首相就任への「Go To キャンペーン」の真実 ビジネス雑誌連載から読み解く菅新総理の腹の内

衝撃のニュースが飛び込んできた。
『人生相談マニア菅首相 プレジデント連載終了』(日刊スポーツ9月25日)である。
現職官房長官の人生相談として永田町で話題を呼んでいたビジネス誌「プレジデント」の「菅義偉の戦略的人生相談」が、10月16日号で終了。
はー。私は唸ってしまった。「計画通りなんじゃないか」と。
「人生相談」は首相就任への戦略的キャンペーン?
首相就任で多忙を極めてきたため「無念の中断となった」と記事にあるがそれは表向きだろう。今回の連載は最初から菅義偉の首相就任へのGo Toキャンペーンにみえて仕方なかったのだ。
それほど「菅義偉の戦略的人生相談」は戦略的だった。
ではその過程を振り返ってみたい。
菅氏は読売新聞の「人生案内」を高校時代から愛読していた。人生相談コーナーを読むことで人々の生活実態や時代の空気を読み取ることができるという。私も「人生案内」の印象深い相談はスクラップしているので紹介しよう。
「結婚30年以上 夫が憎い」(9月1日)
「義母と義姉の行動が憎い」(2月3日)
「手土産 もらうのが苦痛」(1月26日)
これで時代の空気を読み取れるかどうかわからないが、菅氏は自分ならこの相談にどう答えるかを考えるのを毎朝の楽しみと公言してきた。
すると「プレジデント」(5月15日号)から連載が始まったのである。
新型コロナ対応で存在感が微妙だった2月以降、連載スタート
このタイミングにしみじみした。なぜなら連載初回の発売日は4月24日。これは2月過ぎからの新型コロナウイルス対応で、菅氏の官邸内での存在感が微妙だった期間である。
たとえば、「一律10万円給付 危機管理対応に変化の兆し 菅氏の関与見えにくく」(日経4月21日)
菅氏としては大ピンチの頃だ。さらにポスト安倍を目指すならそろそろ何か「活動」をしないといけない。菅氏の巻き返しがあるはずと私は思っていた。すると雑誌「プレジデント」で人生相談を始めた。
アイドルや女優のヌード写真集と同じく、連載オファーを承諾した時期と意思に注目したい。菅氏は露出という名のヌードを決断して世間にアピールを再開し始めたように見えた。
第1回から件の“たたき上げエピソード”
連載の第1回は「もう会社を辞めてもいいですか」という新入社員の相談に《(自分も)漠然と「東京に行けばいいことがあるはずだ」と思って上京しましたが、現実はそんなに甘くはありませんでした。》と回答。そして、
「私は秋田の生まれですが、当時農家の長男坊は皆、家業を継いでいました」という例のたたき上げエピソードが長々と始まる。
総裁選ですっかり聞きなれた方も多いと思うが、実は4月末からこのプロフィールトークを菅氏はあらためて大声で言い始めていたのである。どう考えても「布石」である。
第3回「時には『嫌われる勇気』が必要です」
第3回はすごかった。質問は「プロジェクト内の部下が不仲。上司としてどうすべきでしょうか」(6月12日号)。
菅氏のお答えをまとめると《時には「嫌われる勇気」が必要です。リーダーが「いい人」では物事が進みません。》
これって当時の官邸内での菅氏の立場そのものではないか? まるで自分を鼓舞したようだった。
そして《言ってもダメならその部下にプロジェクトを外れてもらうこともやむをえません。》とも!
質問者に答えるという形をとりつつ、これは「霞が関」に言っていないだろうか。
菅氏はここで思いきり各方面につぶやいて”いたのである。間違いない。この連載が霞が関の役人のあいだで必読だったというのもわかる。
第4回“アピール力だけに頼る人”批判
さらに第4回。自己PRが苦手という質問に対して菅氏は《アピール力”はあくまでも付随的なもの》と答えている。
《自分の「型」を持つ人は、少なくともアピール力だけに頼る人などより、はるかに信頼され、活躍の場を与えられることになると思います。》
ああ、これは小池百合子批判ですね。
そうとしか読めない。
だってこれは「7月3日号」で発売日は6月12日。まさに東京都知事選が間近であり、小池氏のコロナ対策で国と都がやりあっていた頃である。菅氏と小池氏がぶつかっていた。菅さん、ここでストレス発散してませんか。なんと生々しい人生相談コーナーなんだろうか。
第6回「官房長官としての7年半にわたる経験から言えば……」
第6回は今に通じる内容であった。
働き方改革が社内に浸透しないという相談に「業務効率化をまず検討しよう」と回答。
《官房長官としての7年半にわたる経験から言えば、個々の官僚は皆、とても優秀ですが、具体的な政策を進める場面になると、いわゆる「省益」に囚われ、「縦割り行政」の壁に阻まれて政策の実行が円滑に進まないケースが多々あります。》
この7月31日号(7月10日発売)はもうどこか余裕が見えていた。総裁選立候補を宣言しているかのようだった。
昨年来には「ポスト安倍」を狙い阿部離れ
実際、8月1日の毎日新聞に伊藤智永氏が書いた「もう菅政権になっている」というコラムは衝撃的だった。政府のかじを切り、旗を掲げるのは既に菅義偉官房長官であると書き、
「前面に出てきましたね」
政府高官に水を向けたら、
「もう菅政権になってるよ」
さらりと返されぎょっとした。
「元からだったけど、官邸の中がバラバラなんで隠さなくなった」
著者と政府高官との会話を書いていた。菅氏を外していたと報じられていた官邸官僚らが失速している様子がわかる。代わってまたしても権力中枢に戻ってきた菅氏。
伊藤氏の翌月のコラムは「菅さんは辞める気だった」(9月5日)。実は菅氏は6月の国会会期末にも官房長官の職を電撃辞任するつもりだったという。
《来年9月の自民党総裁選に立候補するため「安倍離れ」を始めなければならなかったからだ。》
菅氏は昨年来、本気で「ポスト安倍」を狙い、準備していたと書く。それはニュースを追っていれば私にもわかった。元号を発表して「令和おじさん」と呼ばれ気をよくし、菅氏にしては珍しくフワフワしていた。そのあと官邸で存在感が薄くなっていた菅氏は「プレジデント」で連載を始めた。来年の総裁選に向けて露出を始めたのだろう。
しかし安倍氏の健康不安と官邸官僚の失速で思わぬ早さでそのタイミングは巡ってきた。菅氏はいつのまにかシレッと「安倍継承」を訴え始めた。そして念願の首相の座にスッと就いたのである。お、恐ろしい。そして見事すぎる。
つまり「人生相談」でのPRはもう用済みになったのだ。
私が今回の連載終了を計画通りと言うのはそういう意味である。「菅義偉の戦略的人生相談」は本当に戦略的だった。首相就任へのGo Toキャンペーンは無事に終了したのである。
(プチ鹿島)