和歌山県海南市の住民グループが「鈴木」姓のルーツとされる一族の拠点だった「鈴木屋敷」(同市藤白)を復元させる計画を着々と進めている。2021年度の着工が決まり、22年度末の完成を目指す。復元後の活用法は未定だが、計画に賛同して寄付した全国の鈴木さんたちは「末永く愛される場所に」「全国の鈴木さんが屋敷に集まって懇親会を」などと、思い思いの夢を膨らませている。(岡田英也)
鈴木姓のルーツとされる一族は、熊野地方で神官を務め、平安時代末期に藤白王子(後の藤白神社)に移り住んだとされる。一族が熊野信仰を各地に伝える過程で、鈴木姓も広まったとみられる。
鈴木屋敷は木造平屋で、藤白神社の敷地内にある。建設時期は不明だが、江戸時代後期の絵図に描かれており、熊野三山を参詣する人たちにおもてなしをする場所としてもにぎわったと伝わる。1942年に鈴木一族の122代当主が死去してからは空き家となった。老朽化が進み、屋根が抜け落ちて壁も崩れている。
2015年に神社の境内の一部が国史跡となったのを機に「屋敷を復元して地域おこしに」と、神社や商工会議所関係者らで「鈴木屋敷復元の会」を発足。海南市と協力して、復元費の寄付を呼びかける活動に取り組んだ。
自動車メーカー「スズキ」(浜松市)は、復元に賛同し、200万円を寄付。鈴木修会長は読売新聞の取材に「熊野信仰を広めた布教者の姓に誇りを持っている。全国の鈴木さんの心のよりどころとして末永く愛される場所にしてほしい」とコメントを寄せた。
首都圏に住む鈴木姓の約60人でつくる「関東藤白鈴木会」も多くの会員が協力。会長の鈴木久元さん(82)は経営する会社と個人両方の名義で125万円を寄付した。
久元さんにとって、鈴木姓で思い浮かぶ人物は、源義経に仕え、源平合戦で活躍した鈴木重家。「歴史上の偉人と同姓なのが誇らしい。自分のルーツと関係する場所が復元され、町おこしに一役買えればうれしい」と話す。
海南市在住の鈴木姓を持つ復元の会のメンバー(87)は、「鈴木姓にはスズキの会長さんのほか、野球のイチローさん(鈴木一朗氏)など有名な人が多い。中でも一番印象深いのは、元NHKアナウンサーの鈴木健二さん」と言う。
以前は、鈴木姓をそれほど意識していなかったが、活動を通じて誇りを持つ人が大勢いると知って愛着が増した。「知人に寄付をお願いし、一日も早く復元させたい」と意気込む。
海南市もインターネットなどで協力を呼びかけ、返礼品として屋敷の絵図をあしらった名刺大の「鈴木証明書」などを用意。「全国の鈴木家が集まって懇親会ができるといい」「偉大な先祖の遺産を後世に伝える一助になれば」とのメッセージも寄せられている。
市によると、昨年までに寄付は全国から約450件、3000万円以上集まったという。国や県からの補助金と合わせて復元のめどが立ち、新年度の着工が決まった。寄付は8000万円が目標で、引き続き、協力を呼びかけている。問い合わせは市企画財政課(073・483・8405)へ。
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デジタル関連法案を閣議決定=司令塔新設、行政システム統一
政府は9日午前の閣議で、行政デジタル化の司令塔と位置付ける「デジタル庁」設置法案を含むデジタル改革関連6法案を決定した。マイナンバー活用拡大、地方自治体の基幹システム統一・標準化を進め、新型コロナウイルス感染拡大に伴う現金給付などで浮き彫りになった日本のデジタル化の遅れを挽回する。
政府は今国会に提出し、成立を目指す。加藤勝信官房長官は9日の記者会見で「デジタル化は次の時代に向けた成長の原動力の一つだ」と強調。「世界的に見ても遜色ないデジタル社会の実現を目指す」と表明した。
設置法案は、菅義偉首相が施政方針演説で「改革の象徴」と掲げたデジタル庁を9月1日に発足させると明記した。500人規模とする方針。同庁は内閣直属とし、首相をトップに担当閣僚の「デジタル相」や事務方トップの「デジタル監」を置く。各府省への勧告権など「強力な総合調整機能」を持たせ、行政の縦割り打破を図る。
