「毎日手を合わせ、お供えをしたい。死ぬまで一生続ける」。9月、大阪地裁。3歳だった弟への傷害致死罪に問われた女性(25)は涙をこぼし、タオルをぎゅっと握りしめた。大好きだった弟をなぜ、死なせてしまったのか。拘置所で女性が書いた手紙には後悔とともに、幼いきょうだい4人の世話を母親から押しつけられた苦悩がつづられていた。「(私は)おかん(母)のロボットじゃないのに、おもちゃじゃないのに」――。事件の背景に何があったのか。女性の足跡をたどった。
大阪市の南東部にある平野区。住宅や町工場が混在する地域に、女性が暮らした3階建ての家はある。トラック運転手の父(47)と、中程度の知的障害がある母(43)の長女として生まれた。母に対する父のDV(家庭内暴力)の影響で、幼少時に一時、児童福祉施設で暮らしたが、5年ほど前に一家で転居してきた。近所付き合いはほとんどなく、地域住民らは口々に「家族の顔を見たことがない」「あいさつをしたこともない」と話す。
女性は6人きょうだいの一番年上で、軽度の知的障害があった。知能は9~10歳程度とされるが、日常生活に大きな支障はなく、一見して障害があるとは分かりにくい。日中に数時間、障害者の就労支援施設に通う以外は一日の大半を自宅で過ごし、当時2~5歳だった幼いきょうだい4人の世話に追われていた。
事件が起きた2019年4月2日朝。女性はいつものように、3階で寝ていた弟(当時3歳)を起こして着替えさせ、2階に下りた。「こっち、こっち」。当時5歳だった妹に呼ばれて風呂場へ行くと、弟が妹に押されて倒れ、あおむけになった。その時だった。女性は弟の腹部を踏んだ。弟は痛みを訴え、病院に運ばれたが、腹部圧迫による失血で亡くなった。
3日後、殺人の疑いで大阪府警に逮捕された女性は、「普段から面倒を見させられているのに嫌気が差した。おかんに対するイラッとする気持ち、うっとうしい気持ちで無意識のうちに踏んでいた」などと供述したとされる。大阪地検は3カ月間の鑑定留置で刑事責任能力などを調べ、7月に傷害致死罪で起訴した。
便箋27枚2万字の「反省文」
「おかんに対する気持ち」とは何なのか。それを解く鍵が、女性が書いた「反省文」と呼ばれる手紙にある。便箋27枚に2万字を超える文面。事件から1年後の20年4月、女性が拘置所でつづり、荒木晋之介弁護士に託した。
「何も悪くない、まだ幼い○○(弟の名前)にあんなことしてしまって本当に申し訳ありませんでした。ごめんなさい。謝っても許されないけれど、取り返しつかないけれど、ものすごく後悔しています」
赤ちゃんだった弟が小さな手で、自らの手を握ってくれた時の喜び。初めて抱っこした時の不安。女性は弟の記憶をたどりながら、謝罪の言葉を繰り返す。手紙には同時に、女性が母親から束縛され、きょうだいの世話で疲弊する様子がまざまざと描かれている。
手紙によると、女性は朝起きると、きょうだい4人のおむつを替え、服を着替えさせ、ミルクを作る。家族全員の布団をベランダに干し、就労支援施設へ行く。帰宅するとご飯を炊き、洗濯を3~4回繰り返し、昼ご飯を食べさせる。夜に風呂に入れて寝かしつけるまで、4人の世話は休みなく続いた。自分の時間がとれるのは午前1~2時ごろ。女性は「いつも早く夜になってほしいと思っていた」と記した。
亡くなった弟は一家の三男で、次男と双子だった。この2人が生まれた15年ごろから、母は家事と育児の大半を女性に任せるようになった。母はテレビやスマートフォンを見ながら、女性に「早くしろ」などと指示した。「10円あげるからおむつ替えて」と金銭で気を引き、「こっちの部屋で見張って」「言うこときかんから、しばいたれ」と監視や暴行を命じることもあったという。
夏も冬も、3階にある女性の部屋にはエアコンがなかった。2カ月に1度支給される13万円の障害年金は母が管理し、女性には自由に使えるお金がほとんどなかった。父は家事に関心を寄せず、機嫌が悪いと手を上げた。「毎日おびえながら暮らした」。相談できる相手は誰もいなかった。
唯一の支えだったペットも
唯一の支えはペットの存在だった。一家は何匹もの犬や猫などを飼っていた。女性が餌をやると、犬はカリカリと音をたて、おいしそうに食べた。女性が涙を流すと、顔をペロペロとなめてくれた。「あの子たちがいたから、がんばることができた。心が折れそうな時、つらい時、いつも支えになってくれた」。女性はそう振り返る。
しかし、母は犬や猫にも冷たくあたった。「うるさい」「くさい」などの理由でおりに閉じ込めたり、棒でたたいたりした。犬がほえると、「餌と水あげたらあかん」「もう少し元気なくさなあかん」と言い放った。女性は母に内緒で散歩に連れ出したり、ブラシで毛をといたりしてあげたが、ペットたちは次々に衰弱死した。
「もっと一緒に遊ばせてあげたかった。守ってあげられなくて本当にごめんね」。劣悪な環境に置かれたペットたちの姿を、女性は自らの境遇に重ねていたのだろうか。手紙の中で、こう自問している。「おかんのロボットじゃないのに、おもちゃじゃないのに、なんでいつもいつも言われるがまま、しなければいけなかったのかな」「(私は)邪魔な存在やったんかな?」。=つづく【伊藤遥】
後編では、法廷の様子や女性の再生への歩みを紹介します。