出所したら102歳!? 放火未遂の97歳男性に実刑判決…本当に刑務所入るのか

放火未遂の罪に問われていた97歳の男性に、懲役5年の実刑判決が出された。満期で出所した場合には、102歳の「超高齢」となるため、本当に収監されるのかと疑問視する声も聞かれる。 ●検察の建物内に火をつけて燃やそうとして5年の実刑判決 報道(朝日新聞デジタル・6月30日)によれば、高知地裁は6月29日、高知地検中村支部の建物を燃やそうとしたとして現住建造物等放火未遂罪に問われていた無職の男性(97)に、懲役5年(求刑7年)の実刑判決を言い渡した。 昨年8月、支部の男子トイレで、便器の中にガソリンなどの燃料入り容器を入れたうえ、ライターで火をつけ、便座を焼損させるなどしたという。 弁護側は、高齢による判断能力の低下などを理由に執行猶予をもとめていたようだ。この判決が確定して刑務所に入り、満期で出所したとき、男性は102歳になっている。 インターネット上では、高齢を理由として「収監されるのか?」との素朴な疑問をもつ声もある。実刑判決が出ても、刑事施設に収監されないことはあるのだろうか。元検事の荒木樹弁護士に聞いた。 ●70歳以上であれば、刑の執行を停止できる制度がある ――実刑判決でも高齢を理由として刑事施設に入らない制度はありますか 法律では、懲役や禁錮など刑の言い渡しを受けた人について、検察官が任意で刑の執行を停止できる場合が定められており、その一つが「年齢70歳以上」であるときです(刑事訴訟法482条2号)。 ほかにも、祖父母または父母が70歳以上または重病もしくは体が不自由で、ほかに保護する親族がいないとき(同条6号)、子または孫が幼年で、ほかに保護する親族がいないとき(同条7号)を定めていますが、社会福祉制度が充実した現代において、その適用はほとんど考えられないと思われます。 法務省訓令の執行事務規程によると、刑事施設の長や、刑の言い渡しを受けた人などから刑訴法482条各号に規定する事由による自由刑の執行停止の上申があったときに、検察官は、その事由を審査するとされています。 検察官は、審査の結果、同項に規定する事由がある場合であって、刑の執行停止が相当と認めるときに、執行を停止するとされています(同規程31条)。 ●制度はあるが、高齢受刑者は増加の一途をたどっている ――近年、高齢者による犯罪は増加しています 犯罪白書(令和2年版)によると、70歳以上の受刑者は、平成元年には全国で全入所者2万4605人中、90人しかおりませんでしたが、令和元年には、全入所者1万7464人中、1295人に達しています。
放火未遂の罪に問われていた97歳の男性に、懲役5年の実刑判決が出された。満期で出所した場合には、102歳の「超高齢」となるため、本当に収監されるのかと疑問視する声も聞かれる。
報道(朝日新聞デジタル・6月30日)によれば、高知地裁は6月29日、高知地検中村支部の建物を燃やそうとしたとして現住建造物等放火未遂罪に問われていた無職の男性(97)に、懲役5年(求刑7年)の実刑判決を言い渡した。
昨年8月、支部の男子トイレで、便器の中にガソリンなどの燃料入り容器を入れたうえ、ライターで火をつけ、便座を焼損させるなどしたという。
弁護側は、高齢による判断能力の低下などを理由に執行猶予をもとめていたようだ。この判決が確定して刑務所に入り、満期で出所したとき、男性は102歳になっている。
インターネット上では、高齢を理由として「収監されるのか?」との素朴な疑問をもつ声もある。実刑判決が出ても、刑事施設に収監されないことはあるのだろうか。元検事の荒木樹弁護士に聞いた。
――実刑判決でも高齢を理由として刑事施設に入らない制度はありますか
法律では、懲役や禁錮など刑の言い渡しを受けた人について、検察官が任意で刑の執行を停止できる場合が定められており、その一つが「年齢70歳以上」であるときです(刑事訴訟法482条2号)。
ほかにも、祖父母または父母が70歳以上または重病もしくは体が不自由で、ほかに保護する親族がいないとき(同条6号)、子または孫が幼年で、ほかに保護する親族がいないとき(同条7号)を定めていますが、社会福祉制度が充実した現代において、その適用はほとんど考えられないと思われます。
法務省訓令の執行事務規程によると、刑事施設の長や、刑の言い渡しを受けた人などから刑訴法482条各号に規定する事由による自由刑の執行停止の上申があったときに、検察官は、その事由を審査するとされています。
検察官は、審査の結果、同項に規定する事由がある場合であって、刑の執行停止が相当と認めるときに、執行を停止するとされています(同規程31条)。
――近年、高齢者による犯罪は増加しています
犯罪白書(令和2年版)によると、70歳以上の受刑者は、平成元年には全国で全入所者2万4605人中、90人しかおりませんでしたが、令和元年には、全入所者1万7464人中、1295人に達しています。