過度の飲酒習慣などで酒の飲み方をコントロールできなくなる「アルコール依存症」は、自らの身体や精神だけでなく、周囲の人間関係や生活にも影響を及ぼしかねない。大阪で昨年2月、何の落ち度もない運送会社の従業員が、依存症患者の元同僚に刺殺される事件が起きた。裁判では、周囲が差し伸べた支援の手を振り払い、身勝手な行動を取り続けた男による犯行の詳細が明らかになった。
会社のナンバー2
「そんなことをしたらあかん!」
昨年2月27日の昼過ぎ、普段は平穏な大阪府高槻市の運送会社に叫び声が響いた。
配送作業を終え、会社に戻った男性運転手が目撃したのは、刺し身包丁を手に持ち、被害者の男性従業員=当時(40)=をめった刺しする男の姿だった。運転手が駆け寄って制止を試みると、血の付いた包丁を手に「刺したろか?」と近づいてきた。
犯人は、前日までこの会社で働いていた松井保元被告(36)=殺人罪で起訴。被害者は搬送先の病院で死亡が確認された。
事件直前まで社長に次ぐナンバー2の立場にあり、配車や営業を任されていた元被告。そうした立場にもかかわらず、たびたび職場で飲酒トラブルを起こしていたとされる。大阪地裁で10月に開かれた裁判員裁判で、証人として出廷した男性社長は衝撃的なエピソードを次々と明かした。
温情が裏目に
泥酔してろれつの回らない状態で電話をかける▽暴れる元被告の対応に他の従業員が困り果てる-。さらに、ささいなことで激高し、従業員が4人がかりで押さえつけたこともあった。
とっくに会社をクビになっていてもおかしくない所業が繰り返されながら、社長は「立ち直ってもらいたい」と解雇を先送り。そんな温情が裏目に出た。
松井元被告は事件前日、社長らの勧めもあり、入院治療を受けることになった。だが、酒に酔った状態で現れると、社長が運転する車で病院へ向かう途中にコンビニエンスストアで酒を購入。病院では医師に暴言を吐いて入院を断られ、その後も会社の事務所で暴れたため、ついに解雇されるに至った。
あいまいな犯行動機
亡くなった被害者は、松井元被告と具体的なトラブルを抱えていたわけではなかった。それなのになぜ、被害に遭わなければならなかったのか。
事件直前、松井元被告は会社側と、飲酒トラブルを2度と起こさないという誓約書を交わしており、破った場合は解雇されてもやむを得ないとの内容が記されていた。会社側は病院内外での行動が解雇の要件を満たすと判断したが、元被告は処分に不満を募らせた。
元被告は事件前日、被害者に「不当に誓約書にサインさせられた。回収お願いします」との内容のメールを送信。これに被害者は返信をしなかった。
公判で松井元被告は、解雇処分後に、被害者や会社側と連絡がつかなかったことに腹を立てたという趣旨の内容を述べつつも、「いま考えれば、そこにいた誰かが犠牲になっていたかもしれません」とも話し、最後まで犯行動機はあいまいなままだった。
判決で渡部市郎裁判長は「被害者は解雇とは無関係で、被告とのもめごともなかったことからすると、犯行は身勝手極まりない理不尽なもの」と指摘。アルコール依存症と犯行との直接的な因果関係は認めず、懲役18年(求刑同22年)の実刑が確定した。
周囲の適切な支援と、本人の意思があれば克服できる可能性があるとされるアルコール依存症。勤務先の男性社長は「入院してくれたら治るんじゃないか」と期待していたと公判で明かしたが、思いは届かず、最悪の結末を迎えてしまった。(地主明世)