政府は24日、2025年版の自殺対策白書を閣議決定した。24年の15~29歳の若者の自殺者は3125人で、5年連続で3000人を超えた。若い女性は医薬品などの服毒による割合が高く、20~30代前半では自殺未遂歴がある人が4割を超えた。近年市販薬の過剰摂取「オーバードーズ(OD)」が社会問題化しているが、40歳未満の未遂者の6割超がODで搬送されていたことも明らかになった。
若者の自殺者が高止まりしている状況を受け、今年の白書は若者の自殺について詳しく分析した。
男女別では男性1859人、女性1266人。各年代で男性が女性を上回ったが、10代後半のみ女性(347人)が男性(313人)より多かった。
原因・動機は学生、社会人といった属性や年齢により傾向が違っている。大学生などの場合、男女とも21歳が最多で、主な原因はいずれも進路に関する悩みだった。
自殺未遂歴の有無が自殺に至る大きなリスク要因となる。23、24両年の調査から未遂時の手段を見ると、40歳未満ではODが6割を超えていた。未遂歴があった割合は全年代で女性が多く、平均は3割だったが、20代は4割を超え、30代前半まで同水準で推移していた。
厚生労働省の担当者は「ODへの対策が自殺未遂対策としても重要と位置づけている。また救急搬送後に再び自殺を試みないよう包括的な支援が必要だ」としている。
24年の自殺者の総数は2万320人と前年より1517人減少し、統計開始以降2番目に少なかった。ただ、小中高生の自殺者数は前年から16人増の529人で統計開始以降最多となった。【肥沼直寛】
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・こころの悩みSOS
悩みを抱えた当事者や支援者への情報のほか、相談機関を紹介した毎日新聞の特設ページです。
投稿者「F.Krueger」のアーカイブ
「語彙力が小学生並み」防衛大臣の小泉進次郎、就任会見で“同じワード”を6回連呼して国民呆れる
適切に判断したい10月22日、防衛大臣に就任した小泉進次郎氏の就任会見で飛び出したこのフレーズが、ネット上で大きな話題になっている。
新しい“進次郎構文”の誕生
この日、記者から「防衛大臣在任中に靖国神社に参拝するつもりはあるか」と直球で尋ねられた小泉氏。「農林水産大臣としての記者会見でも、靖国神社の参拝についてどうするのかということに対しては、適切に判断したいとお答えをさせていただいている通りでございます」と回答。ここから「適切に判断したい」の連呼が始まった。
「同じ記者から『防衛大臣の参拝は意味合いが違うというようなことも聞いていますが』と追及されると、小泉氏は『適切に判断しますが』と前置きして、『不戦の誓いをすること自体はどの国にとっても当然のこと』などと述べながらも、『何度も申し上げますけど、適切に判断したいと思います』と明言を避けました。
さらに、A級戦犯合祀について問われると、『最終的に参拝するかどうかは適切に判断させていただきます』と回答。『これまで参拝を続けてきたということはA級戦犯が合祀されていることに問題ないということ?』と詰め寄られても、『政治家として適切に判断してまいります』とリピート。さらにこのあともう1度、『適切に判断する』という言葉が聞かれたため、わずか3分半の間に6回連呼したことになります」(全国紙政治部記者、以下同)
この会見の様子を見たネットユーザーからは、
《これでいいなら国会議員誰でもできるよ》 《馬鹿のひとつ覚えじゃん 語彙力が小学生並みだな》 《どんな質問でも『適切に判断したい』で全部防御できるの最強のバリア》
といった皮肉や冷笑の投稿が相次ぎ、わずか数時間でトレンド入りする事態に。さらに秀逸なのが、このフレーズを応用した新しい“進次郎構文”の誕生である。《今日が木曜日かどうか適切に判断したい》など、日常の場面にこの表現をあてはめた投稿が次々と見られた。
先の全国紙記者はこう語る。
