立岩陽一郎【ファクトチェック・ニッポン!】
2020年代が本格的に始まった。妙な言い方だが、私は2021年をそう考えている。それは100年前の1920年代が、壊滅的な戦争に向けて日本が突き進んだ10年だったことを思うからだ。日本が再びそうした苦難の時代に向けて突き進むのか、それとも過去と異なる平和に向かうのか、それが問われる重要な時代の始まりだ。
その出だしが年頭総理会見だった。緊急事態宣言を出すことを諮問委員会に諮るとのことだが、報道は更にその先を行っていて、発令要請のあった東京都と隣接3県に緊急事態宣言が発令されるという。総理会見が会見の意味をなしていない。これでは国のリーダーのメッセージは私たちに届かない。菅総理は何を考えているのか? その疑問と不安は年末から変わらない。熟慮しているなら熟慮しているというメッセージが、経済を止めたくないなら、それなりのメッセージがある。私たちが求めているのは菅総理の考えとその根拠だ。それらが示されず、ある日突然、「専門家がこう言っていますから」と決断が下る。
■聞き心地の良い言葉しか入らないのか?
実際、菅総理は正確な判断さえしていないと思わざるを得ないエピソードがある。年末の毎日放送のラジオ番組「子守康範・立岩陽一郎のもっと言わせて!」で、ゲストとして出演した田原総一朗氏が明かした。それは田原氏が菅総理に直接、緊急事態宣言をすべきと迫った時のことだ。
「菅さんは、『実は田原さん、これはオフレコだけど、分科会の尾身会長が、その必要はない、と言っている』と。『医療業界は、新年になれば感染者数が減ると考える』と」。田原氏は、「(菅総理は)パフォーマンスのできる人じゃない」と話して、菅総理が自身の認識を正直に語ったものだと述べた。
その尾身会長は、年末にノンフィクション作家の河合香織氏の取材に応じて、「(20年)4月の緊急事態宣言の頃より、私は今のほうが強い危機感を持っています。このままでは、みなさんが空気のように当たり前のように感じてきたかもしれない、質の高い日本の医療が維持できなくなってしまう」と述べている。
緊急事態宣言については確かに消極的な意見を示しているが、その理由は、「いま2度目の緊急事態宣言を出しても、あのときのような協力が得られる確証は今のところありません」というものだ。
つまり尾身会長は緊急事態宣言が持つ効果に疑問を持っているものの、菅総理が語ったような意味で「必要ない」とは語っていない。まして、「新年になれば感染者数が減る」との医療業界の話にいたっては、根拠さえ定かではない。
このエピソードは何を意味するのか? 菅総理には尾身会長の話を理解する力がないのか? あるいは菅総理には聞き心地の良い言葉しか入らないのか?どちらにしても明らかなことがある。こういうリーダーが歴史の検証に耐えられる判断を下すとは考えにくい。
悲劇に突き進んだ100年前の20年代は、そうした政治の積み重ねがつくり出したものだ。このままではこの20年代もこの先は明るくない。だから言いたい。有権者の責任が問われている。
(立岩陽一郎/ジャーナリスト)