青森震度6強、高市首相「人命第一で災害応急対策に全力で取り組む」…官邸対策室を設置

高市首相は8日深夜、青森県八戸市で震度6強の地震が発生し北海道と東北地方の太平洋沿岸に津波警報が発令されたことを受け、首相官邸で記者団に、官邸対策室を設置したことを明らかにし、「人命第一の方針のもと、政府一体となって、被災者の救命・救助等の災害応急対策に全力で取り組む」と述べた。
政府は23時16分、青森県八戸市で震度6強の地震が発生したことを受け、官邸危機管理センターに官邸対策室を設置した。

「どんと揺れた」「寒い」 冬の深夜、住民不安

「どんと揺れた」「海が近いので怖い」。深夜の大地震に見舞われ、津波警報が出た青森県や北海道、岩手県の人たちは8日、発生時の様子を生々しく語った。気温0度に近い肌を刺す寒さの中での避難となった。
太平洋沿岸の青森県八戸市に住む40代の男性は「寝ていたら急に突き上げるような揺れがあり、その後長い時間、縦にも横にも揺れた」と振り返った。
同市のビジネスホテルの60代男性従業員は「横揺れが30秒ほど続き、机の引き出しが開いたり物が落ちたりした。宿泊客は一度外に避難したが、津波警報が出たので最上階に避難してもらっている」と話した。
北海道新冠町のホテルの駐車場には、複数の近隣住民が車で逃げてきた。女性従業員は「立っているのも難しいくらい揺れが長かった。しゃがむような体勢でやり過ごし、酔う感覚だった」と不安な様子だった。
北海道と2県の沿岸自治体の気温は9日午前0時現在、軒並み5度を下回った。岩手県久慈市の職員(27)は「寒さが厳しい。避難しようとしたら車のフロントガラスが凍っていた」と話した。

北海道・三陸沖後発地震注意情報を初発表 後発に注意喚起へ

8日午後11時15分ごろ、青森県沖を震源とする震度6強の地震があり、気象庁は9日午前2時、日本海溝・千島海溝沿いで大規模地震の発生可能性が平常時より相対的に高まったとして「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を発表した。発表は、2022年12月の制度運用開始後初めて。
また、気象庁は8日午後11時23分、北海道太平洋沿岸中部、青森県太平洋沿岸、岩手県に津波警報を発表した(9日午前2時45分に注意報に切り替え)。9日午前1時9分に岩手県の久慈港で70センチの津波が観測されるなど各地に津波が到達した。
気象庁によると、この地震の震源は青森県八戸市の東北東80キロ付近で、震源の深さは54キロ。地震の規模を示すマグニチュード(M)は7・5(暫定値)、ずれ動いた地震の面積などから、より正確に地震の規模を算出するモーメントマグニチュード(Mw)は7・4と推定される。
注意情報は、Mw7・0以上の地震が想定震源域に影響を与える場所で発生した場合に発表されることになっている。対象は、事前に指定された北海道から千葉県の7道県182市町村。今後1週間の大規模地震の発生可能性が平常時の約0・1%から約1%に高まっているとして注意喚起している。
ただ、大規模地震が発生するかどうかは不確実で、事前避難までは要請していない。鉄道や店舗などの休止も求めず、通常の社会活動を続けながら防災行動をとるよう呼びかけている。
日本海溝・千島海溝沿いでは過去、11年の東日本大震災(M9・0)をはじめ大地震が繰り返し起きている。政府の想定では、冬の深夜にM9級の地震が日本海溝で起きれば死者19万9000人、千島海溝なら10万人とされる。津波の被害に加え、寒冷地での低体温症による死亡リスクもある。
高市早苗首相は9日未明、「現時点で負傷者7人との報告を受けている」と首相官邸で記者団に語った。
【最上和喜、原諒馬】

