森田健作知事(71)は2日の退任式を前に、読売新聞のインタビューに応じた。3期12年の知事、国会議員時代も含めて約30年間の政治活動を振り返った。(聞き手・上村健太)
――3期12年の成果で、思い出深いものは。
「東京湾アクアラインの通行料800円化だ。県経済の発展のために、既存のものをどう活用するか考えた結果だった。千葉県はポテンシャル(潜在性)は高い。でも人と物が流れなければ、経済は発展しない」
「台湾・東南アジアに対する県産農産物のトップセールスや、ベトナムからの介護人材の受け入れもそうだ。(当初は不可能だと言われた)アクアライン800円化が、その後、全ての施策の原動力になった」
――知事と国会議員の違い、苦労や役に立った点は。
「国会議員時代は文教に力を入れたが、知事はそうもいかない。知事は(所掌範囲が)360度になるから、相当苦しんだ。一方、国会議員の経験と人脈が集約され、花開いた。アクアライン800円化は菅首相や麻生太郎副総理兼財務相の協力があったからだ。東京五輪・パラリンピックの8競技会場の県内誘致は、森喜朗・元首相への直談判で実現した」
――「向こう見ず」と思われることもあったのでは。
「当選した2000年の衆院選では
泡沫
( ほうまつ ) 候補と言われ、初めて知事選に出馬した05年は落選。アクアラインも実現するまで、『うそ800円』とやゆされた。決める前は別だが、自分が決めたら人の話は聞かない方がいい。見方によっては向こう見ずだが、だからこそ突破できたところもある」
「加藤の乱の時、加藤さんに『馬に乗ってむちを打ったら、絶対に後ろを振り向かないでください』と言った。親分が振り向くと、一兵卒はどうしていいか分からなくなる経験をした」
――最近の政治状況をどう見るか。
「残念ながらパフォーマンス化している。俺はいつも『千葉は淡々とやっていこう』と言ってきた。新型コロナウイルス対策でも、その時々の状況をおもしろおかしく言う人が、一般の人から『頑張っている』と言われる。怖いことだと思う」
「俺が19歳、アイドルだった頃、社長から言われたことがある。コンサートに出てきただけで歓声を送ってくれるのは客席5、6列目までの人だけだと。それより後ろの列の人は歌や映画を待っている。政治も同じだ。声の大きい人ばかりを意識していると、サイレントマジョリティー(物言わぬ多数派)がだんだん離れる」
――次の知事に望むことは。
「自分の考えでやればいい。引き継ぐという考えは、あまり望まない。良いと思ったらやればいいし、変えたいと思ったら、変えればいい」
◆加藤の乱=自民党の加藤紘一・元幹事長が2000年、野党の内閣不信任決議案に賛成するとして、当時の森喜朗首相に退陣を迫った政変。執行部の切り崩しにあい、加藤氏は本会議を欠席し、失敗した。衆院の保守系会派「21世紀クラブ」にいた森田知事は、加藤氏に同調した。