[時事通信社]
高齢者施設、クラスター多発の理由は 「病床逼迫」で関係者苦悩 認知症入所者の予防も課題
新型コロナウイルスの感染が京都府内で急拡大した昨年12月以降、京都市内で高齢者施設の利用者や職員の感染が相次いでいる。病床の逼迫(ひっぱく)によって感染した利用者が入院できず、施設内にとどまったことで感染が広がった可能性のある例も起きた。認知症の高齢者が感染予防を徹底することは難しく、施設関係者は頭を悩ませている。
市によると、高齢者施設の利用者と職員の感染者数は昨年4月~今年1月の10カ月間で123施設の計472人。うち昨年12月と今年1月の2カ月間は88施設の計344人に上り、7割超を占めた。さらに感染者集団(クラスター)は昨年12月以降に22施設で発生している。 京都市内にある入居の高齢者施設では昨年12月、利用者が感染した。65歳以上のため入院の基準を満たしていたが、病床不足で「入院調整」の対象となり、施設に残った。その後、他の複数の利用者にも感染が広がったという。 この施設は小規模で家庭的な雰囲気。利用者の感染発覚後、「本来できるはずがない狭い空間をゾーン分け」(施設長)するなどできる限りの感染予防策は行った。しかし利用者は認知症の影響で理解が難しく、ゾーンに関係なくフロアを行き来したり、マスクの着用を促してもすぐに外したりする人もいた。 また職員が防護服を着て普段と様子が違ったり、行動の制限を受けたりすることが大きなストレスとなり、利用者に混乱が発生。部屋から出ないでほしいと伝えても「どうして出たらいけないのか」と疑問を示す利用者もいたという。 厚生労働省は今年1月、地方自治体などに向けた文書で、感染者が高齢者福祉施設に入所し続けるケースに言及している。「高齢者は原則入院」とした上で、病床が逼迫する場合には「入所を継続する場合がある」とする。一方、施設内のゾーン分けが困難な場合は入院について適切に判断するように求めている。今回の施設は明確なゾーン分けが難しい状態だった。 施設長は「入院できればここまで拡大しなかったかもしれない」とし、「感染対策を続けることには大きな困難があった。病院が無理だから施設で待機というのは非常に酷だ」と訴えている。
衝突で艦橋にゆがみ、かじ折れる 潜水艦事故、通信一時不能に
海上自衛隊の潜水艦「そうりゅう」が高知県足摺岬沖で民間商船と衝突した事故で、そうりゅうは艦橋のゆがみや、船体中央から横に延びる「潜舵」のうち右舷側が折れ曲がるなどの損傷があったことが9日、海自への取材で分かった。潜舵は航行時の深さを調整する役割がある。そうりゅうはアンテナも損傷して外部との通信が一時不能になり、事故発生を連絡できるまで3時間以上かかる結果になった。
第5管区海上保安本部(神戸)は、9日午前7時から高知港でそうりゅうの調査を始め、原因究明に乗りだした。海自も8日に事故調査委員会を設置しており、当時の詳しい状況の解明を進める。
低姿勢に徹する首相、宣言発令「後手という批判も承知」
衆院予算委員会は8日、2021年度予算案に対する3日間の基本的質疑を終えた。菅首相は、新型コロナウイルス対策の遅れを追及する野党に対し、低姿勢に努め、無難な答弁で乗り切った。
首相は8日の予算委で、緊急事態宣言の発令について、「悩みに悩み、苦しみに苦しむ中で、自分で判断をした。後手という批判も承知している。国民の協力をいただいて、一日も早く感染拡大を阻止したい」と述べた。首相の答弁を巡って、政府・与党内には、言い間違いなどを不安視する見方もあった。しかし、3日間の予算委で、首相は「安全運転」に徹することで、答弁で立ち往生する場面はなかった。自民党内からは「自分の言葉で話すようになったのが良かった」(幹部)と評価する声も出ている。首相が次に予算委に出席するのは、野党が要求する集中審議が実現した時になりそうだ。