「無線を聞くと東日本大震災思い出す」…津波警報の岩手・釜石で避難した住民

東北と北海道を激しい揺れが襲った。8日深夜、青森県沖を震源とする地震が発生し、同県の八戸市で震度6強、おいらせ町や階上町で震度6弱を観測した。沿岸部には津波警報が発表され、棚などからは物が落下して散乱した。夜間の避難を余儀なくされた住民らは避難所に逃げ込み、不安な一夜を過ごした。
津波警報が発表された岩手県釜石市では、市街地に高台への避難を呼びかける防災行政無線が鳴り響き、物々しい雰囲気に包まれた。
高台にある市立釜石小学校の体育館には約50人が身を寄せた。夫と避難してきた同市の無職女性(79)は「自宅にあった暖かい服を着込み、薬とカイロとわずかな食料を持ってすぐに逃げてきた。無線を聞くと東日本大震災を思い出して、不安で眠れなそうだ。津波の被害がないことを祈るばかり」と疲れをにじませた。
同県宮古市では、警察官が路上で住民の避難誘導にあたった。市内の女性(54)は家族3人とペットの犬と共に、小走りで坂道を駆け上がった。「最初は避難するか迷っていたが、津波警報が出たので急いで逃げた。深夜帯なので怖い」と話していた。
北海道浦河町の沿岸で「昇月旅館」を営む男性(49)は津波警報を受けて、8組の宿泊客を避難させ、自身も車で近くの体育館に向かった。「激しい揺れが約40秒続いた。浦河町では7月にも(ロシア・カムチャツカ半島付近で発生した地震による)津波があり、自分も避難した。そのことを思い出し、落ち着いて行動できた」と語る。「明日以降の営業はどうなるか分からない。とりあえず避難して様子を見るしかない」と話した。

【12月7日きょうの天気】二十四節気の大雪 西~東日本は暦と裏腹に季節逆戻りのポカポカ陽気 あす以降は再び寒気優勢に

きょう7日(日)は二十四節気の大雪です。雪が降り積もり、寒さが厳しいころとされていますが、昼間は晴れる西~東日本を中心に季節が逆戻りしたようなポカポカ陽気となりそうです。一日の中での寒暖差が大きくなるでしょう。
■晴れる所では空気カラカラに乾燥 きょう7日(日)は沖縄、西日本から東北南部の太平洋側を中心に晴れる見込みです。過ごしやすい陽気となりますが、空気が乾燥しています。火の取り扱いや、インフルエンザや風邪などへの体調管理に気をつけた方がいいでしょう。北陸から北日本の日本海側では雨や雪が降りそうです。
■朝ヒンヤリでも昼間は12月らしからぬ気温 朝は冬らしい冷え込みとなっていますが、最高気温は前日より高く、この時季としても高くなる予想です。11月中旬ごろの気温となる所が多く、鹿児島は20℃、福岡では19℃まで上がるでしょう。朝晩と昼間の寒暖差が大きいため、服装でうまく調節してお過ごしください。
【きょう7日(日)の各地の予想最高気温】 札幌 :9℃ 釧路:8℃ 青森 :11℃ 盛岡:9℃ 仙台 :14℃ 新潟:14℃ 長野 :11℃ 金沢:15℃ 名古屋:14℃ 東京:16℃ 大阪 :16℃ 岡山:17℃ 広島 :18℃ 松江:17℃ 高知 :17℃ 福岡:19℃ 鹿児島:20℃ 那覇:24℃
■週明け以降は寒気優勢の1週間 きょう7日(日)は南の暖かい空気が優勢となりますが、週明けあす8日(月)以降は再び上空に寒気が流れ込みそうです。そのため北陸から北日本の日本海側の山沿いを中心に雪の日が多く、暦通り積雪が増えて大雪となるおそれがあります。風も強く、ふぶく所もあるでしょう。
太平洋側ではおおむね晴れる日が多くなりますが、強めの北風がヒンヤリと感じられそうです。東京都心は、あさって9日(火)以降の最高気温は晴れても12℃前後の予想です。空気の乾燥が続き、風が強いと火が回りやすくなりますので、より一層、火の取り扱いにご注意ください。

駐車場に入ろうとして対向車と衝突…未明の国道で車を飲酒運転した現行犯で40歳男を逮捕 相手の車の2人がケガ

7日未明、岐阜県各務原市の国道で酒を飲んで車を運転し事故を起こした40歳の男が現行犯逮捕されました。 逮捕されたのは各務原市鵜沼各務原町の会社員・久保田康治容疑者(40)で、7日午前1時半ごろ、各務原市鵜沼川崎町の国道21号を酒を飲んで車を運転した道路交通法違反の現行犯で逮捕されました。 久保田容疑者は飲食店の駐車場に右折して入ろうとした際に、対向車線を直進してきた車と衝突する事故を起こし、事件が発覚しました。 この事故で対向車線を走っていた車を運転していた男性(32)と助手席にいた妻(30)が首に軽いケガをしました。 久保田容疑者は調べに対して容疑を認めていて、警察は詳しい経緯を調べています。

