「マスク拒否での強制降機も当然」機長に絶大な権限が与えられた歴史的経緯

フライトの安全のために必要だと判断すれば、乗客に指示を出し、従わない場合は身体を拘束したり、中途で着陸して強制的に降機させることもできる――。民間航空機の機長には、こうした絶大な権限が与えられています。どのような経緯で、これほどの権限が与えられるようになったのでしょうか。
機長の権限の法的根拠のベースとなっているのは、1963年9月14日に締結された、国際民間航空機関(ICAO)による「東京条約」(正式名称:航空機内で行われた犯罪その他ある種の行為に関する条約)です。
ICAOは民間航空機の安全な飛行のため、国連の一組織として1947年に発足した組織で、そのICAOが東京で開いた国際会議で作成されたために「東京条約」という通称がついています。
ICAOには現在は日本を含む193カ国、つまり世界のほとんどの国が加盟しており、各加盟国は自国が締結した条約について、その規定を自国の国内法に反映する義務を負っています。つまり、機長の権限についての規定はまずICAOの加盟国間で国際条約として合意され、それが各国の航空法、さらには各航空会社の運航規定(オペレーションズ・マニュアル)に反映されているというのが全体の構図です。
では具体的に、日本の航空法ではどのような形で機長の権限が定められているのでしょう。該当する航空法第73条の中から、いくつか内容をみてみましょう。
これらの規定は、先ほども述べたように事実上世界共通になっており、筆者が拠点を置くオーストラリアの航空法(Civil Aviation Regulations)でも、第309条で全く同様の権限が機長に与えられています。
空の安全をめぐる制度は、航空輸送の発展とともに強化されてきました。東京条約が結ばれた1963年当時、今と比べれば民間機による旅客輸送の規模ははるかに小さなものでした。
しかしその後、ジェット旅客機の導入による定員の拡大と航空路の発展によって、利用者数は急速に増加していきます。とくに、60年代末から70年代にかけてワイドボディ機が登場すると、乗客一人あたりの輸送コストが低下して運賃が下がり、航空機の利用はぐっと身近なものになっていきました。
一方で、東京条約が結ばれた後の60年代中盤から70年代にかけて、亡命希望者やテロ組織などによるハイジャックが頻発。70年には年間80件以上も発生する事態になっていました。
こうした状況を受け、70年にはハイジャック行為の厳罰化を各国に求めるハーグ条約(正式名称:航空機の不法な奪取の防止に関する条約)、翌71年にはハイジャック以外の、フライトの安全を損なうような不法行為を犯罪として規定するモントリオール条約(正式名称:民間航空の安全に対する不法な行為の防止に関する条約)がICAO主体で作成され、東京条約と同様に各国の航空法や各航空会社の運航規定に反映されていきました。
さらに世界の航空保安対策に大きなインパクトを与えたのが、2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件です。この事件では4機の民間機がほぼ同時にハイジャックされ、うち3機が地上の建物に突入、残り1機も墜落。搭乗していた乗員乗客全員、および建物にいた人を含め、3000人近くの方々が亡くなられました。
事件を受けてICAOは、航空保安強化に向けたルールの見直しに着手。2002年7月には、新しい国際ルールの適用が始まりました。操縦席ドアの強化や持ち込み手荷物の検査の厳格化など、航空機内と地上の両方で大幅な安全対策の強化が行われ、そのほとんどが現在まで引き継がれています。
機長や副機長、客室乗務員はもちろん、地上スタッフも、国際的に合意されたこうした保安対策を常に意識しながら仕事をしています。彼らから何らかの指示があった場合、その背後にはたいてい安全運航を守るという意図がある。乗客のみなさんは、そのことをどのくらい理解していらっしゃるでしょうか。
乗務員の指示に従わないなどの乗客による機内トラブルは、世界的に増加傾向にあります。
世界の航空会社で構成される国際航空運送協会(IATA)の調べによると、2017年の機内迷惑行為の件数は全世界で8731件。機内での喫煙やアルコール過剰摂取によるトラブルが多くを占めますが、「(携帯電話をオフにするなどの)安全上の指示を拒否する」「他の乗客や乗務員を脅したり暴力を振るう」といった事例も数多く報告され、乗務員の間では飛行中の乱気流などと並ぶ「安全運航上の懸念」として認識されています(*1)。身体を拘束されたり途中で降機させられるケース、裁判に発展するケースも少なくありません。
今年9月に日本で相次いだ、コロナ対策としてのマスク着用を拒否した乗客が飛行機を降ろされたケースも、報道された内容を見る限りは「マスク非着用」そのものより、乗機してから客室乗務員の要請を拒否し続けたことが、安全運航を阻害する行為と判断された結果と思えます。
航空会社側が要請するマスクを着用しての搭乗が、何らかの理由で難しい場合は、搭乗前にその旨を相談すれば、他の乗客から離れた席を確保するなどの手配が可能だったかもしれません。航空会社側がマスク着用の必要性を事前にしっかり告知していたかどうかもポイントだとは思いますが、いずれにせよ機内に入ってしまえば、機長の指示は絶対です。ちなみに、アメリカの航空会社6社は、機内でのマスク着用義務に違反したとして、これまでに1500人近い乗客の搭乗を拒否したそうです(*2)。
国際線の運航がコロナ禍以前の状況に復旧するまではまだまだ時間がかかりそうですが、日本国内についてはGo Toキャンペーンなどで飛行機に乗る機会が次第に増えてくるかと思います。パイロットや客室乗務員、地上スタッフの安全運航のための努力を、少し頭の隅にとどめておいていただければ幸いです。
(*1)“Unruly and Disruptive Passenger Incidents“, IATA(PDF) (*2)“Airlines Have Rules About Face MasksThat’s Not Always Enough” by Scott McCartney, Wall Street Journal 21 Oct. 2020
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(国際仲裁弁護士・国際調停人/アドバンテージパートナーシップ外国法事務弁護士事務所(在シドニー)代表 堀江 純一)