一方、この日の審議では、野党が今国会で初めて予算委を退席し、審議を中断させた。首相の長男が総務省幹部4人を接待した疑惑に関し、野党が会食の頻度を質問したが、総務省幹部から明確な答弁がなかったためだ。結局、総務省の秋本芳徳情報流通行政局長が「平均で1年に1回程度、機会を持ってきた」と答弁で明かし、1時間半遅れで審議を再開した。
菅義偉首相がインタビューで語っていた“集団就職”の真実 逃げるように東京へ出てきた
菅首相は「たたき上げの苦労人」というイメージによって、今にいたる地位を築いている。だが、足かけ5年にわたって菅氏を取材し、評伝『菅義偉の正体』の著書があるノンフィクション作家・森功氏によれば、そのイメージは誤りだという。森氏は、高校の同窓生ら関係者に取材し、その結果浮かんだ疑問を菅氏本人にぶつけた。菅氏の上京秘話にまつわる真実が明らかになったインタビュー(2015年8月1日に実施)を再録しよう。 * * * ──(菅氏の)高校の同窓生は、教師を志して北海道教育大学を受験して失敗したことが原因で上京したと話していたが、なぜ郷里を離れたのか。 「北海道教育大を受けた事実はまったくありません。高校三年生のときはどこの大学も受けていません。母や姉だけでなく、叔父や叔母など親戚が教師だらけだったので、教師にだけはなりたくなかった。かといって、農業を継ぐのも嫌でした。それで、ある意味、逃げるように(東京へ)出てきたのです」 ──ご自身のHPには集団就職のため上京したかのように書かれている(2019 年に削除)。いわゆる集団就職は中学校卒業後に上京して就職するケースを指すので、違うのではないか。 「私のところでは、同級生の友だち120人のうち、60人が中学校を卒業して東京に集団就職していました。残った60人のうち、(半数の)30人は農家を継いで、高校に行ったのは30人しかいません。そんな田舎でした。で、高校を卒業すると、東京に出る友だちもいっぱいいたし、それも集団就職。高校を出て就職しても、そういう言い方をしていました。なのに、菅はまるで集団就職を売り物にしているかのように、訂正しないのはそのほうが都合がいいからだ、とまで言われる。私は、高校でちゃんと就職を紹介してもらってこっちへ出てきています。それが段ボール会社で、そこで働き始めたんです」 高校から職場を斡旋してもらったから、集団就職は間違いではないという。もっとも、東北地方の集団就職は国鉄の仕立てた「就職列車」に乗り、上野駅を目指したケースを指すのではないか。菅が進学できる家庭環境にあったのはたしかだ。にもかかわらず、なぜ高卒で就職する必要があったのか。 ──同級生たちが言うように、上京のきっかけは父親への反発からか、あるいは進路を巡る父子の確執があったのか。そもそもなぜ進学をせずに東京を目指したのか。 「親父は、やっぱり農業をやらせたかったんでしょう。だけど、私は東京に行けば何かいいことがあるんじゃないか、と思って上京しました。一方で親父にしたら、長男なのでどっちみち帰ってくるんだろうと思ってたんじゃないですか。しかし東京に行っても、何にもいいことがなかった。そこで初めて、現実がいかに厳しいかに直面しました。私が一番思い出したくない青春です」
菅首相は「たたき上げの苦労人」というイメージによって、今にいたる地位を築いている。だが、足かけ5年にわたって菅氏を取材し、評伝『菅義偉の正体』の著書があるノンフィクション作家・森功氏によれば、そのイメージは誤りだという。森氏は、高校の同窓生ら関係者に取材し、その結果浮かんだ疑問を菅氏本人にぶつけた。菅氏の上京秘話にまつわる真実が明らかになったインタビュー(2015年8月1日に実施)を再録しよう。
* * * ──(菅氏の)高校の同窓生は、教師を志して北海道教育大学を受験して失敗したことが原因で上京したと話していたが、なぜ郷里を離れたのか。
「北海道教育大を受けた事実はまったくありません。高校三年生のときはどこの大学も受けていません。母や姉だけでなく、叔父や叔母など親戚が教師だらけだったので、教師にだけはなりたくなかった。かといって、農業を継ぐのも嫌でした。それで、ある意味、逃げるように(東京へ)出てきたのです」