女性職員にキス、酩酊しておさわり…“セクハラ辞職”が相次ぐ知事や市長、コンプラ意識が浸透せずか

12月4日、福井県の杉本達治知事の辞職が県議会で承認された。杉本知事は、複数の県職員にセクハラにあたる不適切なメールを送っていた問題が取り沙汰され、3日に県議会に辞職願を提出していた。
口止めするなど悪質なケースも
「杉本知事は東京大学を卒業後、自治省(現・総務省)へ入省。地方自治の世界を渡り歩き、福井県副知事を経て2019年の知事選で当選。23年4月に再選を重ね2期目の途中でした。今年4月に県職員に不適切なメールを送りセクハラの通報を受け、年明けに第三者による調査報告書が公表される予定でした。杉本知事としては、メールは軽い気持ちで書いたつもりだったものの、セクハラとの認識に至ったとして自ら辞職を決めました」(全国紙政治部記者、以下同)
セクハラ問題が取り沙汰されて辞任に至るケースは杉本知事ばかりではない。
「12月2日には佐賀県有田町の松尾佳昭町長が辞職を表明しています。同日、記者会見で松尾町長が語ったところによれば、9月中旬に企業誘致の話が進んでいた愛知県のメーカーを訪問し、企業側の接待を受けました。そこで、2次会の場で接客した店の女性従業員の体を触ったといわれています。当時は酩酊状態だったと話しています」
酒を飲んでいたとしても、セクハラ行為の言い訳にはならないだろう。
沖縄県南城市の古謝景春前市長のケースはさらに悪質だ。
「古謝前市長は2024年11月に公用車の運転手だった女性への強制わいせつ容疑で書類送検されるも嫌疑不十分で不起訴となります。しかし複数のセクハラ行為が取り沙汰されており、2025年5月に市が設置した第三者委員会の報告書では、複数の女性職員へのキスや体を触るセクハラ行為が認定されました。市議会は市長の不信任決議案を可決し、市長は市議会を解散。市議選の結果、不信任案に賛成する議員の当選が多数となりました。市長は議決前に辞職届を提出しましたが、市議会側は受理を拒否し、不信任案が可決されて11月17日に失職しています」
地方自治体の首長によるセクハラ事案が相次ぐ形となったが、その理由を政治ジャーナリストが指摘する。
「一部の地方には昔ながらの守旧的な空気が残っていて、コンプライアンス意識が更新されていないようにも見えます。南城市の古謝前市長に関しては女性職員に“口止め”を求めるような音声も報じられました。さらに、福井の杉本知事のケースに顕著ですが、悪意や故意がなくともセクハラを働いてしまうケースはあります。ハラスメント防止のために自らの意識を高めるのはもちろん、場合によっては専門家による研修を受ける必要もあるでしょう」
はからずも全国各地で頻出する首長たちのセクハラ問題は、“氷山の一角”でないことを願うばかりだ。

冷蔵庫に赤ちゃんの遺体、東京 風俗店、遺棄と損壊疑い

6日午後9時ごろ、東京都墨田区江東橋4丁目の雑居ビル内の風俗店で、男性従業員から「店の冷蔵庫を清掃していたら子どもの頭のようなものを見つけた」と110番があった。警視庁によると、赤ちゃんのものとみられる頭部に加え、鑑識活動により、両手足を発見した。同庁は死体遺棄と死体損壊の疑いで捜査する。
生後数カ月~1年未満とみられ、性別は不明。現場は事務所兼待機部屋で、切断遺体は冷蔵庫の冷凍庫部分にあった。頭はポリ袋に包まれていた。両手足は、その下にあった、別のポリ袋に包まれた食品保存容器の中で発見された。胴体部分は見つかっていない。
現場はJR錦糸町駅近くの繁華街。付近には規制線が張られ、60代の会社員の男性は「こんなに警察が集まったことはない」と驚いた様子で話した。

