王将社長射殺8年、第一発見者が状況語る 現場と事件への思い、ハトへの愛

■腹にパチンコ玉ほどの穴「ピストルや」
2013年12月19日午前5時45分。京都市山科区の王将フードサービス本社前の駐車場で、大東隆行前社長=当時(72)=が4発の凶弾に倒れた。
1時間後、携帯電話を握りしめて倒れている大東さんを見つけたのは、富岡正和さん(66)=京田辺市=だ。大東さんの趣味であるハトレースを通じて知り合い、王将本社の屋上で小鳥の世話をしていた。
「心筋梗塞やろか。えらいこっちゃ」。富岡さんは焦って心臓マッサージを繰り返したが、既に瞳孔は開き、大東さんの体は冷たくなっていた。よく見ると、左の腹部にパチンコ玉ほどの穴が二つ、空いていた。「ピストルや」。撃たれた痕だった。

王将フードサービスの前社長射殺事件は19日、未解決のまま8年を迎える。現場の第一発見者が京都新聞社の取材に応じ、当時の状況や大東さんへの思いを語った。

■手の中に開かれた携帯
夜が明けきらない午前6時45分ごろ、富岡さんは、大東さんが倒れているのを発見した。急いで消防や警察、王将幹部に連絡したという。
「待て!動くな」。駆け付けた京都府警の捜査員が近くで銃弾の薬きょうを見つけ、叫んだ。大東さんのワイシャツはかすかに赤くにじんでいたが、大量の出血はなかった。
大東さんが握った携帯電話は、開かれた状態だったという。「(銃撃されて)倒れながら、どこかに電話しようとしたのかもしれない」。8年前の事件を振り返り、富岡さんは語る。
富岡さんは十数年前、滋賀県内の放鳩地で大東さんと知り合った。ハトの世話役を頼まれ、山科区に移り住んだという。午前4時ごろに大東さんの自宅を訪れて数百羽のハトの餌やりや訓練をした後、王将本社の屋上で大東さんから朝食を振る舞われる毎日だった。
「ここは王将の看板や」。大東さんはそう言い、本社前の掃除を日課にしていた。「社員には厳しい一面もあったが、普段の会話は冗談ばかり。友達のような関係だった」。事件前日の夕方にも自宅で言葉を交わしたがいつも通りの気さくな様子だったという。
取材に応じたのは、事件解決につながれば、との思いからだ。8年が過ぎた今も、大東さんが夢に出てくるという。大空に放ったハトの帰りを鳩舎で待ちながら、語り合う2人。大東さんは目尻を下げて大きな声で笑う。「夢から覚めると寂しい気持ちになるけど、犯人が捕まることを祈っている」とつぶやいた。
■社長の「形見」、全国優勝
2人と一緒にハトレースの愛好家団体「日本鳩レース協会・城南競翔連合会」に所属していた渡辺秀司さん(67)=京都市南区=も、喫茶店で大東さんとハト談議に花を咲かせた日々を思い出す。「僕らとも何の隔たりもなく付き合う人。面倒見がよく、みんなから慕われていた」
事件の翌年、渡辺さんや富岡さんらは大東さんが飼っていたハト17羽を「大東ロフト(鳩舎)」の名前でレース登録した。すると15年春、うち1羽が700キロの長距離レースで全国優勝したという。
渡辺さんは「優勝してホテルで祝勝会を開くのが大東さんの夢やった。生きている間はできなかったけど、あの優勝は大東さんが引き寄せたんかな」と少し寂しそうに笑った。