「ハンストで生理が4カ月こなかった」それでも“社会運動”に没頭する学生の本音 から続く
歴史ある“私大の両雄”として対照的に語られることの多い慶應義塾大学と早稲田大学。両校の“色”の違いは「学生による社会運動」においてもはっきりと表れており、社会運動を志す学生は早稲田大学よりも慶應義塾大学に多いという。
果たしてこうした違いはなぜ起こるのか。ここでは小林哲夫氏の著書『 平成・令和 学生たちの社会運動 SEALDs、民青、過激派、独自グループ 』を引用し、慶應義塾大学の学生の考え、そして社会運動をする学生はなぜ慶應義塾大学に多いのかについて紹介する。(全2回の2回目/ 前編 を読む)
◇◇◇
どうしても戦争したかったら、安倍内閣だけで行ってください
慶應義塾大は、私立大の入試難易度では最難関ということになっている。早稲田大との併願では、両方、合格すれば慶應を選ぶという予備校データが報じられることもあり、早稲田関係者を怒らせている。
社会運動の歴史を振り返ると、全学連の幹部などには早稲田大が多かった。だが、2010年代は、慶應義塾大のほうが多く、しかもバラエティに富んでいる。SEALDs、未来のための公共、直接行動、民青、中核派、カウンターなど、数は少ないがひととおり揃っている。
15年7月、SEALDsの国会前集会で、慶應義塾大の松山哲次さんはこうスピーチしている。
「こういうところに来ると『痛い奴』って言われます。ネットとかだと『プロ市民』と言われたりします。だけど僕は、戦争で死にたくないんです。友だちもそれで死なせたくない。まだ僕にはやりたいこといっぱいあるんです。読みたい本もある。遊びたい。安倍のために戦争で死ぬならば、このデモで死んだほうがいい。どうしても戦争したかったら、安倍内閣だけで行ってください。僕たちは止めません。自民党の人、聞いてください。あなたがた何のために政治家になったんですか。社会を良くしたいと思ったからでしょう。いま声をあげてください。国民はそこまでバカじゃないんです。国民を思うならば立ち上がれ。SEALDsのデモはメディアも『ラップ調の楽しげでオシャレなデモ いままでと違う』って言いますけど、そんなことだけで若者はやってこない。若者は本当に怒っている。本当に止めたい。若者も大人も集まっています。みんなかっこいい。ありがとうございました」
慶應から出た逮捕者
その2カ月後、慶應は逮捕者を出している。「直接行動」の友岡伸二さん(仮名)だ。
同年9月12日、国会前で捕まってしまった。友岡さんは、大学1年の時、沖縄、辺野古基地で座り込みの体験をしており、これがきっかけで世の中の見方を大きく変えることとなった。
「自分の生活を、誰かに負担や犠牲を押し付けることで守るのではいけない。議会だけで世の中を変えることはできない。直接行動でこそ変えることができるんだ」と考えるようになった。
「世の中のみかたが自然とわかってきた」
友岡さんは運動参加にいたる経緯をこう振り返っている。
「ひょんなことから、あるとき、人生ではじめてデモに参加してみた。ぴょこんと集合場所にいくと、マスクに帽子でかおをかくしたひとたちが、こっちをみながらメモをとったり、こそこそはなしている。やばい。デモが出発すると、ヘルメットかぶったひとたちとか、なんかよくしらない単語をしゃべるひとたちとかが、警察粉砕とか、警察かえれとかばんばんさけんでいた、こんなことしていいんだ、こんなに解放的なことをしていいんだ。なにかから自由になれるかんじがした。生きてるってかんじ。そしてわたしはだんだん社会運動にかかわるようになった。わたしはこの解放感が好きだったし、それと同時に世の中のみかたが自然とわかってきた」(「情況」2015年10月号)
キャンパス内で集会を開けないから、ほんの少し離れたところでアジテーションをすれば、大学が警察に通報する。そして、大学はビラ撒きなど政治活動をしている学生について、「あいつらは学外集団だ」「過激派だ」「大学として迷惑している」とアナウンスする。友岡さんはそんな経験をしてきた。
労働者のための学校を作るという考えでないとダメ
2017年3月、慶應義塾大の谷虹陽さんは初めてデモに参加した。
「同世代の人がコールやスピーチをしている姿を見て、自分も何かしなければと感じました。国会前で仲間と声をあげているときがいちばん落ち着く時間です」
谷さんは1997年東京生まれ。16年、国学院久我山高校から慶應に進んだ。SEALDsでの活動経験はない。17年に「未来のための公共」のメンバーとなった。政治に対して「何もしないよりかはましだ」という気持ちで行動していくなかで、デモが思っていた以上に効果があることを実感する。デモで可視化された問題をメディアが伝え、多くの人が知り、世論が盛り上がる、それを受けて政治が動く。それゆえにデモは大切と考えるようになった。谷さんはできる限り路上で問題を追及してきた。
18年6月、財務省の捏造、隠蔽、データ偽装について厳しく批判する。
