クーデターへの抗議続ける在日ミャンマー人 願いは祖国の平和

神戸市中央区の川沿いにある公園でほぼ毎晩、金物をたたく音が聞こえる。数人のミャンマー人たちが自宅から鍋やボウルを持ち寄り、静かに音を鳴らす。ミャンマーでは台所の金物をたたいて「悪霊」を追い払う風習がある。国軍によるクーデターへの抗議活動として、現地でも当初から続けられてきた。最大都市ヤンゴン出身で専門学校生の男性(31)は、クーデターの翌日から連日のようにこの公園に来る。「国のためならどんなことでもしたい。でも迷惑がかからないように、音を出す時は川の近くに行きます」
2月1日のクーデター以降、治安部隊は抗議する市民らを武力で弾圧、これまでに子供を含む800人以上が犠牲になった。一部の民主派の市民らは武装化して治安部隊に対抗し、事態の収束はいまだ見通せていない。この間、日本で暮らすミャンマー人たちは遠く離れた祖国の平和を願い、さまざまな形で抗議の意思を示してきた。
6月上旬の日曜日、家族連れでにぎわう同市兵庫区の公園に約70人のミャンマー人たちが集まり、「軍事独裁政権は認めない」と声を上げた。抗議デモは2月以降、全国各地で続く。そうした活動に理解を示し、支援を続ける日本人がいる一方、ネットでは「国に帰れ」などの投稿が相次ぐ。ミャンマー南部の都市出身で会社員の男性(30)は「悲しいけど仕方のないこと」と話す。自身もこれまでは政治について関心がなかったといい、「だから日本の皆さんがそう思うのもわかります」。しかし、クーデターによって、日本での経験を生かして祖国で働くという夢の実現は難しくなった。国軍への怒りが収まらず、抗議活動に参加するようになったという。「日本で僕らができることはこれくらいしかない。だからこれからもお許しください」
6月19日、名古屋市中川区の住宅街にあるミャンマー式の仏塔「ミッタディカパゴダ」では、76個のキャンドルに明かりがともった。この日は、国軍に拘束されたアウンサンスーチー氏の76歳の誕生日。訪れた人はスーチー氏の早期解放と軍事政権の終結を静かに祈った。
仏塔を訪れたヤンゴン出身のミンティンさん(58)は、各地で活動を続ける若い世代に希望を見いだす。自身は1988年の民主化運動に身を投じたものの危険を感じて来日、その後難民として認定された。2011年の民政移管後は久しぶりに祖国の地も踏んだ。それだけに今回のクーデターへの落胆は大きい。市民を無差別に攻撃する軍や警察の姿を見て、「すぐにはあの自由な時代に戻らない」と感じた。一方で、民主化時代に育った若者たちがSNS(ネット交流サービス)を駆使して世界中に情報を発信する姿は自身の頃と全く違って見える。「私たちの時は民主化まで長い時間がかかりました。でも、若い世代がいろいろな形で声を上げ続ければ、もっと早く平和が訪れるかもしれません」【久保玲】