「不毛すぎる」「なぜこんなに不記載が…」片山さつき財務大臣の政治資金“不記載”に厳しい指摘相次ぐ

片山さつき財務大臣が代表を務める政党支部で、計50万円以上を政治資金収支報告書に記載していなかったことが「週刊文春」の取材で明らかになった。
自民党の各政党支部や関連団体との寄附において、片山氏側に支出や収入の記載がないケースが散見される。2022年の「静岡県運輸政策協議会」「東京商工連盟」からの収入各10万円などが代表例で、少なくとも総額57万円が不記載だった。
専門家「違法の疑い強い」
政治資金に詳しい神戸学院大学の上脇博之教授は「政治資金規正法の趣旨である透明性確保の観点から逸脱し、違法の疑いが強い」と指摘した。
特に収入の不記載について「”裏金”となっている恐れがある。片山氏の政治資金に対する認識はずさんと言わざるを得ず、財務大臣としての資質が問われる」と厳しく評価した。
「なぜこんなに不記載が多いのか?」
Yahoo!ニュースのコメント欄では厳しい意見が相次いでいる。
「税金、補助金の無駄遣いを止める事も大事だが、自分たち自民党の襟を正すことも大事。次から次に、なぜこんなに不記載が多いのか?」
「本当になんとかして欲しい。不記載問題は不毛すぎる」
「裏金議員は許されるものではありません。後に裏金と分かった場合は、後日であれすべての党のすべての議員が責任を取るべきです」
また、内閣全体への影響を懸念する声もある。「政治とカネの問題はこの内閣で決着を付けなければならない。この問題がある限り政治的に不信感は残り、他の案件に影響を及ぼすことになる」との指摘も寄せられた。
片山事務所は「週刊文春」の取材に対し、「ご指摘のありました点につきましては、適切に処理させていただきます」と書面で回答している。
◇
配信中の「 週刊文春 電子版 」および12月4日(木)発売の「週刊文春」では、大臣規範抵触が疑われる大規模政治資金パーティ、事務所家賃をめぐる不記載疑惑のほか、麻生太郎氏が怒りの官邸突撃を敢行した舞台裏など「高市“引きこもり宰相”の急所」として高市政権の現状を徹底取材、詳報している。
(「文春オンライン」編集部)

「どうせ今度もダメだろうな…」日本の政治家に抱いた淡い期待と寂しさ。拉致被害者・曽我ひとみさんが帰国23年で語った胸中【全5回連載④】

政府は、拉致問題など北朝鮮による人権侵害問題についての関心と認識を深めるため、毎年12月10日からの1週間を「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」と定めている。
この「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」を前に、福岡市で「拉致問題を忘れないで~今伝えたいこと~」と題した講演会が開かれた。
登壇したのは初めての福岡訪問となった拉致被害者の曽我ひとみさん(66)。

1978年8月に母・ミヨシさんとともに拉致され、24年間を北朝鮮で過ごした。

2002年に帰国したものの、母とは拉致された日から47年もの間、会うことが叶っていない。
帰国から満23年。

曽我さんは全国を回り、拉致問題の風化を防ぐために声を上げ続けている。
※全6回連載その④
2002年9月17日 騙され続けた末の希望
2002年9月17日、日本から総理大臣がやってきた。

しかしこの時点では、曽我さんはいつものニュースとしか受け取っていなかった。
それから程なくして、組織の幹部らしい人が訪ねてきた。

「近いうちに日本の調査団が来る。色々と聞かれると思うから、何を聞かれてもいいよう準備しておくように」というのだ。
曽我ひとみさん

「私はとてもびっくりしたのと同時に、『やっとこの日が来たのか』という期待と嬉しさが入り混じった気持ちになりました。けれども実際に面会の日が訪れるまでは、『また騙されるのではないか』という思いも頭の中にありました」
なぜか。
拉致されてからずっと北朝鮮という国に騙され続けていたからだ。

日本という国は私1人など助けてはくれないんだろうという絶望の中で24年間生きてきたからだ。
組織に騙され続けたというのは、拉致されてすぐの頃は「母親は日本で元気にしている。朝鮮語を勉強して上達したら日本に帰してやる」と言われたこと。

朝鮮語ができるようになると「結婚して家庭を持てば里帰りさせてやる」と言われたこと。

結婚してからは「子供が生まれたら親に会うため帰してやる」と、次々と騙され続けてきたことが原因だ。
淡い期待の一方で「どうせ今度もダメだろうな」
また、日本に失望したというのは、24年の間に何度も日本の政治家が北朝鮮を訪問したにも関わらず、拉致被害者の誰1人として助け出してくれなかったことだ。
曽我ひとみさん

