9月29日夜8時過ぎ、福岡空港から程近い住宅街。10台のパトカーと救急車の赤色灯が周辺を照らし、交差点の封鎖で何台ものバスが立ち往生していた。
「警察が駆けつけたところ、交差点付近のマンション2階で、小学3年生の田尾勇人君(9)が亡くなっていたのです」(捜査関係者)
第一発見者は、勇人君の兄だった。裸足で玄関を飛び出すと、鉢合わせた上階の住人女性に「弟が刺された」と助けを求め、110番通報を頼んだという。
「玄関には内鍵がかけられており、警察はベランダから突入しました。すると母親が勇人君の脇で倒れ、首のほか、手首の下を骨が見える深さまで自傷していた。ただ、命に別状はなく、その場で母親は『育児に疲れた』と捜査員に犯行を認めています。当時、父親は仕事で不在でした」(同前)
勇人君は元気で母親も優しい雰囲気。だが…
一家が鹿児島県から福岡市博多区に引っ越してきたのは、勇人君が小学2年生に上がった昨春のことだった。現場となったマンションは3LDKで家賃8万円ほど。転校生だった勇人君だが、学校には馴染んでいた。
同級生の保護者が明かす。
「元気な子で、放課後も男女混ざって鬼ごっこをしたり、サッカーや野球をしたりして遊んでいました。学校の集合写真でも笑顔でピースしていた。母親も優しい雰囲気の人で、勇人君を公園で遊ばせている姿をよく目にしました」
だが、引っ越し直後から始まったのは、終わりの見えない自粛生活。複数の保護者によれば、授業参観などの学校行事は中止が相次ぎ、親同士の繋がりは無くなっていたという。
「父親も仕事で帰りが遅いらしく、子育てや家事の負担が大きかったのかもしれません」(別の保護者)
母親が語った“動機”
そして――。
事件は起きてしまう。前出の捜査関係者が語る。
「父親によれば、母親は事件数日前から言動が不自然になり、『コロナ陰謀論』にとらわれるような発言もあったそうです」
実際、母親は取り調べに対し、動機を次のように話しているという。
「コロナで世の中が変わってしまい、人が信用できない。子どもも可哀そうだから一緒に死ぬ」
精神科医の片田珠美氏が指摘する。
「転居先で環境に適応できないと、“引っ越しうつ”になりやすい。加えてコロナ禍で人間関係の構築が難しい中、育児で孤立感を持つ母親は少なくありません。うつ症状が悪化すると、悲観的思考に陥りやすい。特に女性は第三者の目を気にしやすい傾向にあり、被害妄想や希死念慮(自殺願望)を抱きがちです」
その結果、息子も巻き添えにしたのか。警察は母親が回復次第、殺人容疑で逮捕する方針だと見られる。
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2021年10月14日号)