「そもそもこうした“進次郎構文”は2019年9月、環境大臣当時の国連サミットでの『今のままではいけないと思います。だからこそ、日本は今のままではいけないと思っています』という同義語反復が発端とされています。その後も意味不明で当たり前のことを特別に述べる“ポエム風”の発言が話題になってきましたが、それらに『適切に判断したい』というワードが加わったことになります」
小泉氏はこれまでも“説得力のある表現”が課題となっていた。
「先月9月23日放送の『news23』の総裁選討論では、候補者の1人だった高市早苗氏が『外国人政策に関する司令塔をしっかり強化する』と述べたのに対し、小泉氏はほぼそのまま『政府全体の司令塔機能を強化する』と表現をコピーした。翌24日の日本記者クラブ討論会では、質問に対する“カンペ読み”も指摘されていました」
防衛大臣という国家の根幹を担当する職務にあって、6回も同じフレーズで答えるのは説明責任の放棄ではとの意見もある。この問いに対しても小泉氏はきっと――。
「何もかも嫌になった」警察署でカッターナイフ所持した男を銃刀法違反の疑いで現行犯逮捕 福岡・筑紫野市
23日夜、福岡県筑紫野警察署を訪れた男が、正当な理由がなくカッターナイフを持っていたとして、銃刀法違反の疑いで現行犯逮捕されました。
警察によりますと、23日午後11時10分ごろ、福岡県筑紫野市の筑紫野警察署を訪れた男が、対応した警察官に対し「何もかも嫌になった。刑務所へ行きたい。このままでは人を傷つけたりしてしまいそう。」などと話しました。
警察官が危ないものは持っていないか尋ねると、男はカッターナイフを持っていると答えました。男の所持品を確認したところ、リュックサックの中に刃体の長さ約7センチのカッターナイフを所持していたため、男を銃刀法違反の疑いで現行犯逮捕しました。
逮捕されたのは筑紫野市の無職藤原直樹容疑者(62)です。
藤原容疑者は、警察の調べに対し「車のタイヤをパンクさせようと思って持っていた。何かをする前に捕まえてほしい」などと話していて容疑を認めています。
パトカーを見て軽乗用車が歩道上でフリーズ 酒気帯び運転の疑いで42歳の男を現行犯逮捕 20代の男も同乗
24日未明福岡市城南区の市道で酒を飲んで車を運転したとして42歳の男が現行犯逮捕されました。
24日午前1時過ぎ福岡市城南区七隈の市道でパトロール中の警察官がコインパーキングから市道に出ようとした際にパトカーを見て、歩道上で動かなくなった不審な軽乗用車を目撃し、その後停止を求めました。
軽乗用車を運転していた男から酒の臭いがしたため、男の呼気を検査したところ基準値の5倍近くのアルコールを検出。
警察は運転していた佐賀市に住む自称建設業の42歳の男を酒気帯び運転の疑いで現行犯逮捕しました。
男は取り調べに対し「飲酒運転したことは間違いない」と容疑を認めているということです。
軽乗用車には20代の男性も同乗していて、警察は同乗していた男についても酒気帯び運転(同乗)の疑いを視野に捜査しています。
「ぶっ殺してやる」妻が包丁振り上げ夫を脅迫 夫は妻をビンタ 50代夫婦を逮捕 北海道小樽市
北海道・小樽警察署は2025年10月23日、小樽市の50代男と50代女の夫婦を現行犯逮捕しました。
2人は23日午後10時半すぎから午後10時45分ぐらいまでの間、自宅で夫婦げんかの末、夫は妻の頬をビンタした暴行の疑い、妻は包丁を振り上げ「ぶっ殺してやる」などと夫を脅迫した暴力行為等処罰法違反の疑いが持たれています。
警察によりますと「両親がけんかをしている」と家族から110番通報があり、警察官がかけつけた際、2人はけんかの真っ最中だったということです。
これまで2人をめぐり警察への相談などはなかったということで、調べに対し、2人はいずれも「間違いない」と容疑を認めています。
警察が当時の状況や経緯などを詳しく調べています。
