東日本大震災から今日(11日)で10年がたつ。犠牲となった方々のご冥福を改めてお祈りしながら、考えなければいけないことがある。多くの人命と、多くの人の故郷を失った経験から、私たち日本人はどんな教訓を得たのか、である。 発災直後、筆者も幾度か被災地に足を運んだ。過去に類を見ない大規模な地震と津波の爪痕の残る各地で、息をのむ「喪失の光景」に出会ったものだ。これに福島での原発事故も重なる三重苦となったのだが、当時の民主党政権は復興へ向けての青写真を急ぐどころか、内輪もめを始める始末。すっかりハンドリング能力を失っていた。 福島原発の事故になぞらえて、「政治のメルトダウン」という文言までがメディアに躍った。 国民はこのときに「民主党」を完全に見放したのだ。しかし、当事者たちはその反省すらロクにしないまま、民進党と名前を変え、さらに、当時の民主党幹部の大半がいる会派は「立憲民主」と看板を架け替えて生き長らえている。いまや共産党との友党関係を築いたりもし、週刊誌ネタを片手に連日国会で、菅義偉政権と自民党関係者のゴシップを突っつき回している。 流石に多くの国民はこれには騙されないようで、立憲民主の支持率はどの社の調査結果を見ても、自民の4分の1にも届かない。 震災の翌年、絶望深かった国民にとっての救世主のごとく、民主党から政権を奪い返したのが、安倍晋三前首相であった。その前段、安倍氏が奇跡的勝利を収めた自民党総裁選でのスピーチに次のようなくだりがある。 「昨年3月11日に発災した東日本大震災は、今を生きる私たちにとって忘れ得ぬ出来事となりました。(中略)この大震災を通じて、私たちは、私たちにとって大切なものは何か、守るべきものは何かを学ぶことができました。それは大切な家族であり、愛(いと)おしい故郷であり、かけがえのない日本であります。今、日本の海が、領土が、脅かされようとしています。断固として守る、という決意を示していかなければなりません」 被災地復興と、国土や海の防衛が論じられるなかで、当時しきりと話題に上ったのが「私権の制限」という課題だった。大規模災害などの非常時、私権の制限なしには復興作業は進まない。 その同じ「私権の制限」が、いまの新型コロナウイルス対策でも課題だと言われ、さらに、これも10年がかりの難題である外資土地規制(=外資による安全保障上の重要な土地の買収などを規制する法案)の議論でも取り沙汰されている。
東日本大震災から今日(11日)で10年がたつ。犠牲となった方々のご冥福を改めてお祈りしながら、考えなければいけないことがある。多くの人命と、多くの人の故郷を失った経験から、私たち日本人はどんな教訓を得たのか、である。
発災直後、筆者も幾度か被災地に足を運んだ。過去に類を見ない大規模な地震と津波の爪痕の残る各地で、息をのむ「喪失の光景」に出会ったものだ。これに福島での原発事故も重なる三重苦となったのだが、当時の民主党政権は復興へ向けての青写真を急ぐどころか、内輪もめを始める始末。すっかりハンドリング能力を失っていた。
福島原発の事故になぞらえて、「政治のメルトダウン」という文言までがメディアに躍った。
国民はこのときに「民主党」を完全に見放したのだ。しかし、当事者たちはその反省すらロクにしないまま、民進党と名前を変え、さらに、当時の民主党幹部の大半がいる会派は「立憲民主」と看板を架け替えて生き長らえている。いまや共産党との友党関係を築いたりもし、週刊誌ネタを片手に連日国会で、菅義偉政権と自民党関係者のゴシップを突っつき回している。
流石に多くの国民はこれには騙されないようで、立憲民主の支持率はどの社の調査結果を見ても、自民の4分の1にも届かない。
震災の翌年、絶望深かった国民にとっての救世主のごとく、民主党から政権を奪い返したのが、安倍晋三前首相であった。その前段、安倍氏が奇跡的勝利を収めた自民党総裁選でのスピーチに次のようなくだりがある。
「昨年3月11日に発災した東日本大震災は、今を生きる私たちにとって忘れ得ぬ出来事となりました。(中略)この大震災を通じて、私たちは、私たちにとって大切なものは何か、守るべきものは何かを学ぶことができました。それは大切な家族であり、愛(いと)おしい故郷であり、かけがえのない日本であります。今、日本の海が、領土が、脅かされようとしています。断固として守る、という決意を示していかなければなりません」
被災地復興と、国土や海の防衛が論じられるなかで、当時しきりと話題に上ったのが「私権の制限」という課題だった。大規模災害などの非常時、私権の制限なしには復興作業は進まない。
その同じ「私権の制限」が、いまの新型コロナウイルス対策でも課題だと言われ、さらに、これも10年がかりの難題である外資土地規制(=外資による安全保障上の重要な土地の買収などを規制する法案)の議論でも取り沙汰されている。