菅内閣が発足して2か月が経とうとする今、憲政史上最長政権となった安倍内閣を振り返ってみたとき、憲政史家の倉山満氏は「当時、安倍晋三は確かに『保守』の旗印だった」という――。(以下、倉山満著『保守とネトウヨの近現代史』より一部抜粋)
◆「保守」言論人の間では、多くの人々が「安倍さんしかいない」と動いていた
第一次内閣退陣後の安倍晋三は、世間的には「お腹が痛いと言って辞めた総理大臣」だった。だが、「保守」言論人の間では、一部には批判的な意見もあったものの、「保守」をまとめる旗印は「安倍さんしかいない」が大勢だった。
平成二十四(二〇一二)年、安倍は自民党総裁選挙に勝利し、ほどなくして首相に返り咲く。解散総選挙になった直後に「白川日銀総裁に金融政策の変更を迫る」と宣言した。
この直後から株価は爆上げ、政権発足直後に白川の辞表を取り上げ、黒田東彦総裁と岩田規久男副総裁を日銀に送り込む。そしてリフレ理論の通りに金融政策を実施、「黒田バズーカ」と言われる金融緩和を行って景気が回復軌道に乗るのと比例して、支持率も向上。東京都議会議員選挙と参議院議員選挙にも圧勝した。そして、内閣法制局長官人事にも介入する。戦後歴代総理の誰もなしえなかった快挙であった。
◆蛇行運転を始めた安倍内閣
だが、勢いもここまで。平成二十五(二〇一三)年十月一日、安倍は消費増税を宣言する。安倍内閣の支持率は、景気回復によって支えられている。それをデフレ脱却前の増税など、景気回復を腰折れさせるに決まっている。だが、財務省の圧力に屈した。
その後の安倍内閣は、蛇行運転を続ける。
消費税八%が導入された平成二十六(二〇一四)年四月から景気は悪化。秋には一〇%への増税が予定されていたが、延期。日銀が黒田バズーカ第二弾に当たるハロウィン緩和を行ったこともあり、景気は緩やかな回復軌道に戻った。平成二十八(二〇一六)年には再び消費増税を延期したことで緩やかな景気回復は続いたが、政権発足当初の勢いを取り戻すことは二度とできなかった。そして、令和元(二〇一九)年十月一日、とうとう消費税は一〇%に引き上げられたところに、コロナ禍が重なった。
◆中曾根康弘ですら業績があるのに……
この間に安倍内閣は、明治の大宰相である桂太郎をも超える憲政史上最長政権となった。だが、日露戦争に勝利した桂と比較するまでもなく、安倍は何ひとつ実績を残せなかった。
「戦後政治の総決算」と大見えを切りながら何ひとつ「保守」らしい実績を残せなかった中曽根康弘ですら、三公社民営化(JR、NTT、JTの創設)という教科書に載る業績があるのに……。安倍は政権返り咲きの際に「戦後レジームからの脱却」を訴えていたが、いつのまにか口にすらしなくなった。
ちなみに私は安倍が増税を宣言した平成二十五(二〇一三)年十月一日でもって、チャンネル桜に見切りをつけた。また、以後は『正論』からも執筆依頼が途絶える。この二つに何の因果関係があるのか。大いにある。
◆本気で改憲を実現しようなどと考えていない産経文化人たち
私が既存の「保守」と絶縁する直接のきっかけは消費増税をめぐる意見の相違だったが、遠因は他にある。この年の四月二十九日、産経新聞は独自の憲法案を発表した。これを私は即日、自分のブログでこきおろした。のみならず、チャンネル桜を通じて、「この案の執筆者五人まとめて相手にしてやるから、一対五でも構わないので公開討論で勝負だ!」と持ち掛けた。そして公開討論は実現し、執筆者から百地章日本大学教授(肩書は当時。以下同じ)と佐瀬昌盛防衛大学校名誉教授、それに何の関係があるのか八木秀次高崎経済大学教授が出演した。
政権に媚びて商売をしようとする輩たちをここで私は、大意「全一一七条中、読めるのは二条のみ。他の一一五条は論評に値しない」と罵倒した。どれくらい論評に値しないか。執筆者の誰よりも、私の方が条文を読み込んでおり、問題点を指摘できるのである。執筆者の産経文化人一同、条文の中身などどうでもよく、ましてや本気で改憲を実現して国を良くしようなどと考えていないのである。
この討論の直前の番組で、執筆者の一人である田久保忠衛杏林大学教授が産経憲法案の意義を滔々と述べていた。結果は散々で、当時のチャンネル桜の視聴者からは、産経文化人一同が老害であるとの批判が殺到した。
◆政権に媚びて商売をしようとする輩たち
もともと私がチャンネル桜に出演したのも『正論』に寄稿したのも、「安倍救国内閣」によってデフレ脱却、そして最後は戦後レジームの本丸である憲法に取り組んでもらいたく、その為の言論活動だった。久しぶりの「保守」っぽい政権である安倍内閣で舞い上がる、あるいは政権に媚びて商売をしようとする輩とは、同床異夢だったのだ。
狂信的な護憲派は、「日本国憲法を一文字も変えたくない。特に九条は」と考える。同じように、改憲派は「日本国憲法を一文字でも変えたい。特に九条は」と考える。思考回路が同じ穴の狢なのだ。そこで私が「ご老人方は若者は憲法改正に興味がないから愛国心が無いなどと仰るが、デフレで生活が貧しくて憲法どころではない、オタクらの集会に行く電車賃もない若者に向かって愛国心が無いなどと言えるのか」などと反駁しても、概念として想像できないのだ。
こうした「保守」の先輩たちを露骨な態度で小馬鹿にする私は、そもそも異分子であったのだ。決裂は時間の問題だっただけだ。
【倉山 満】
’73年、香川県生まれ。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務め、’15年まで日本国憲法を教える。現在、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰し、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交について積極的に言論活動を行っている。ベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』のほか、『保守とネトウヨの近現代史』が9月25日に発売された