「馬車馬のように働いてほしかった」三原じゅん子前大臣が退任式で語った“強調”に国民再激怒
こども政策担当大臣を退任した三原じゅん子氏(61)が、こども家庭庁で職員に向けた退任の挨拶に、またも批判の声が上がっている。
三原氏は17日に行った同庁の会見で、質問も報告もなくわずか28秒で終了し大炎上。なんの発信もなかったことで、「本当に仕事をしているのか?」と国民不信を煽った。
そんな中で行われた三原氏の退任挨拶で飛び出したのが、「ワークライフバランス(WLB)を大切に」という異例のエール。これは、高市早苗首相が打ち出した「ワークライフバランスという言葉を捨てる」という“自民党馬車馬宣言”とは真逆のメッセージだった。
ワークライフバランスを強調の三原じゅん子
三原氏は職員に向かって、
「みなさんがいつも健康で笑顔で仕事をしていただくことが何よりも大切」とし、「俗に言うワーク・ライフ・バランス、これ今使うとちょっとまた炎上しそうなので気をつけているが、私はこれはとても大切なことだと思っている」
と、励ました。
「退任式では手元の原稿を読むのではなく、珍しく“自分の言葉”で話していた印象です。職員に、“3点だけお願いさせていただきたい”と切り出し、WLBを最後に持ってきたということは、よほど重要視していたのでしょう。“炎上”を恐れながらもこの言葉に触れ、改めてWLBを強調していました」(全国紙政治部記者)
しかし、やはり国民は忘れていない。三原氏がWLBに触れれば触れるほど炎上することを。案の定、退任式のニュース記事が出ると、
《成果も何も出てこないのはライフが大半を占め過ぎたからでは無いですか?》 《ワークライフバランスは美容とファッションが半分以上を占めているからねぇ》 《ワークにどのぐらいかけたのでしょうか?》 《ワークは全くしてなかったよね ライフは楽しんでおられたようですが!》 《ワークしてからバランスを語って欲しい》
と、三原氏の「ワーク」に疑問を感じる声が散見。
「このような声が出るのも無理はありません。国会審議中に国会を抜け出して美容整形クリニックに通っていたという報道がありましたから。元女優でしたし美意識が高いのはわかりますが、さすがに許されるものではありませんでした」(同前)
《三原さんには馬車馬のように働いてほしかった》と、SNSではリーダーとしての姿を求めるコメントもあった。
大臣という肩書を失っても国会議員には変わりない。与党のベテラン議員として、今後どのようなワークを見せてくれるのだろうか。
通勤手当「不正受給」で八王子市が108人の大量処分…バス申請し徒歩通勤など不正は総額915万円
東京都八王子市の市職員通勤手当の不正受給問題で、市は23日、関与した職員97人、監督責任のある管理職11人の計108人の大量処分を発表した。初宿(しやけ)和夫市長には今年9月まで報告されておらず、長く報告や公表しなかった経緯を第三者による検討会が調べる方針だ。(長谷部耕二)
発表によると、2019年4月~24年9月の期間で、不正受給の総額は915万円だった。都市整備担当部長兼開発・建築担当部長(59)を停職1か月(23日付で依願退職)、男性課長(58)ら10人を戒告の懲戒処分としたほか、19人を訓告、58人を口頭での厳重注意とした。
監督責任については、植原康浩副市長を厳重注意として給料10分の3(3か月)を自主返納、中邑仁志副市長も厳重注意で給料10分の1(1か月)を自主返納する。総務部長ら部長3人、課長6人を厳重注意とした。
記者会見した初宿市長は「市民の信頼を大きく損なう事態となり、心からおわび申し上げる」と陳謝し、副市長らと深々と頭を下げた。
停職の部長は、24年9月まで4年以上にわたり、計37万3556円を不正に受け取った。期間と金額が最大だった男性主査(60)は24年9月までの約5年半で、49万1778円を受給。いずれもバス通勤を申請したにもかかわらず、徒歩で通勤していた。
すでに退職した職員9人のうち、2人は戒告相当、2人は訓告相当、5人を厳重注意相当とした。