──ご自身のHPには集団就職のため上京したかのように書かれている(2019 年に削除)。いわゆる集団就職は中学校卒業後に上京して就職するケースを指すので、違うのではないか。
「私のところでは、同級生の友だち120人のうち、60人が中学校を卒業して東京に集団就職していました。残った60人のうち、(半数の)30人は農家を継いで、高校に行ったのは30人しかいません。そんな田舎でした。で、高校を卒業すると、東京に出る友だちもいっぱいいたし、それも集団就職。高校を出て就職しても、そういう言い方をしていました。なのに、菅はまるで集団就職を売り物にしているかのように、訂正しないのはそのほうが都合がいいからだ、とまで言われる。私は、高校でちゃんと就職を紹介してもらってこっちへ出てきています。それが段ボール会社で、そこで働き始めたんです」
高校から職場を斡旋してもらったから、集団就職は間違いではないという。もっとも、東北地方の集団就職は国鉄の仕立てた「就職列車」に乗り、上野駅を目指したケースを指すのではないか。菅が進学できる家庭環境にあったのはたしかだ。にもかかわらず、なぜ高卒で就職する必要があったのか。
──同級生たちが言うように、上京のきっかけは父親への反発からか、あるいは進路を巡る父子の確執があったのか。そもそもなぜ進学をせずに東京を目指したのか。
「親父は、やっぱり農業をやらせたかったんでしょう。だけど、私は東京に行けば何かいいことがあるんじゃないか、と思って上京しました。一方で親父にしたら、長男なのでどっちみち帰ってくるんだろうと思ってたんじゃないですか。しかし東京に行っても、何にもいいことがなかった。そこで初めて、現実がいかに厳しいかに直面しました。私が一番思い出したくない青春です」
国会議員のコロナ特権 歳費2割カットは4月まで、ボーナス全額支給
銀座で深夜まで豪遊するなど、コロナ自粛など関係ないと言わんばかりの国会議員たちの振る舞いが次々と明らかになっている。勘違いの根底には、国会議員だけに認められた数々の「コロナ特権」がある。
無症状で自宅療養中の感染者の容態が急変し、搬送中に亡くなるといった事例が相次ぐなか、石原伸晃・元幹事長はコロナ陽性が判明すると無症状でもすぐさま大学病院に入院できた。
“もっとPCR検査を増やしてほしい”という国民の要望に対しては体制強化を遅々として進めなかったにもかかわらず、1月末には自民党が感染防止策として全職員にPCR検査を実施している。
当然、無症状でも重症化リスクのある人は入院できたほうがいいし、必要なだけPCR検査が受けられるのが望ましい。問題は“国民を後回しにして自分たちだけ”と考えているようにしか見えないところにある。
「挙げ句に“自分たちは感染しても安心だ”とばかりに夜の街で飲み歩く。自分たちは何をやっても許されるんだという特権意識があるとしか考えられません」(政治アナリスト・伊藤惇夫氏)
国会議員の月130万円の歳費は、コロナを受けて昨年4月に2割カットが決まったが、それも形ばかりのものだ。カットになるのは今年4月分までだし、ボーナスは全額支給だから実際の年収は2割も減らない。前出・伊藤氏が続ける。
「中小企業や個人事業主を支援する持続化給付金は課税所得になりますが、国会議員は歳費とボーナス以外に“非課税の収入”があります。毎月100万円の文書通信交通滞在費がそうで、非課税のうえに使途報告の必要もない。
本来であれば文書を地元に送ったり、地元に帰る際の交通費、滞在費などに使うという趣旨ですが、コロナで選挙区との往復もろくにできないのだから、ただのお小遣いになっている。それとは別に、飛行機や新幹線のフリーパスもある。
また、民間企業がリストラを迫られているのに、公設秘書3人の給料の約2500万円が税金から支払われる。こうしたカネは、今回の銀座遊びが問題になった自民党の3人の議員が離党した後も払われ続けるカネです。そうした自覚があるとはとても思えない」
