大阪ビル放火の容疑者、離婚後に生活荒れる…兄「もう30年会ってない」

大阪・北新地の雑居ビルで起きた放火殺人事件で、心肺停止の状態で搬送された谷本盛雄容疑者(61)は、今も重篤な状態が続いている。腕のいい板金工として信頼されていた職人は、結婚生活の破綻を機に孤独を深めていった。昔を知る人は、

凄惨
(せいさん) な事件との落差に驚く。

谷本容疑者は1960年、大阪市此花区で板金工場を営む家庭に4人きょうだいの次男として生まれた。高校卒業後、主にトタン屋根や壁の工事を行う板金工として実家など複数の工場を転々とし、技術を磨いた。
「仕事一本の職人」。2002年から約8年間勤務していた同市淀川区の板金工場で社長だった男性(78)は振り返る。「責任感が強く、任せた仕事は完璧に仕上げる。職場内で一番腕が良く、助けられていた」と話す。
ただ、人付き合いは苦手で親しい同僚はいなかった。職場で意見が食い違うと、顔を真っ赤にして黙り込むことが度々あったものの、暴力をふるうようなことはなく、男性は「信じられない」と語る。

男性の証言などによると、谷本容疑者は看護師の女性と結婚。息子2人をもうけ、同市西淀川区のマンションで家族4人で暮らしていたという。しかし08年9月に離婚。家を出て一人暮らしを始めた。約1年後に復縁を申し込んだが、拒否されると、競馬に金をつぎ込むなど、生活は乱れていった。10年には勤務先の工場を無断欠勤するようになり、連絡も取れなくなったという。
近隣住民の話では、谷本容疑者は約1~2か月前、西淀川区の住宅に引っ越してきたとみられる。周囲との交流は一切なかった。
「盛雄とは、もう30年以上会っていない」。大阪市内に住む実の兄は話す。過去には互いの自宅を行き来していたこともあったが、約30年前、父親が他界した頃から疎遠になった。
兄は「多くの方が亡くなられて、大変気の毒に感じています」とうつむいた。