この問題をめぐっては、市は昨年10~11月に調査し、同12月に職員97人がバスや電車の定期代計1671万円を返納したが、市は「調査が続いている」として公表せず、初宿市長には今年9月まで報告されなかったという。初宿市長は会見で「返納の事実について、隠蔽(いんぺい)の疑いがある」と指摘した。
弁護士や大学教授らによる第三者検討会が来月に発足し、庁内での隠蔽行為の有無や不正受給の経緯を調べ、来年3月までに再発防止策を含めて結果を公表する。
市によると、08年以降、通勤・住居・扶養手当の不正受給で懲戒処分を受けた職員はゼロだった。初宿市長は「懲戒処分の判断基準に疑義があったので、不正期間の長短などを加えて基準を作り直した」と説明した。住居・扶養手当も不正が認定されれば処分する。
地方自治に詳しい木寺元・明治大学教授(政治学)の話
「八王子市役所の組織統治に問題があり、深刻な機能不全に陥っている。管理職も不正に手を染めており、内部チェックが働いていない。副市長が市長に伝えなかったのも問題だ。行政の信頼失墜につながるため、返納の事実を速やかに公開するべきだった。報道機関の情報公開請求がなければ、隠蔽を続けた可能性もある。住宅手当や扶養手当の不正受給でも、しっかりした対応をとらないと、信頼の回復は見込めないだろう」
高市首相の自維連立はいつまで続くか…船出したばかりの新政権が抱える「重すぎる足枷」
平成史のカセットテープを、「逆向きに再生」するような形で、高市早苗氏が初の女性首相に就いた。
高市氏の初当選は、自民党を下野させたことで歴史に残る1993年の衆院選。当時は無所属で、リベラルを名乗っていた。同じ選挙でのデビュー組には、後に平成の政治を動かす人が多く、首相も安倍晋三・野田佳彦(初当選時は日本新党)・岸田文雄に続く4人目になる。
実はこの総選挙、宮澤喜一首相の自民党は必ずしも「負けて」おらず、公示前からむしろ1議席増やしてさえいた。それでも政権を失うことになったのは、新生党・新党さきがけの2つの新党が、選挙前に分離してしまったためだ。
後に総理大臣になる小泉純一郎は、結果を見てすぐ、日本新党を率いる細川護熙を「自民が首相に推す」形の連立を思いついた。細川がもとは自民党の参院議員だったためだが、このときは新生党の小沢一郎の手腕がまさり、細川は「非自民連立」の首班となる。
今回も、公明党が連立を離脱したことで自民党が窮地に立ち、一時は「立憲・国民・維新」(ないしさらに公明)での非自民政権の噂が立った。実現すれば選挙を挟まないだけで、まさしく1993年の再来だった。
しかし高市自民党はあっさり日本維新の会を取り込み、新たな連立での政権維持を決めた。その意味で令和の政治はこれから、「平成」とは逆の向きに走り出すことになる。
なぜ今回、細川政権のような形で「非自民」は手を組めなかったか。大義名分がなかったからだ。1993年には「政治改革」、つまり選挙制度の抜本改正が、どの勢力でも乗れる時代のムードになっていたが、それに相当するものがない。
当時、自民党にも「政治改革」の支持者は多く、下野した後に離党して非自民政権に駆け込む人が続出した。高市氏が後に夫となる山本拓氏らの離党組と組んで、自由党(柿澤自由党)を作ったのは1994年4月だ。
だがせっかく参画した羽田孜内閣は2カ月の短命で、自民党が想定外の形で政権を取り戻し(自社さ連立)、彼らは野党になってしまう。別のルートで自民党を離れ、「改革の会」として羽田政権に加わっていた石破茂氏も、同じ運命を味わった。
柿澤自由党で高市氏と同僚だった議員に、新井将敬がいる。もとは自民党きっての「若手改革派」として知られ、TVの政治番組の常連として視聴者の人気を得ていた。やがて石破・高市の両氏も、総理の座を狙って占めることになるポジションを、先取りした人だった。