それでいて厳しい処分を下したようなフリをするのである。もはや総選挙で全員クビにするしかないのではないか。
※週刊ポスト2021年2月19日号
精子提供で生まれるとは 法成立も置き去りの当事者
昨年の臨時国会で重要な法案が異例のスピードで成立した。精子提供など、夫婦以外の第三者が絡む生殖補助医療で生まれた子どもの親子関係を明確にするための民法の特例法だ。生まれた子は一体誰の子どもになるのか、これまで法的な位置付けが不安定だった点は解消された。一方で、子どもが遺伝上の親の情報にアクセスする「出自を知る権利」は保障されず置き去りに。実際に精子提供で生まれた当事者らは、医療技術の先行や子を持ちたい親の権利が優先されることに懸念を抱く。(共同通信=土井裕美子)
▽死ぬ間際にまだ…
「自分の存在を悩み続ける私は、死ぬ間際にまだ、『生まれなければ良かった』と思っているかもしれない」。2012年11月、長崎市で開かれた日本生殖医学会のシンポジウム。ある女性が壇上で語った一言が、いまだに忘れられない。女性は実の母親と、父親ではない第三者の精子提供で生まれた藤田あやさん(仮名、当時40代)。専門医や看護師らを前に語った彼女の話を紹介する。
32歳の時、両親の離婚がきっかけで自分が非配偶者間人工授精(AID)で生まれたと知った。「医大生の精子をもらってあなたを産んだ」「どうしても子どもがほしかった」。今まで父親と信じていた人とは血のつながりがなかった。では遺伝上の“父親”は誰なんだろう―。知りたいことはたくさんあったが、泣きながら話す母の姿に、それ以上詳細をただすことも、責めることもできず、気持ちを押し殺した。
心身に変化が起きたのはそれから3年後。母の死がきっかけだった。よく眠れず、緊張が取れない。不安でいっぱいで、何を聞いても涙が出る状態に。私の32年間はうその上に成り立っていた。自分自身が崩壊したようで、立て直さなければと思っても心の整理ができなくなった。新聞記事をきっかけに同じ苦悩を抱える当事者と出会い、年月を重ねることで心の中に問題を置いておく場所のようなものができた。深く悲しみ、怒り、ようやく今がある。雲の上に、おひさまが出ていたのねと、ようやく感じられるようになった。
そして彼女は、最後にこう付け加えた。
「人生は長く過酷なもの。自分が生まれてきたことを丸ごと肯定できなければ、強く生き抜くことはできない」
絞り出すように語った重い言葉。その場にいた生殖医療に携わる医師や看護師にとっても、生まれた子どもが抱く苦しみを直接聞く、初めての場だったろう。
生殖補助医療法案が可決した衆院法務委=2020年12月2日
▽明治時代の規定
特例法のポイントは①卵子提供では産んだ女性が母親②精子提供では提供者ではなく夫を父とする―の2点だ。日本では1949年、夫以外の第三者の精子提供による子どもが慶応大病院で初めて誕生し、既に1万5千人以上が生まれたとされる。近年では海外渡航して卵子提供を受けて出産する人も水面下で広がりつつある。にもかかわらず、民法の親子関係の規定は明治時代のままで、第三者が関わる不妊治療や出産を想定していない。精子提供で子どもが生まれた後、夫が自分の子であることを否認するケースなど、子どもの法的な位置付けが不安定なままでは訴訟やトラブルが起きかねない―それが法案を提出した議員らの主張だ。一方で、藤田さんらが求めていた「出自を知る権利」については、2年を目途に検討する、との記載にとどまった。「出自を知る権利を認めると明記すると提供者が減ってしまう」(自民党議員)との懸念が生殖医療の専門医などに根強いためだ。
▽淡い期待
第三者の精子提供による人工授精で生まれ、遺伝上の父を捜し続ける医師加藤英明さん=2020年11月
「親子の位置づけが明確になったことには賛成。でも出自を知る権利が盛り込まれなかったことで、子どもに真実を伝えなくても生殖補助医療を行っていいとのお墨付きを与えてしまうとの懸念を感じる」。こう話すのはAIDで生まれた横浜市の医師、加藤英明さん(47)だ。医大生だった29歳の時、血液検査の実習で父親と血のつながりがないと知った。長年、実名も顔も公表し、メディアの取材にも積極的に応じている。それは当事者の思いを少しでも知ってほしいとの願いと、どこかで遺伝上の父やきょうだいにつながるきっかけがあるのではないか、との淡い期待があるからだ。
