男はつらいよ・漱石作品に登場…柴又の名料亭閉店へ、社長「葛藤あった」

新型コロナウイルスの感染拡大が収まらない中、長年の歴史に終止符を打ち、閉店を決める老舗の飲食店が相次いでいる。江戸後期の創業以来、約230年にわたって愛され、映画「男はつらいよ」にも登場した東京・柴又の料亭「

川甚
( かわじん ) 」もそのひとつ。8代目社長は考えた末に、今月末での閉店を決めた。(石川貴章)

「これまでやってこられたのはお客さんのおかげ。本当に感謝しかない」。閉店が間近に迫った27日、店頭に掲げた「川甚」の屋号を見上げた8代目の天宮一輝社長(69)が語った。
川甚は江戸時代後期の1790年、江戸川でとれる新鮮なコイやウナギを使った川魚料理を出す船宿として開業した。当時の店は川のほとりにあり、1918年に移転するまで、客は舟からそのまま座敷に上がることができたという。
帆掛け舟が行き交う江戸川の景観も人気を呼び、幸田露伴の「

付焼刃
( つけやきば ) 」や夏目漱石の「

彼岸過迄
( ひがんすぎまで ) 」にも描かれた。柴又帝釈天に近い現在の店舗は、69年に公開された映画版「男はつらいよ」の第1作で、主人公・車寅次郎の妹、さくらの結婚披露宴の舞台になった。
消えた団体客

1日700人以上が訪れる人気店となり、37歳で社長を引き継いだ天宮さんは「食事を終えて満足げに帰っていくお客さんを見るのが、一番のやりがいだった」と振り返る。だが、コロナ禍で状況は一変。団体客を乗せてひっきりなしにやってきた観光バスは姿を消し、会合のキャンセルも相次いだ。売り上げが前年の半分に満たない日が続いた。
融資を受けながら店の


( あか ) りを守り続けて迎えた昨年12月、「このまま続けても回復の兆しが見えない。経営状況ばかり気にしてお客さんに向き合えなくなるのはおかしい」と、店をたたむことを決めた。
「一生懸命やってきてくれたけれど、申し訳ない」。12月20日、従業員約20人を集めて頭を下げた。ともに店を支えてくれた仲間たちは黙って耳を傾けてくれた。先祖が眠る墓を訪れ、「ごめんなさい」と手を合わせた。天宮さんは「8番目の走者の自分が、次の走者へバトンを渡せずに棄権することに対する葛藤はあった」と胸中を明かすが、退職金を支払える余力があるうちに、という自身の決断に「後悔はない」と語る。