台風15号が直撃し、JRや私鉄のほとんどが運休やダイヤの大幅な乱れにより首都圏の交通網が麻痺してしまった9月9日。
あの日、何を思い会社へ行き、そしてどんな仕事をしたというのか。そもそも、会社に行く必要はあったのか……。多くの人が疑問に感じたことだろう。
◆自分が“社畜”だと痛感
「地獄でしたよ。2時間並んで、結局会社についたのは午後2時過ぎ。汗びっしょりになってイライラして。次の日も電車のダイヤが大幅に乱れて、同僚からは『サボれていいね』なんて言われて。さすがに口論になりましたけど」
千葉県習志野市在住の山中俊哉さん(仮名・37歳)は、テレビで何度も報じられていたJR津田沼駅(千葉県習志野市)ユーザーだ。
「駅南口の再開発エリアの高層マンションを購入したのが半年前です。職場が東京・大手町なので、津田沼からは乗り換えなしで30分ほど。街は新しく便利で、若い人も多く、教育環境も良い。不満はなかったのですが……」(山中さん、以下同)
JR津田沼駅南口は、再開発によって田んぼや畑だったところに高層マンションが雨後の筍のごとく林立している。当然、人口は数千人単位で増えた。近くの京成津田沼駅も含めて、利用客はうなぎのぼりだが、今回はその弱点を突かれた格好だったという。
「駅への入場規制が敷かれ、駅に向かう客が、近くのショッピングモールをぐるりと一周してもまだ余るくらい並びました。周囲には会社に電話をかけて、すいません、メドがつけば……なんて謝罪の電話を入れる人がたくさんいました」
もともと朝8時に再開予定だったJRのダイヤは、10時過ぎまでストップ。津田沼駅以外でも電車を待つ客で溢れかえり、JRは各駅で入場規制などを行うなどして、なんとか人員の輸送に努めていた。しかし……。
「電車が動く、というから会社には遅刻してでも行かなければならない。でも何時に動くかわからない。“俺って社畜だな”と痛感しました」
結局、昼の2時過ぎに会社についた山中さんだったが、同僚も同じように遅刻して出社していた。夕方に予定されていた外せない打ち合わせがあるためだったが、先方の会社は担当者を含めて全員、台風を理由に休業にしてしまったようで、スケジュールは吹き飛んだ。山中さんが会社にくる理由は無くなっていたのだ。
「同僚とずーっとテレビのニュースを見ながら雑談です。他の取引先もまともには動いておらず、17時半には定時で会社を出ました。ただなんとなく、漠然と“会社に行かなければならない”と思って出社したのですが、結局仕事なんかほとんどやっていませんよ」
◆そもそも出社する必要があったのか疑問
東京都中野区に住む会社員の佐々木敦夫さん(仮名・30代)は、勤務先までは地下鉄通勤。台風の余波をほとんど受けなかったということで通常通りに出社した。だが……。
「うちは物流関係なんで、トラックの運行状況を確認するのに手一杯。他の社員が来られなかったりして、安全確認など数人で馬車馬のように働きました。我が社の取引先のトラックが千葉県内で風で煽られ横転したりして……。結局それで、ものすごい大赤字が出たし、そもそも我が社も取引先も、全部休みにするって決断していればよかったはず。この日はトラックの被害状況や安否確認で翌朝まで帰れず、です。そもそも全てをストップしていれば、こんな作業もいらなかったはず」(佐々木さん)
神奈川県藤沢市在住の会社員・杉浦邦彦さん(仮名・40代)も、朝7時半に家を出て、会社についたのは正午を回った頃だった。
「駅に着いたら長蛇の列。電車はいつ動くかわからないらしく、アナウンスすらない。それでもみんな並んでいるんです。会社に電話したところ『無理なら来なくていい』と。それで部署のグループチャットを見てみると、時間はわからないが出社可能、という同僚や部下のコメントで溢れかえっていました。正気か? と思いました。みな会社に行くことで何かアピールをしたいのか、俺は仕事がしたい、そう主張したいのか? でも私も、その流れに逆らうことはできず、5時間以上かけて出社しました」(杉浦さん、以下同)
上司から「よく来たな、えらい」といわれて部下も杉浦さんもなぜか喜んでしまった。これが評価につながる、とでも思ったのだろうか。
結局この日は仕事にならず、午後4時ごろから連れ立って酒を飲みに行ったというのだから、そもそも出社する必要があったのか疑わしいとも話す。
「一年前、大阪に台風が直撃した時は公共交通機関が全てストップしましたよね。あれくらいのことをなぜ関東はやれないのか? 日本の首都だから? 経済が麻痺するから? 誰も言えないんじゃないでしょうか? 無駄になってもいいから根性見せろ、みたいな。これ、働き方改革とは逆行していますよね……」<取材・文/山口準>
【山口準】
新聞、週刊誌、実話誌、テレビなどで経験を積んだ記者。社会問題やニュースの裏側などをネットメディアに寄稿する。