精子提供で産んだ事実を子どもに隠す親が多く、加藤さんのように何かのきっかけで真実を知り、当事者の思いを発信する人たちはごくわずかだ。「1000人ぐらいの子どもたちが訴えれば、産婦人科医たちも大きな問題だと受け止めるかもしれない。でもしょせん、数が少ないと思われ、軽んじられている」と加藤さん。こうした手段を選ぶ親たちにはこう呼び掛ける。「特別養子縁組などと同じで、血がつながらない子どもを育てるってとても大変なことだと思う。だからこそ、もっとプライドを持って子どもにも胸を張って真実を伝えてほしい」
▽変わらぬ思い
8年前、医師たちの前で語った藤田あやさんはどうしているだろうか。再び会いに行った。今は50代。当時、壇上で訴えた思いに変化はないか尋ねると、柔らかい表情ながらも、こう答えた。
「なんで生まれてきたんだろう。生まれて来なければよかったとの思いが今でもサイクルのようにやってきます。死にたい、じゃなくて、消したいと。生きる上での苦しみを凌駕(りょうが)するほどの『生まれてきて良かった』という気持ちが私にはありません。今の自分を一生懸命生きようと思うが、死ぬ間際に『生まれてこなければ良かった』と思うのではないか、その気持ちは今も変わりません」
特例法案について記者会見する藤田あやさん(手前)=2020年11月24日、厚労省
「出自を知る権利」については、代理出産の規制の在り方などとともに、超党派の議員連盟で2年をかけて議論される予定だ。
小室圭さんを「国民的いけにえ」にする日本人の心理とは
本人が何らかの罪を犯したわけでもないにもかかわらず、毎回、続報が取り上げられるたびに異常なバッシングに見舞われる小室圭さん。もはや、「国民的アイドル」ならぬ「国民的いけにえ」といった感がありますが、なぜ、ここまで激しく燃え上がるのでしょうか。眞子さまとの結婚や小室さんの母親を巡る借金トラブルを踏まえつつ、進化心理学の視点から分析してみたいと思います。
■「共同体の神聖な支柱」としての皇室
結論から言うと「常識的に許されないものが神聖な場所に入り込んだことに対する直観的な嫌悪感」がまずあり、それらの強烈な情動に基づく知見によって多くの人々が論評しているので、炎上を回避することはほとんど不可能なのです。これは皇室を敬愛し、神聖視する国民の意識の強さの表れとも言い換えられます。
道徳心理学者のジョナサン・ハイトは著書「社会はなぜ左と右にわかれるのか 対立を超えるための道徳心理学」(高橋洋訳、紀伊國屋書店)で、人間の道徳心は6つの道徳基盤によって構成されていると説きました。それは「ケア」「公正」「自由」「忠誠」「権威」「神聖」です。それぞれが進化の過程で獲得された認知モジュール(脳内にある小さなスイッチのようなもの)で、文化ごとにその内容は異なっているといいます。
とりわけ、「神聖」のモジュールはもともとは病原菌などの「汚染を避ける」という適応課題によって出現したとされ、それが概念的な意味を含むタブーへと発展していきました。ハイトは「<神聖>基盤は、悪い意味でも(汚れている、あるいは汚染しているので)、よい意味でも(神聖なものを冒とくから守るために)、何かを『手を触れてはならないもの』として扱えるようにする」と述べています。
恐らく、日本人にとって、この神聖モジュールが最も強く作用しているのが皇室なのではないでしょうか。このモジュール=スイッチが非常に厄介なのは、思考以前の深い情動レベルの働きだからです。つまり、ある行為が「非難すべきか、罰すべきか」を直観的に方向づける影響力を持っているのです。