「反省もしないで、自分をいつまでも正当化するのは大人のすることではない。そういう幼児的な振る舞いをする政治家に、国の政治を任せるわけにはいかない。過ちは辞任というレベルをとっくに超え、内閣総辞職をしないとおかしいです」
「ブルジョア大学として東大京大を粉砕しなければならない」
同年、慶應義塾大文学部に入学した川口隆さん(仮名)は三田キャンパスの事務棟、講義棟、研究棟、図書館などの施設に「自治会再建に於ける宣言」というビラを貼った。
「慶應義塾大の学生自治は死んでいる。現在全塾生の利益を代表して学生生活や学生自治に関わることについて大学当局と交渉できる組織は存在しない」という書き出しで始まっている。慶應義塾大には学生に意見を集約できる全協(全塾協議会)がある。しかし、このビラによれば「大学と交渉できる組織ではない」「自治会のお財布管理係」である。
川口さんが社会と向き合うにあたってものを考えるとき、根底にはマルクスの思想が横たわっている。その主張は激しかった。
「私たちは武器なくしてこの強大な資本主義の全面化と戦うことはできません。その武器こそマルクスが残した思想であり、経済学であり、共産主義の文献の数々なのです、こうした武器を研鑽することは、マルクスと同じ立脚点から社会変革の可能性を探り続けることになります。したがって、マルクスを読むことで資本主義には永遠に反逆したいと考えています。ファシズムにつながるような資本主義を分析、批判するためにも、マルクスは自分のなかでは大事です。ブルジョア大学として東大京大を粉砕しなければならないと。そこに労働者のための学校を作るという考えでないとダメでしょう」
ラジカルな言動をとる学生は少なくない
慶應義塾大にもこんなラジカルな言動をとる学生がいたのかと意外に思われるかもしれないが、それは彼ばかりではなかった。
2010年代には中核派の全学連メンバーだった女子学生がいた。04年入学の横山京子さん(仮名)は07年から同派の活動家となり、翌年には法政大で逮捕されている。16年ごろまで全学連国際部というところに身を置き、海外の活動家と交渉、情報収集、文献の翻訳などを担当していた。
2019年、埼玉知事選挙の演説のさなか、「英語民間試験反対」「柴山文科大臣やめろ」と叫んで、SPから排除された慶應の学生もいる。
また、民青と友好的なグループ「慶應TAP9」(慶應義塾大学9条の会)もイベント開催などの活動を行っていた。
慶應義塾大は学生がキャンパスで政治的活動をすることについて厳しい姿勢で臨んでいる。ビラ配布、立て看板掲示はむずかしい。したがって、ここに紹介した学生が学内で活動する姿はほとんど見られなかった。
それでも、慶應の学生はさまざまな立場から政治的な発信を試みた。早稲田大に比べると、慶應のほうが政治活動する学生が多く見える。
政治活動する学生が早稲田よりも慶應に多い理由は?
なぜだろう、と探ったところで、合理的な理由を見つけることはできない。たまたま集まった、では分析にならないが、強引に理由付けするとするならば、慶應義塾大は他大学よりも総合型選抜(AO入試)、学校推薦型選抜(推薦入試)を早く導入し、学力だけでなく、さまざまな個性を持った学生を多く受け入れたからだろうか。実際、入学してすぐにビラを撒いた川口隆さん(仮名)、カウンター、安保関連法案反対デモに参加し現在は弁護士の中島康介さん(仮名)は、AO入試で入学している。
大多数の慶應生の政治意識
もっとも、慶應義塾大の大多数の学生の政治意識は、他大学とそれほど変わらないだろう。おそらく東京大生の自民党支持率(2020年の調査結果は自民党24.6%、立憲民主党7.1%、日本維新の会3.8%、れいわ新選組2.1%だった/「東京大学新聞」の調査)とそう大差はないはずだ。
それについては、20年5月、東京で「要請したなら補償しろ」を訴えるデモを行っていた慶應義塾大の小川正彦(仮名)さんも指摘している。
彼が1年生のとき、英語の授業で、「憲法9条改正」を巡って賛成派、反対派に分かれて、ディベート形式での討論を行ったことがある。このとき、クラスの30人のうち、憲法9条に対して「護憲」を訴えたのは6人しかいなかった。そして、具体的な意見として「北朝鮮に対して、先制攻撃をする権利を保持すべき」「生産性がないお年寄りが少なくなれば、福祉予算を削減できる」などが出てきた。小川さんは言葉を失ったという。国際法違反の極論、優生思想そのものが、「難関」とされる入試に合格した進学校出身者から出てくる。弱者への共感がないことに小川さんは衝撃を受けた。
小川さんは、学術会議会員任命拒否問題について、学生にとっても脅威であると受け止め、こう話している。
「学者が自由に発言できないとき、学生が自由に表現できるわけがありません。これは丸山眞男のいう『抑圧の移譲』です。でも、あえていいますが、学術会議の山極壽一前会長は京大総長時代、学生寮からの寮生退去強制、立て看板撤去、機動隊導入などについて今も説明責任を果たしていません。学術会議には平和問題や性的マイノリティなどに関する提言があり意義深いが、官邸が学術会議に押し付けていることを大学当局は学生に押し付けているのではないでしょうか」
(小林 哲夫)