今年3月、17年ぶりに改訂されたのが、静岡、山梨、神奈川の3県からなる富士山火山防災対策協議会が発表した富士山ハザードマップだ。今回の改定によって、溶岩噴出量をはじめ、多くの数値が改定され、最悪の場合、富士山噴火による被害は、富士山がまたがる静岡・山梨だけではなく、首都圏にも及ぶ可能性も懸念される。
そこで、新たに改定された富士山ハザードマップのポイントや噴火によっておこる被害、その対策法などを記した『富士山噴火 その時あなたはどうする?』を発刊する京都大学特任教授・名誉教授の鎌田浩毅氏に、ハザードマップ改定のポイントを聞いた。
◆富士吉田市、富士宮市に最短2時間で溶岩が到達
近年、自然災害が増加するなか、より多くの注目が集まりつつあるのがハザードマップの存在だ。「災害」を意味する「ハザード(hazard)」から命名されているように、ハザードマップとは「災害を最小限に食い止めるためには、どの範囲がどれくらい危険か」を示した地図である。
2021年3月、17年ぶりに富士山噴火のハザードマップが改定された。それにより、従来想定されていたよりも、より多くのエリアに被害が及ぶ可能性が高いことがわかったのだ。場合によっては、その被害は、近隣住民のみならず首都圏に住む人々にも及ぶ。そこで、火山研究者である鎌田浩毅氏に、改定点やそのポイントについて伺った。
「まず大きな変更点は、富士山噴火によって想定される溶岩の噴出量が従来の約2倍に修正されたことです。2004年に作成されたハザードマップは、1707年に起きた宝永噴火をもとに作られていたのですが、864~866年に起きた貞観噴火の溶岩量がその倍ほどだったことが判明。そのデータをもとに、富士山が噴火した場合の最悪の事態を想定して、このたび再計算されたという経緯があります」
ハザードマップに記された溶岩量の噴出量が変わったことで、被害はどう変わるのか。
「溶岩の噴出量が増えると、溶岩が到達する距離と速度が変わってきます。溶岩は熱ければ熱いほど、より速く、かつより遠くまで流れるとされているのですが、量が多くなると持つ熱も内部に留まりやすくなって冷えにくくなります。そのため、従来の予測で10時間以内に溶岩が到達するとされていた山梨県富士吉田市や静岡県富士宮市には、最短2時間で到達すると見直されました。また、溶岩が到達する範囲も、従来は静岡と山梨までとされていたが、神奈川県相模原市や小田原市まで流れる可能性が出てきました」
◆東名高速道路、東海道新幹線も寸断される
さらに、富士山の側火口周辺で溶岩が噴き出す起点となる地点も252地点に増加。そうした起点から、溶岩が流れた場合を想定したシミュレーションも行われた。
「噴火というと、多くの方は山頂から溶岩が流れ出す様子をイメージされるかもしれません。ですが、近い将来に富士山が噴火した場合、その噴火地点は山頂ではなく山腹にたくさんある『側火口』から噴火する可能性が高いのです。つまり、山梨側と静岡側のどちらの火口から噴火するかで、被害状況は大きく異なります。場合によっては、南北の両側から噴火する可能性も否定できません」
では、噴火した火口の場所が山梨側にあった場合と静岡側にあった場合とでは、どのように被害状況は変わって来るのだろうか。過去の事例をもとに、鎌田氏はこう解説する。
「山梨側で発生した最も大規模な噴火である貞観噴火の場合、山梨県鳴沢村に位置する長尾山などの火口から約13億立方キロメートルの溶岩が流れ出しました。ちなみに、青木ヶ原樹海はこの時に流れた溶岩の上にできた原生林の森林地帯です」
広大なことで知られる青木ヶ原樹海。ひとたび大規模な噴火が発生すれば、非常に広範囲に渡って溶岩が流れ出すということがよくわかる。一方、仮に静岡側で富士山が噴火した場合は、状況は全く異なるという。
「富士山の南東には、1707年の大噴火で巨大な穴が開いたとされる宝永火口があるのですが、この火口をはじめ静岡側から溶岩が噴き出した場合、溶岩は噴火から2時間以内に御殿場市、富士市、富士宮市を襲い、最大で駿河湾まで達すると予測されています。そして、南に流れ出した溶岩は新東名高速道路と東名高速道路を寸断し、三島駅付近などで東海道新幹線の線路を飲み込む可能性も。新幹線と高速道路という『東西の大動脈』が完全に断たれてしまう恐れがあるのです」
また、山梨県側であっても、静岡県側であっても、噴火後は広範囲にわたって火山灰が飛来し、飛行機など空路での移動は不可能になる。東西をつなぐインフラは、完全に閉ざされてしまうのだ。
◆ハザードマップを知っておくことで、助かる可能性は上がる
いつ起こるかわからない富士山噴火だが、「ハザードマップをもとに事前に十分な知識を持つだけで、助かる可能性は大きく上がる」と鎌田氏は続ける。
「たとえば、2000年春に噴火した北海道・有珠山では、噴火の前に作成されたハザードマップが、地元住民に前もって配られていました。このために1万6000人もの住民の避難が速やかに完了し、一人の死者も出さずに済みました。ハザードマップは、避難計画、避難施設整備、土地の利用計画にも密接に関係するため、火山防災に不可欠な存在です」
現在、ハザードマップは内閣府や市町村のホームページからダウンロード可能だ。まずはハザードマップを入手し、どのような被害が起こりうるのか知識をあらかじめ持っておくことが肝心なのだ。
「災害時は、不意打ちを受けたときに被害は一気に増大するものです。逆に言えば、事前に知識があれば、助かる確率は上がります。つまり、『知識は力なり』です。あと、もうひとつのポイントは、『自分の身は自分で守る』ことです。国や自治体を頼りにするだけではなく、ハザードマップなどを通じて、日頃からひとり一人が防災知識を蓄え、万が一に備えておくことが大切なのです」
鎌田浩毅(かまた・ひろき)
1955年生まれ。東京大学理学部地学科卒業。現在は京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授・京都大学名誉教授。内閣府災害教訓継承分科会委員、気象庁活火山改訂委員、日本火山学会理事、などを歴任。日本地質学会論文賞受賞(1996年)。「京大人気No.1教授」の「科学の伝道師」。著書に『富士山噴火 その時あなたはどうする?』(扶桑社)、『富士山噴火と南海トラフ』『地学ノススメ』(ブルーバックス)、『火山噴火』(岩波新書)、『火山はすごい』(PHP文庫)、『もし富士山が噴火したら』(東洋経済新報社)など。鎌田浩毅のホームページ
―[富士山噴火 その時あなたはどうする?]―