50年前のビル建築…専門家が見た建築物の盲点『屋内の避難階段』大阪のビル放火殺人

大阪・北新地にある心療内科クリニックで24人が死亡した放火殺人事件。一級建築士で防災建築にも詳しい大阪工業大学・建築学科の吉村英祐特任教授に、火災現場について話を聞きました。 (大阪工業大学 吉村英祐特任教授) 「現在の建築基準法だと6階以上でビルの避難経路が1階段しかない場合、避難上有効なバルコニーというのが道路側にあるのですが、このバルコニーが無いといういうことに違和感を感じました」 周辺のビルを見ると、6階以上のビルには通りに面した部分に避難のためのバルコニーが設置されています。しかし、火事が発生したビルにはバルコニーは見あたりません。 (大阪工業大学 吉村英祐特任教授) 「このビルが1970年という非常に古い時期に竣工しているので、当時はそういった基準はなかったということがわかります。建築基準法に『既存不適格』という考えがありまして、ビルを建てた当時に合法であればその後、建物をいじらない限りずっと残せる」 避難上有効なバルコニーの設置以外にも、いまの建築基準に当てはまらない点が他にもありました。 (大阪工業大学 吉村英祐特任教授) 「現在の法律だと屋外避難階段(でなければならない)。1970年当時の法律では、そういう規定がなかったので、全面壁に覆われた階段になっている」 壁に囲われたビルの階段室に、吉村特任教授はさらに気になる点があると言います。それは、火災のあった4階よりも上の階にある「すす」の形跡です。 (大阪工業大学 吉村英祐特任教授) 「出火した4階の階段前にある防火扉が閉まらなかった可能性が極めて大きいと思います。(ビル6階と7階の窓に)すすが出ていますので、階段室が煙突のようになって煙が上に上がったと。もし上の階にたくさんの人がいたら犠牲が増えていた可能性がある(防火扉が閉まらなった理由は?)防火扉の前に物を置いたりして、閉まらないようにしていた可能性があります。(また)扉が古くなって、閉まりにくくなっていた可能性もあります」 今回の事件、建築物の『盲点』を突かれ防ぐことは難しかったのではないかと吉村特任教授は話しています。 (大阪工業大学 吉村英祐特任教授) 「避難経路が1階段の場合は基本的にネックとなる(出入り口)場所で放火されたらどうしようもない。そもそも建築基準法というのは放火というものを想定していない。(階段室の出入り口で放火された場合、助かる術はあるのでしょうか?)出入り口を押さえられたら逃げられないことに変わりはない。それとビルが1970年に建築されたという特異な条件、悪条件がいくつも重なり合った例であるように思います」