ハイトは共同体の神聖な支柱として「もの(国旗、十字架など)、場所(国家の誕生にまつわる戦場の跡など)、人物(聖者、英雄など)、原理(自由、博愛、平等など)」といったものを挙げ、「神聖の心理は、互いに結束して道徳共同体を築く方向に人々を導く。道徳共同体に属する誰かが、その共同体の神聖な支柱を冒とくすれば、集団による情動的かつ懲罰的な反応がきわめて迅速に起こるはずだ」と指摘します。
要は、ここにある「共同体の神聖な支柱」が皇室なのです。そして、「集団による情動的かつ懲罰的な反応」とは、今回の小室家バッシングを指していることは容易に想像されます。「母親が元婚約者から借りた400万円をうやむやの状態にしたまま、ロイヤルファミリーに取り入ろうとする不誠実な親子」は「神聖な支柱を冒とくする人々」となるのです。
令和の時代に突入してもなお、この神聖モジュールが皇室にしっかりと結び付いているだけでなく、怒りと不快感を瞬時に引き起こすポテンシャルを秘めているのです。小室家バッシングが皇室である秋篠宮家に飛び火している理由についても、「中の人」が「冒とくする人々」に手を貸していると認識されたと考えれば、何も不思議な現象ではありません。
しかも、この一連の騒動はハイトが主張した道徳基盤の「公正」「権威」「忠誠」のモジュールにも関係しています。公正は欺瞞(ぎまん)や詐欺(借金問題など)、権威は階層制の否定(「皇室食い」とも思える強引なアプローチ)、忠誠は集団への背信(国民の声を無視する態度)によって情動が突き動かされた側面もあるのです。つまり、6つの道徳基盤のうちの4つのスイッチを作動させる、極めて人々の神経を逆なでする出来事と捉えることができるのです。これが小室家バッシングの深層にある「聖域の侵犯」仮説です。
ちまたでは、晴れて借金問題が片付き、「一時金」も辞退するのであれば「結婚はご勝手に」といった風潮も見られますが「聖域の侵犯」が強力に働いていれば、そもそも、皇族と親戚関係になること自体が問題化します。そのため、究極的には「税金が使われなければよい」という話ではないのです。これはいわば、みそぎが通用しない事態を意味します。仮に眞子さまが一時金を辞退して皇籍を離脱しても、本質的には「聖域の侵犯」が解決されない限りはいかなる処方箋も無効となる可能性が高いといえます。
私たちにとって、ハイトのいう道徳基盤は通常あまり意識に上ることはありませんが、今回の皇室をめぐるすさまじいほどの個人バッシングは人々の心に極めて引火性の高い爆弾のスイッチが存在していること、それが皇室の聖性と想像以上にシンクロしていることを改めて浮き彫りにしたのです。
評論家、著述家 真鍋厚
森会長に関与疑惑…雅子さまご成婚直前の「金箔タンス事件」
「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかります」
「女性っていうのは競争意識が強い。誰か1人が手をあげて言うと、自分も言わなきゃいけないと思うんでしょうね」
2月3日、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の発言が報道されると、たちまち大炎上。「女性蔑視発言ではないか」と、非難の声が上がった。
翌日の記者会見では「オリンピック・パラリンピックの精神に反する不適切な表現であった」と発言を撤回したものの、会長辞任は否定。さらに「面白おかしくしたいから聞いてるんだろ」などと記者に逆ギレする始末。
ツイッター上では《謝罪になってない》《こんな人が会長してることが、世界に対して恥ずかしい》と火に油を注ぐ事態となっている。
これまでもさまざまな失言で批判を浴びてきた森会長。政治評論家の有馬晴海さんは「森さんは思っていることをそのまま言ってしまう人」と評する。
「早稲田大学では雄弁会に所属していましたが、昔から森さんは大のおしゃべり。それでいて石頭で、時代に合わせて価値観を切り替えることができないのです。『男女共同参画』と叫ばれ始めて数十年ですが、政治の世界はいまも男社会。森さんは昭和12年生まれで、8歳までは男尊女卑の軍国教育で育っていますし、そのころの価値観がいまだに抜けきっていないのでしょう」
