「乗ってみてください。乗ってみてください」
自身の専用車としてセンチュリーを採用したことの是非を問われ、井戸敏三・兵庫県知事は確信を込めた表情でそう繰り返した。実際に乗ってみれば、2,000万円クラスの車を「財政に苦しむ地方自治体の公用車」として採用する理由がわかるのだろうか。
皇族御用達車両の乗車体験を求められた県民
とりわけ説明責任に配慮すべき「税金の使い道」という問題に関して、聞く側に「体験型理解」を求めるというのは前代未聞といえる。しかもその理解が、多くの人間にとって一生縁のない(少なくとも筆者にはなさそうである)皇族御用達車両の乗車体験を前提としているのだから、反感を買うのも当然だろう。
安全性や走行性能、それらしい理由を提示してはいるが、「2,000万円」に対する説得力は脆弱であり、各方面からの批判はいまだ収束の兆しを見せていない。
実際のところセンチュリーを公用車としているのは兵庫県だけではないが、庶民感覚との著しい乖離を自ら露呈してしまった井戸知事に対する批判はしばらく続くと思われる。
とはいえ、自ら矢面に立ち説明責任を果たそうとする井戸知事の姿勢は見上げたものであり、結論ありきの批判を繰り返すのも生産性がない。ここでは、井戸知事のセンチュリー採用に対する言い分に耳を傾けたうえで、客観的な観点からその是非を問う。
井戸知事が提示した選考基準を検証する
井戸知事は10月19日の県議会で、「車種や価格の比較ばかりが強調されている。選ぶ際の考え方などが正確に報道されていない」と述べている。「選ぶ際の考え方」さえ正確に伝われば、多くの人間が納得するはずだということだ。
そこでまず、井戸知事が12日の会見において示した「走行性能」「安全性」「環境性能」「快適性」という選考の基準に照らしながら、センチュリーがそれに合致した車であるのかを検証してみたい。
(1)走行性能:ポルシェ「911カレラ」以上の馬力
井戸知事によれば、兵庫県は高低差があるため、山道をスムーズに走れる性能が求められるという。一般的な感覚からすると、排気量2,000ccもあればストレスなく山道を上っていける。ターボやハイブリッドなどの機構が備わっていれば、最近の車は1,500cc程度でも十分パワフルに坂を上っていってくれる。ところが井戸知事は、レクサスの3,500ccのエンジンでは知事車としてふさわしくなく、5,000ccクラスが必要だという。
センチュリーに搭載される5,000ccのエンジンには、ハイブリッド機構による補助が加えられる。その出力は最大で431馬力に及び、これはポルシェを代表するスポーツモデル「911カレラ」(385馬力)をも凌ぐ数値である。速度制限のないアウトバーンをストレスなく疾走できるほどのパワーを、井戸知事は必須要件と考えているわけだ。一体、兵庫県の山道はどれだけ険しいものなのだろう。
(2)安全性:センチュリー独自の予防安全システムはない
センチュリーには、トヨタの予防安全システム「Toyota Safety Sense」が導入されている。価格からするとセンチュリー独自の予防安全システムが取り入れられていそうなものだが、決してそのようなことはなく、むしろ「アルファード」「クラウン」「カローラスポーツ」「RAV4」「ハリアー」といった最新車種に搭載されている「夜間における歩行者検知」には対応していない。
衝突安全性の面では、クラッシャブルゾーンの広さゆえ乗員保護に優れていることが推測されるが、JNCAP(自動車アセスメント)による衝突安全テストのデータはなく(販売数の少ない車種は対象となりにくい)、客観的な数値として他車種と比較・検討することが難しい。しかしそれでは、兵庫県はどのようなデータにもとづき、センチュリーの安全性能を高く評価したのだろうか。
10月21日の会見で、井戸知事は貝原前知事の自動車事故による死を引き合いに出し、安全性に対する意識をことさらに強調していた。それほど安全性を重視しているのであれば、データにもとづく比較をしていて然るべきなのだが。
(3)環境性能:レクサスの「2007年モデル」のエンジンと同型
一般的に、環境性能の高さは排気量の大きさと反比例する。大きくて出力の高いエンジンほど燃料の消費率が高く、5,000ccという国産最大級のエンジンを搭載するセンチュリーは、いかにハイブリッド機構による補助があるとはいえ、現代において特別環境性能に優れたモデルであるとは言い難い。
そもそもセンチュリーに搭載される「2UR-FSE」というエンジンは、2007年に登場したレクサスの先代LSと同型式のものであり、設計としては新しくない。
井戸知事はセンチュリーを選択するにあたり、「5,000ccあったレクサスが3,500ccになり知事車としての基準を満たさなくなったため、5,000ccのセンチュリーを選択した」という旨を述べているが、「レクサスが3,500ccになった」というのはまさにこの「2UR-FSE」を搭載した先代LSが、フルモデルチェンジによってエンジンをダウンサイジング化したことを示している。ダウンサイジング化は環境面への配慮から世界的に推進される動向であるが、井戸知事はその流れに反し、わざわざ新型エンジンを避けたことになる。
環境性能の高い車種に適用される「エコカー減税」の面から言えば、新型LSは「100%減税」、センチュリーは「50%減税」である。LSハイブリッドの価格は11,422,000円~となっており、センチュリーとの価格差は800万円を超える。より安く、よりエコな車を避けるほど、井戸知事にとっては「排気量5,000cc」という数字が重要だったと見受けられる。
(4)快適性:限られた人間にしか許されない贅沢空間
「ショーファードリブン(運転手をつけ、自らは後席で過ごすスタイル)」の代名詞たるセンチュリーが、快適性に優れることには疑いの余地がない。レクサスのフラッグシップであるLSと共通のプラットフォームを用いつつ、ホイールベースをさらに拡大していることからも、後席の居住性に対するトヨタの強いこだわりがうかがえる。
ふらつきや振動、騒音がシャットアウトされた車内で、オットマンに足を乗せ、やわらかなシートに包まれながら、マッサージ機能で身体をほぐしていく。限られた人間にしか許されない、贅沢な時間である。そのような体験に値する人間というのは、どれほどの能力や影響力を持った人間なのだろう。
「乗ってみてください」に潜む違和感の正体
井戸知事の「乗ってみてください」という言葉に対する違和感の正体は、まさにこの点にある。センチュリーに乗れば誰もが、「これだけ上質な車なら、県知事というポジションにふさわしいな」という感想を抱く……そう考えているわけである。
「自分は最上の待遇を受けるにふさわしい地位にいる」という前提なしに、この言葉は出てこない。
そもそもの目線が違うのだ。「この車に見合うのは、どんな人だろう」というのは庶民の発想である。「自分の地位にふさわしい車はどれか」、これが勝者のマインドなのだろう。
井戸知事のセンチュリー採用に表れるメンタリティは、私たちに発想の転換を促し、成功者への階段を示してくれているのではないだろうか。
(鹿間 羊市)