「『日本の政府の誰でもいい、私たち日本人が無理やり連れて来られてここで生きていることを知ってほしい。そして助けてほしい』と、ニュース番組で日本の政治家が来たことが流れるたび、淡い期待を抱いたものでした。その反面、『どうせ今度もダメだろうな』と寂しさを感じたのも事実です」
これだけ期待を裏切られ続けてしまうと、誰も信用できなくなってしまう。

唯一信用できるのは自分の家族だけだった。
しかし、時間は動いた。
今、こうしていられるのも、当時の政府関係者、関係機関の皆様の並々ならぬご尽力のおかげだと曽我さんは感謝している。
ただ、まだ帰国できずにいる拉致被害者の気持ちを考えるといらだちを覚えている。
朝早くから夜遅くまで…身を粉にして働き通した姿 母・ミヨシさんの記憶
曽我さんと一緒に拉致された母・曽我ミヨシさんがどうなっているのか、未だに事実は判明していない。

北朝鮮側はミヨシさんを拉致したことすら認めていない。

日本に生活していれば、まだまだ元気で畑仕事などをしていたかもしれないと曽我さんは想像している。
母を思い出す時、母を語る時、曽我さんの脳裏にはいつも同じ姿が浮かんでいる。

朝早くから夜遅くまで、本当に身を粉にして働き通した姿だ。
当時は田んぼも耕作していたので、朝仕事をした後、子供たちに食事を食べさせ、学校へ送り出し、母も慌ただしく朝食をとると工場へ出勤していった。

仕事を終え家に帰ってから食事の支度、片付け、一休みする間もなく、内職をする。

これが毎日の生活パターンとなっていた。
なぜ母がこのように昼夜なく働くことになったのかというと、父がバイク事故の後遺症で働けなくなったからだ。

家は貧しく、母が朝から深夜まで働いても、家計が楽になることはなかった。
曽我ひとみさん

「そんな生活状態でも、母は決して愚痴などこぼしたことがありませんでした。それどころか、私たちには、いつも明るくふるまい、少々悪いことをしても、怒ることもありませんでした。自分のことは、いつも後回しで、一番に子供のことを考えてくれる。とても優しく愛情をいっぱい注いでくれる、そんな母でした」
遠足の時、奮発していろんなおかずを作ってお弁当を持たせてくれた。

曽我さんは今までにない豪勢な弁当にただただ喜ぶだけだった。

だけど、母の弁当のおかずは、すごく辛い漬物が少し入っていただけだった。

「どうして母ちゃんは漬物だけなの?」と聞けば「おかずが辛いからご飯がいっぱい食べられるからだよ」というのだ。

母もいろんなおかずが食べたかっただろうに、我慢していたんだなと。

今なら母の気持ちがよく理解できる。
両手で数えるくらいしか残っていない母の写真
ある年の夏、盆踊りに行くことになった。

友達はみんな浴衣を着ていくというので、羨ましいと思う気持ちと仲間外れになりたくないという気持ちが同時に湧いてきた。

母の都合など考えもせず、「盆踊りに友達はみんな浴衣で行くって言うから、私も浴衣着たい。祭りの日までに浴衣を縫って」とわがままを言った。

母が和服の裁縫が得意だったのを知っていたからだ。
それなのに文句も言わず、母は夜なべをして浴衣を縫ってくれた。

出来上がった浴衣を見て喜ぶ曽我さんには、その時の母の気持ちを考えることなどなかった。
曽我ひとみさん

「今思い出しても、本当に母には無理ばかりさせたなと反省と感謝の気持ちでいっぱいです」
あの頃の母は毎日どんな気持ちでいたんだろうと思うことがある。

生活に追われ働き詰めの毎日で、おしゃれの一つもできなかった。

集落の付き合いや職場の付き合いなどもあっただろうに、数えるくらいしか出かけることもなかったと言っていた。
そのせいばかりではないだろうが、曽我さんの知る限りでは母の写真は両手で数えるくらいしか残っていない。
曽我ひとみさんの講演は全5回の連載です。「どうせ今度もダメだろうな…」日本の政治家に抱いた淡い期待と寂しさ。拉致被害者・曽我ひとみさんが帰国23年で語った胸中【全5回連載④】