森会長の“非常識ぶり”が引き起こした今回の失言。本人はユーモアを交えて話そうという意図だったのかもしれないが、そうした森会長の“過剰なサービス精神”により引き起こされたといわれている騒動が過去にもあったという。当時を知る政治部記者によれば、それは皇室をも巻き込む事件だったというのだ。
■雅子さまのお嫁入り道具をめぐって大騒動が
「実は28年前の’93年、雅子さまのご成婚直前にあった“金箔タンス事件”に、森会長が深く関わっていたといわれているのです」
金箔タンス事件の顛末はこうだ。
天皇陛下(当時は皇太子)とのご婚約内定後、雅子さまの実家・小和田家は石川県の家具店に桐タンス2棹を注文。しかし、できあがったのはなんと全面に金箔がびっしりと貼られたタンスで、しかも注文より多い3棹だった。
当時の記事によれば、金箔タンスは次のようなものだったという。
《三カ月がかりで制作したたんすは、間口百二十一センチ、奥行き四十六・五センチ、高さ百七十六センチ。会津若松産の本柾目(まさめ)の高級桐で作ったたんすに、純度九八%の金沢金箔を二重、ところによって三重に張りめぐらしてある。金箔は十五センチ四方のものが約千六百枚》(『北國新聞』’93年6月1日朝刊)
家具店は金沢市で記者を集めて金箔タンスのお披露目会まで開き、その様子がワイドショーでも取り上げられたのだが……。小和田家の知人が当時を振り返って語る。
「注文した桐タンスに金箔が施されているということは、小和田家の方々も報道で初めて知り、たいへん驚かれたそうです。小和田家は、ごく普通の桐タンスを注文されたのですが……。このようなタンスはお受け取りできないと、すぐさま家具店に断りの電話を入れたといいます」
家具店は《善意により独断で作らせていただきました》《小和田家をはじめ、関係各位に大変ご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます》との謝罪文も発表。「1棹1千万円」ともいわれていたが《一部で報道されているような高価なものではありません》と釈明した。
だが、この家具店はなぜ小和田家に無断で金箔タンスを作ったのだろうか? 前出の小和田家の知人も、こんな疑問を抱いたという。
「もともとは知人の紹介とのことでしたが、どうして金沢の業者に発注することになったのか……。桐タンスなら新潟や会津のほうが有名な産地です。雅子さまの父・小和田恒さんは新潟県出身ですから、不思議に思いました」
■週刊誌の直撃に森会長の回答は…
前出の政治部記者は「民間の一業者が独断で注文と違うものを作るとは考えづらい」と語る。
「金箔タンス製作を推し進めた強力な仲介者がいるといわれていました。それが、石川県選出の代議士だった森会長だというのです。小和田恒さんは、かつて故・福田赳夫元首相の秘書官を務めていました。そのとき官房副長官を務めていたのが森会長だったため、小和田家と森会長はそのころから親交がありました。金箔タンス納入の陰には森センセイの存在があった……。当時、外務省内や国会議員の間では周知の事実として語られていました」
ただ、森会長は当時、週刊誌の直撃に対して、金箔タンスの一件は「新聞で見ただけだよ」と関与を否定。家具店への仲介をしたのではないか? との質問にも「知らないねえ……」と答えるのみだった。
このような騒動があったにもかかわらず、小和田家は注文したとおりの品をと、再度同じ家具店に桐タンスを発注。2カ月遅れで東宮仮御所(当時)の雅子さまのもとへ届けられたという。小和田家がことを荒立てなかったために騒動はすぐに収束し、真相が明らかになることはなかった。
「当事者が認めていないため、断定はできませんが……。よかれと思ってやったことが大騒動になってしまったわけで、いかにも森会長が起こしそうなエピソードだと思います」(前出・政治部記者)
28年前の騒動の真相はともかく、森会長にはもう日本中を困惑させるのはやめてもらいたい……。
「女性自身」2021年2月23日号 掲載