口組系竹中組幹部に銃撃された神戸山口組系木村会が、事件から間を置かず8月下旬に神戸山口組を離脱しただけでなく、背景事情は不明だが、山口組直参の傘下組織への加入が認められ、すでに移籍しているのだ。
度重なる離脱で「暴対法の規制外」に
度重なる山口組系団体の離脱に、警察当局が頭を悩ませているのが、「指定暴力団」の指定が後手に回ってしまうことだ。
指定暴力団として指定されると、縄張り内の飲食店などからのみかじめ料と呼ばれる用心棒代の徴収の中止命令や、対立抗争事件発生時の事務所の使用制限など暴力団対策法上の規制の対象となる。しかし、指定するには、
(1)暴力団の威力を用いて資金を獲得している (2)犯罪歴がある組員が一定以上の比率を占めている (3)組長をトップとして傘下組織がピラミッド型の組織形態となっている
といった3要件が必要となり、その指定作業は煩雑なものだ。
これまでも、6代目山口組から神戸山口組が離脱した際には、警察当局が神戸側について暴対法に基づく指定暴力団とするべく急ピッチで指定作業を進めた。2017年4月には、山健組副組長だった織田絆誠が大量の組員を引き連れて離脱し、任侠団体山口組(現・絆会)を設立した際にも、同様にスピード指定にこぎつけ、同法上の規制の対象とした経緯がある。
今回、山健組が神戸山口組を離脱して独立した組織として活動することになると、改めて「指定暴力団」としての規制が必要となる。神戸山口組を今年7月に離脱した池田組についても、絆会と活動を共にする動きを見せているが合流したわけではなく、独立した組織である以上、指定作業の対象にすることが必要だ。
組織犯罪対策を担ってきた警察庁の元幹部がこれまでの経緯を語る。
「指定暴力団傘下の一部組織が離脱すれば、暴対法上の規制対象外となってしまう。そのため、離脱組織についても『指定暴力団』として規制の対象とすべきという議論は前からあったが、これには法改正が必要になってくる。
5年前の6代目山口組分裂時にもこうした議論はあったが、まずは目先の神戸山口組の指定作業を早く進めて活動を規制しろ、という判断が下されて法改正の議論にまでは至らなかった。しかし、このように分裂が続くと、どこかで結論を出さなければならないだろう」
暴対法が施行されたのは1992年。当時バブル経済は終息していたとはいえ、好景気の余韻は残っており暴力団業界も表経済の恩恵を受けていた。多くの暴力団組織で分裂といった事態は想定外だった。
しかし、バブル崩壊後の景気低迷と2011年10月までに全国で整備された暴力団排除条例などで暴力団業界は経済活動がひっ迫していることで新たな事態を迎えた。
相次ぐ分裂、離脱で不備が明らかになった暴対法をどのように変えていくか。警察当局にも新たな課題が山積している。(敬称略)
(尾島 正洋/Webオリジナル(特集班))