奇しくも総裁選と同じ今月4日に、その新井の軌跡をTBSが記事にしている(「平成事件史の舞台裏(28)」)。新井は自民党復党後の1998年2月、金銭問題での逮捕を前に自殺した。当時の政界としては小さな汚職だったが、しかし「クリーンな改革派」のキャラで売ってきた自分には、致命傷になると思いつめてのことかもしれなかった。
TBSの記事は、生前の新井との思い出をふり返る、石破前首相のブログ(2010年4月)を引用している。
新井・石破・高市の3人は、小沢一郎が結成した新進党(1994~97年)で自民党打倒をめざすも、小沢氏と対立しむしろ自民党に戻った点で共通する。自社さ連立と対峙した新進党は、社会党と組み出した自民党よりも「タカ派」な姿勢を看板にしていた。ちょうどいまの日本保守党みたいなノリだ。
世襲でもなく、アメリカ帰りの若くモダンな女性として政界入りした高市氏が、「超保守派の女傑」として名を上げだすのは、まさにこの新進党時代。戦後50年だった1995年3月16日の衆院外務委員会では、駐米大使が戦争の反省を語り継ぐ必要を説いた穏当な会見まで槍玉にあげ、国会での不戦決議に反対した。
自民党に移った当初は、変節への批判も多く、2003年の衆院選に落選する。ところが2005年の郵政解散では、かつてと別の選挙区から「刺客」に立って脚光を浴び、返り咲く。
当時の小泉純一郎首相は「毎年」の靖国神社参拝(日にちは年により異なる)で、世論を二分していたが、続く安倍晋三内閣(第1次)で初入閣すると、2007年の終戦記念日には安倍氏らが自重したにもかかわらず、閣僚で唯一参拝。
この頃から熱烈なファンがつき、「右」の看板を下ろそうにも、にわかに下ろせない政治家になる。自民党の中でも、石破氏に「安倍にモノ申す政治家」のキャラが立ち始めるのと、同じ時期だった。
官邸を去る前首相の石破氏の心に刻まれた、平成前半の盟友・新井将敬の「遺言」。いまいっそう強く、同じものを思い出すのは、新たに宰相となる高市氏かもしれない。
長く続いた第2次以降の「安倍時代」(2012~20年)の下で、党内野党として奮闘する石破氏をマスコミは持ち上げた。しかしその分、24年に首相になってからのハンデは大きい。
かつての安倍ファンには裏切り者と謗られ、一方で「結局は古い自民党だ」と見切ったリベラル層も去り、孤立無援で執政した1年間だった。
公明党から連立離脱を告げられた際、高市氏は思わず、「総裁が私でなかったら」違うのかと問いかけたという(10月10日付、毎日新聞)。右翼で超タカ派、昭和の戦争も反省しない。そんな自分のキャラがネックになったかと、気にせずにはいられなかったのだ。
公明側は「誰が選ばれていても同じだ」と否定したが、文字どおりに取る国民は少ない。だが同党代表の斉藤鉄夫氏は、実は高市氏と同じ「1993年デビュー組」。
決裂をいじるワイドショーでも、斉藤氏はむしろ往時を懐かしみ、配慮を見せた。
「私、高市さんとは実は三十数年前、あの方は元々新進党にいらっしゃって、私も新進党」とかつては同じ党に所属していたことを紹介。そして「もちろん携帯番号の交換をして時々お話しをしております。個人的には大変尊敬している方です。信念のある方です」と明かした。
さらに「私と信条が違うところはもちろんあります。それは政党も違うし政治が違う。ですから当然のこととして、そういうことを率直に話し合える仲」と加えた。(10月12日付「スポーツ報知」)
劇的な非自民連立で始まり、TVを追いかけてSNSやYouTubeも政治の主役になった平成は、「メディアで見せる顔」が文字どおりアドバルーンのように、広告用の虚像となって膨らむ時代だった。それは世論どころか、やがて本人さえも、振りまわし始める。
総裁選で高市氏を推し上げた、誰よりも「安倍晋三を継ぐ女」のイメージは、たしかに岩盤の支持層を連れてくる。だが、同じものがアンチも生み出すし、なにより今後のハードルを上げる。
