観光地や温泉街、解除後初の週末に「新たな一歩」「踏ん張りどころ」

新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言が解除され、初の週末となった2日、各地で観光に携わる人たちがにぎわい回復へ再スタートを切った。観光人力車を引く男性は伝統を守る決意を改めて固め、温泉街で働く人たちは「踏ん張りどころ」と気を引き締めた。(高田悠介、大須賀軒一)
2日午前、東京・浅草にある雷門。シンボルマークの大提灯の付近は、記念撮影する観光客らで混み合った。
「すぐに乗れますよ」。人々にそう声をかけていたのは、人力車の車夫・碓井雅大さん(41)だ。人力車を運営する「時代屋」の従業員として10年以上、かいわいを巡る。久しぶりのにぎわいに、「今日が、新たな第一歩です」と笑顔を見せた。
軽快に車を引いて回り、地域を盛り上げる車夫たち。勤務先の不動産会社を辞めようかと迷っていた28歳の頃、元車夫からその魅力を聞かされ、「生涯の仕事に」とこの世界に飛び込んだ。
数十ページある観光ガイドを暗唱できるまで覚え、200キロにもなる人力車を操れるようにと、筋肉トレーニングに励んだ。経験を重ねるにつれ、お客さんから「一生の思い出になった」と手紙が届くようになり、「自分と、この仕事が認められた」とのめり込んだ。
国内の訪日外国人客は2015年頃から急激に増加し、浅草がある台東区には18年、約950万人の外国人が訪れるなど空前のにぎわいを見せるようになった。大学時代に覚えた英語のお陰もあって、客が絶えることはなく、1日20キロを走った。「東京五輪・パラリンピックは多忙過ぎて倒れるのでは」。そんな想像をしながら、英語力に磨きをかけていた20年春、コロナ禍に見舞われた。
浅草の人波は途絶え、20事業者、160台ある人力車がほぼ稼働しない日々もあった。会社の売り上げも一時、9割落ち込んだ。
ある日、通行人に声をかけると、「こんな状況で、のんきに観光なんてするわけないだろう」と罵声を浴びせられた。仕事を否定された気分になり、誘客するのも慎重になった。
それでも、あきらめずに街頭に立ち続けるうち、「人力車がいらないと思われてはいけない」という思いが強まってきた。会社も4月から、ウイルス対策などを施した人力車を導入。碓井さんも手指と座席などの消毒、マスクは欠かさない。
「ワクチン接種が進み、以前とは環境が違う。ただ、すぐに観光客が戻ってこないだろう。不安はあるが、大好きな人力車の文化を守っていきたい」。碓井さんは2日、思いを新たに人力車を引いた。