日本学術会議の梶田隆章会長らが7日、井上信治科学技術担当相と会談し、会議のあり方をめぐる報告書案を提出した。学術会議は、年間約10億円もの税金が投入されながら、特定の政治勢力の影響力が強く、「軍事・防衛研究」に反対してきたことなどが報道されてきた。「民営化」や「廃止」論も浮上していたが、事実上の「ゼロ回答」だった。評論家の八幡和郎氏が緊急寄稿した。
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梶田会長らは、学術会議の将来について、「(今のままの)国の組織であることが、ナショナル・アカデミーとしての役割を発揮するためには最も望ましい」と組織の根本改革を拒否する「素案」案を示したそうだ。
会員の選考過程の見直しについても、「任命拒否問題で会員の欠員がある状態での見直しには抵抗がある」としたそうで、事実上の「ゼロ回答」である。一応、「国の組織以外の形態についても検討する」と記載して、議論する余地だけは残したらしい。
一方、菅義偉首相から任命拒否された会員候補6人については、5人が首相の任命の必要がない「連携会員」や「特任連携会員」として活動するそうで、挑戦的だ。
この問題は、学術会議が本来の仕事を十分にせず、政治活動まがいにうつつを抜かし、国を守る重要な防衛研究は妨害する一方、中国などの研究には関与するなどしてきたことへの、政府の強い不満が根底にある。
学術会議が、本来期待される機能を果たすためには、分野を超えた見識を持つ知性が、自由な立場で議論し、知恵を結集しなければなるまい。
ところが、現在のアカデミズムは、狭いムラの集合体であり、選考方法の前近代制もあり、その利益代表が集まっているに過ぎない。その狭いムラでは、特定の政治勢力のオルグも容易だし、政治学や憲法学の学会の政治的色合いが、学術会議の意見になってしまう。
新型コロナウイルス対策のような、「知性の代表ならではの提案」があってしかるべき絶好の機会にあって、提言や声明は出していたようだが、多くの国民は知らない。何のための学術会議かと思う。
日本の知性を代表して「セクショナリズムの克服」の呼びかけをし、解決方法を提案すれば、学術会議の値打ちも上がろうものを惜しいことだ。
逆に、医学を中心に、狭いムラの利益と意地が優先されて、コロナ対策の足を引っ張っている。
もはや、学術会議は「民営化」か「廃止」しかないのではないか。