いまは「これがウケる」といったステレオタイプに合わせて、あるときメディアに持ち上げられると、時代が動いてもその仮面を剥がせない。10月17日、新進党時代に彼女が激しく攻撃した、村山富市元首相(社民党)の逝去を受けての高市氏のコメントには、そんな素顔も少しにじむ。
市場での公正な競争をうたい、利権化した「古い自民党」を批判して伸びた維新の原点は、往年の新進党にも近い。裏金疑惑の追及をおざなりにして、自民との連立にひた走る姿に「変わった」と失望の声があるのと同様、高市氏もあの頃から大きく変わっている。
政治家の裁量が大きい積極財政で、政府がどんどん産業を丸抱えして育てるのが「強い国家」だ――。アベノミクスをより財政依存にして受け継いだ、令和の高市氏が醸すオーラは、平成初頭に彼女が憧れた「小さな政府」のサッチャー英首相とは、正反対の場所まで来てしまった。
誰しも覚えのあることだが、一度「このキャラで行く」とベットした(賭けた)イメージを、自力で動かすのはかなり難しい。他人の目線が怖くてイメチェンできないか、場の空気に釣られるグダグダなキャラ変になるかで、終わりがちだ。
だから多くの人は、進学や転職といった「周りにいる人が入れ替わる」タイミングまで、新たなキャラでの再デビューを待つ。唯一そういかないのが政治家で、新党づくりや政界再編でリセットを繰り返しても、有権者に刻まれたイメージはついて回る。
むしろ互いの違いを前提に、率直にたしなめあえる相手がいるときにこそ、「友人に言われまして」として適切にキャラを動かせる。そうした一目置きあう関係がどれほどあるかが、政党や連立も含めて、地に足のついた組織の強さを決める。
メディアがポピュリズムを煽り立て、ぶれの大きい漂流の時代になったとされる平成。ちょうどその「逆再生」のように発足する高市政権を、虚像が暴走しないよう現実につなぎとめる同僚は、はたして彼女の周りにいまいるのだろうか。
見送りの歓声のなか、霧のような不安に包まれて、女船長の下で出航する令和政治の船出である。
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(評論家 與那覇 潤)
「上を向いて歩こう」ディレクター 草野浩二さん死去
坂本九さんの世界的大ヒット曲「上を向いて歩こう」のディレクターを務めた草野浩二(くさの・こうじ)さんが17日午後1時30分ごろ、心不全のため都内で死去した。87歳。東京都出身。葬儀は密葬で行った。
1960年、東京芝浦電気レコード事業部(現ユニバーサルミュージック)に入社しディレクターとして活躍。入社2年目の10月に発売された「上を向いて歩こう」を国内ランキング1位に導いた。
米国での発売予定はなかったが、ワシントン州のラジオ局でリスナーの要望により坂本さんの歌声が流れるとリクエストが殺到。評判の高さからレコード発売が決まり、ビルボード週間チャートで1位を記録する大ヒットとなった。日本人がディレクターを務めた曲が日米のチャートで1位になったのは、60年以上たった今もこの曲のみ。草野さんは生前「戦争終わって20年たってないのに敵国だった日本語の歌がアメリカで売れるわけがないし“え、なんで?”と思ってましたね」と振り返っていた。
草野さんは坂本さんとタッグを組んで「見上げてごらん夜の星を」「明日があるさ」なども世に送り出した。兄の昌一さんは漣健児(さざなみ・けんじ)のペンネームで中尾ミエの「可愛いベイビー」などを訳詞したことで知られる。
消費減税「事実上先送り」=維新・藤田氏、連立合意巡り
日本維新の会の藤田文武共同代表は23日のニッポン放送の番組で、自民党との連立政権合意書で「検討」項目に盛り込まれた2年間の食料品消費税ゼロについて「事実上先送りになった」との認識を示した。
藤田氏は、高市早苗首相(自民総裁)自身は消費税の減税に前向きだったとしつつ「短期間で(高市氏が)自民内をまとめ上げるのは厳しかった」と説明。消費税に関する記述自体を合意書から除く案も当初出ていたと明らかにした。 [時事通信社]